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『金ロー』を独自視点からチェックする!【83】

ジブリの“東京郊外”三部作『耳をすませば』 完成度の高さが招いた二つの悲劇

ジブリの“東京郊外”三部作『耳をすませば』 完成度の高さが招いた二つの悲劇の画像1
アニメ映画『耳をすませば』(スタジオジブリ公式HPより)

 オリビア・ニュートン=ジョンのヒット曲「カントリー・ロード」の替え歌「コンクリートロード」でおなじみとなっているのが、スタジオジブリの人気アニメ『耳をすませば』(1995年)です。宮崎駿&高畑勲というジブリの二大巨頭を、作画監督として長年にわたって支え続けた近藤喜文監督の監督デビュー作です。

勘違いから大ヒットした『プラダを着た悪魔』

 東京郊外の多摩にある団地を舞台に、将来の進路や自分の才能について悩む少年少女たちの葛藤を描いたピュアな物語で、「不朽の名作」とも呼ばれる作品です。その一方、社会学者の宮台真司氏は、『耳すま』で感動するのは「小学生低学年以下かジジババだけ」と酷評しています。

 5月1日(金)の『金曜ロードショー』(日本テレビ系)で13度目の放映となる『耳すま』は本当に名作なのか、ジジババ向けの絵空事の世界なのかを改めて考えてみたいと思います。

高橋一生演じる、ちょいクセのある天沢聖司

 中学3年生の月島雫(CV:本名陽子)は、団地で生まれ育ったネイティブ団地っ子です。洋曲「カントリー・ロード」の歌詞を「コンクリートロード」と意訳するなど、文才があります。そんな雫が最近気になっているのは、図書室で本を借りると必ず貸出カードに記載されている「天沢聖司」という名前でした。

 やがて、雫は天沢聖司(CV:高橋一生)と出会います。ちょっとクセのある性格の聖司ですが、同じ中学3年ながらヴァイオリン職人を目指していることを雫は知ります。すでに自分の道を進み始めている聖司に、雫は触発されるのでした。聖司の祖父(CV:小林桂樹)が営むアンティークショップにある猫の人形「バロン」を主人公に、雫はファンタジー小説を書き始めます。

 初めての小説執筆に、雫はテスト勉強もそっちのけで打ち込み、成績はガタ落ちします。それでも、雫は小説を最後まで書き終えることを諦めません。雫の父親(CV:立花隆)は「人と違う生き方はそれなりにしんどいぞ」と案じながらも、我が子の自立を見守るのでした。

 聖司がイタリア留学から戻ってくるまでに小説を書き上げるー。そう心に決めた雫の孤独な闘いが続きます。

かつて団地は理想のコミュニティだった

 雫が団地暮らしという設定は、柊あおいの原作漫画にはありません。脚本(絵コンテ)を書いた宮崎駿監督のアイデアでしょう。今では団地は低所得者や高齢者たちのコミュニティというイメージがありますが、かつては「未来型都市住宅」として多くの日本人にとっての憧れの場所でした。

 映画が企画された1990年代前半は、雫のような団地二世が暮らし、まだギリで活気があったと思われます。雫の母親(CV:室井滋)はメロンをご近所さんにおすそ分けしたり、父親は階段ですれ違う際にあいさつを交わしたりと、団地内での交流があることがうかがえます。

 宮崎監督は1950年代の雑木林が残っていた東京郊外や埼玉を『となりのトトロ』(1988年)で描き、高畑監督は多摩丘陵の開発が進み、ニュータウン化されていく過程を『平成狸合戦ぽんぽこ』(1994年)にしています。

 ジブリが公式に謳っているわけではありませんが、『耳すま』は『トトロ』『ぽんぽこ』に続く“東京郊外”三部作の最終作でもあります。「森を切り、谷を埋め、ウエスト東京」にできた団地で生まれ育った雫の青春が描かれます。

雫の日常生活そのものがファンタジー

 企画だけでなく、詳細を描いた絵コンテまで宮崎監督が用意した『耳すま』ですが、登場キャラクターたちの動きや仕草は、近藤喜文監督ならではの息遣いが伝わってきます。雫が猫を追って坂道を駆ける様子、学校近くの神社で野球部の杉村から告白された際のあたふたした表情などが、とても丁寧に描かれています。

