CYZO ONLINE > カルチャーの記事一覧 > 高市政権を揺るがす43分音声、阿部慎之助事件、AI親子関係の衝撃

高市政権を揺るがす43分音声、阿部慎之助事件、AI親子関係の衝撃――元木昌彦のスクープ週刊誌

高市政権を揺るがす43分音声、阿部慎之助事件、AI親子関係の衝撃――元木昌彦のスクープ週刊誌の画像1
高市早苗(写真:GettyImagesより)

<今週の注目記事>
1「高市事務所と動画作成者『43分のZoom音声』を誌上公開する」(「週刊文春」6月11日号)
2「自民党『裏金事件』安倍派と検察の闇文書」(「週刊現代」6月22日号)
3「秋篠宮さまは悠仁さまを天皇になさる『お気持ち』があるのか」(「週刊ポスト」6月19日号)
4「消費税○%を諦めない高市首相が財務省に激怒している」(「週刊新潮」6月11日号)
5「チャットGPTに支配されて大激変『令和の親子関係』」(「週刊新潮」6月11日号)
6「史上最強の日本代表 森保ジャパン『歴史を動かす男たち』」(「FRIDAY」6月19日号)
7「巨人・阿部前監督 警察への110番メモを入手」(「週刊文春」6月11日号)
8「一周忌スクープ秘話 長嶋茂雄と大谷翔平『最後の面会』」(「週刊文春」6月11日号)
9「オークス制覇 今村聖奈が乗り越えた『親友の死』『スマホ不正』」(「週刊文春」6月11日号)
10「ラブホではなく高級キャバクラに現れた『小川晶』前橋市長」(「週刊新潮」6月11日号)
11「バックダンサーが初めて明かす『嵐』5人の素顔」(「週刊文春」6月11日号)

 先週土曜日に、神田にある居酒屋「みますや」へ行ってきた。

 創業は明治38年(1905年)。鶯谷の「鍵屋」は安政3年(1856年)からだから、日本で2番目に古い居酒屋になる。

 何度か覗いたことはあるが、いつもいっぱいで入れなかったので、今回は予約して行った。

 土曜日の5時半でも満員。奥の相席に通された。

 冷酒を飲みながら、店を見回した。30代、40代の頃は月に何回か来ていた。10人ぐらいは入れる小上がりを使った。

 今は使われていないようだが、店はあの頃と全く変わっていない。一升瓶を逆さにしてお燗をする“機械”もそのままだ。

 タイムスリップするというのはこういうことなのかと思った。懐かしい顔がひょっと現れてきそうだ。ほとんどが鬼籍に入り、一番早くいくと思われていた私が生き恥をさらしている。

 あの元気だった頃、どこかにいたずら書きをした跡はないかと見回してみた。

 40年、50年前のことだった。鍵屋は移転したから最初の頃とは違ってしまったが、ここは時間が止まったままだ。

 三本も飲まずに酔っぱらってしまった。昔は一升酒を飲んでいたのに情けない。

 また行ってみよう。

 さて、「嵐」のファン感謝さよならコンサート興行が無事終わった。

 27年近く延々と続けてきた40代オジン5人組を観たさに、最終公演の東京ドームには、全国から熱狂的ファンが集まり、公演が終わってもドームの周りには人が溢れ、夜更けまで「乱痴気騒ぎ」は続いたようだ。

 新潮は、これを評して、「感謝カンゲキ雨嵐」とタイトルをつけた。うまい!!

 一方文春は、何をとち狂ったか、長年「嵐」のバックダンサーをやっていた元ジャニーズJr.の大川慶吾に、「嵐」のメンバーがいかに優しかったかを語らせている。

 さんざん旧ジャニーズ事務所をこき下ろしてきた文春がなぜ? そう首を傾げて読んでみたが、やっぱり?

 その断片をいくつか紹介しよう。

「翔くんはとてもフランクで、緊張しているジュニアとも積極的にコミュニケーションをとって、距離を縮めてくれる方でした。一三年のツアーの時、翔くんが『大川、誕生日いつ?』と声を掛けてくれたことがありました。僕が『来週です』と答えると、『いくつになるの?』と聞いてくれて、僕が『二十歳です。ありがとうございます!』と言ったら、『祝ってねーよ!』と(笑)。そう言いつつも、翌週の公演の時にシャンパンをプレゼントしてくれたんです。かっこよすぎて、痺れましたね」

「二宮(和也)くんとは実は出身高校が一緒で、勇気を出して『僕、高校同じなんです』と声を掛けたことがありました。そうしたら二宮くんは、『そうなんだ! 俺、高校近くの公園をよく体育で走ってたよ』と話を広げてくれて。二宮くんはいつも余裕があって、かっこいい人。コンサートの舞台裏の出捌け口にはモニターがあって、リアルタイムでライブが映し出されるのですが、ある公演の時に僕がそれに見入ってしまって、ソロの出番を控えた二宮くんの動線を塞いでしまったことがありました。誰もが秒刻みで動いている中でそんなことをしたら怒られて当然なんですが、二宮くんは優しく『いいよ、いいよ。見てな』と言ってステージに上がっていった。そして次の瞬間には五万人の観客をたった一人で沸かせていて……。これがスターなんだと鳥肌が立ちました」

「大野くんは独特の世界を持っている方で、メンバーの皆さんもそれを尊重している様子でした。リハの最中に、潤くんが大野くんに『この曲、フルでやった方がいいと思うんだけど』と相談しにきたことがあったのですが、大野くんは『疲れるからやだ』と一言(笑)。一瞬ドキッとしたのですが、潤くんは『了解、わかった』みたいな感じで受け入れていて、それがすごく嵐さんらしいなと思ったのを覚えています」

「僕が嵐さんのツアーで素敵だと思ったのは、開演の十五分前には絶対にスタンバイして、スタッフやバックダンサーみんなで円陣を組むこと。嵐さんほど多忙なら、開演ギリギリにスタンバイしてもおかしくないところを、絶対に十五分前には皆さんばっちり準備を終えていた。それは、もし公演が押したら遠方から来てくれているファンの方が帰れなくなってしまうということを考えてのことだったのだと思います。円陣では日替わりでメンバーの方から『楽しんでいくぞ!』といった一言があって、『よっしゃー!』と気合を入れて、ステージに駆け上がっていく。そこには5万人を超えるお客さんたちのすごい声援と熱気が待っていて……あの景色は一生忘れられないですね」

 とにかく終わってよかった。

 お次は、「ラブホ騒動」で辞任し、出直し選挙で見事再選を果たした、あの前橋市長の小川晶(43)が、今度は高級キャバクラに出現していると、新潮が報じている。

「妻子持ち職員」とラブホで『会議』をしていたとして、前橋を全国的に有名にした小川が、前橋の歓楽街にある50人以上収容できる大きなキャバクラに、「市政関係者」と度々姿を見せているというのである。

 この店、女性はタダで飲めるそうだ。

「再選前から少なくとも2、3カ月1回のペースで彼女の姿を見かけていました。だいたい普段、支援者と思しき男性に連れられて来ます」(キャバクラ関係者)

 だが、前橋の現状は、市長が遊んでいていい財政状況ではないと、市政関係者はこういっている。

「自治体の貯金である財政調整基金が2029年度末の底をつくと試算されています。にもかかわらず、小川市長は根