 映画の後半では雫が書いたファンタジー小説が劇中劇として描かれますが、雫の日常生活そのものがキラキラと眩しく感じられます。

 雫の父親のように家族に理解があり、かつ包容力のある親は現実にはそうそういないでしょう。また、雫たちの通う学校には不良はおらず、イジメ問題もなさそうです。少なくとも雫の目には映りません。雫の日常生活自体がファンタジーのようです。

 宮台氏が『耳すま』に感動するのは「小学生低学年以下かジジババだけ」と言ったのは、現実の中学生像からかけ離れて感じられたからでしょう。

身を削り、ジブリを支えた近藤喜文監督

 本作で監督デビューを果たした近藤喜文監督は、宮崎監督から『耳すま』のオファーを受けた際に即答せず、熟考した上で引き受けています。

 高畑&宮崎という二大ビッグネームが手掛けてきたジブリの長編アニメの監督を務めるという重責に加え、近藤監督は健康面のことも考えたはずです。仕事熱心な近藤監督は根を詰めすぎ、体調を崩したことが何度かありました。近藤監督の献身的な仕事ぶりなしでは、高畑作品も宮崎作品もなかったのです。

 無事に『耳すま』を完成させた近藤監督は、次回作も期待されていました。しかし、宮崎監督の時代劇大作『もののけ姫』(1997年)に作画監督として参加した後、1998年に病気で亡くなっています。47歳でした。

 二大巨頭と若手アニメーターとの橋渡し的な役割も近藤監督は負っており、ジブリはかけがえのない人物を失いました。『耳すま』は近藤監督のデビュー作にして、最期の監督作となったのです。

『耳すま』の成功で終わった新しい試み

  ジブリは『耳すま』の前に、TVアニメ『海がきこえる』(日本テレビ系)を製作しています。1993年5月5日に放送された『海がきこえる』は、高畑監督も宮崎監督もタッチせず、「スタジオジブリ若手制作集団」によって作り上げられた意欲作です。

 高知で暮らす高校生たちを主人公にした『海がきこえる』は、東京から転校してきたヒロインが「わたし、生理の初日が重いの」と口にするなど、赤裸々な女性像となっているのが印象的です。それまでのジブリアニメとは一線を画していました。

 しかし、『海がきこえる』を観た宮崎監督は「物語は“かくある”を描くのではなく、“かくあるべし”を描くべきだ」と激怒したことが知られています。『海きこ』のアンチテーゼとして、宮崎監督が企画したのが『耳すま』だったのです。

 1995年に公開された『耳すま』は興収的な成功を収め、作品の評価も高いものがありました(宮台氏を除いて)。宮崎監督が主導した『耳すま』が世間に支持される一方、「スタジオジブリ若手制作集団」による試みは1作だけで終わってしまいます。

 近藤喜文監督がありったけの情熱を注いだ『耳すま』の完成度が高かったゆえに、ジブリは“かくあるべし”路線を続け、別の可能性は閉ざすことになりました。これが、もうひとつの悲劇です。

記憶から抹消したい実写版『耳すま』

 近藤喜文監督が元気だったら、「ジブリ若手制作集団」がその後もしぶとく新作を作り続けていたら、ジブリも日本のアニメ界も今とは違った光景になっていたかもしれません。生の輝きを描いた『耳すま』ですが、同時にせつなさも感じてしまいます。

 まったくの余談ですが、松坂桃李と清野菜名主演による実写映画『耳をすませば』(2022年)は、雫と聖司が大人になったその後の物語となっています。初恋エピソードの後日談を描くなんて、野暮の極みでしょう。興行的にも振るわずに終わっています。

 雫と聖司がどんな大人になったのかは、『耳すま』を観た人それぞれが自分の心の中で思い描けばいいことですから。

安室透フィーバー

(文=映画ゾンビ・バブ)

映画ゾンビ・バブ

映画ゾンビ・バブ(映画ウォッチャー)。映画館やレンタルビデオ店の処分DVDコーナーを徘徊する映画依存症のアンデッド。

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最終更新:2026/05/01 12:00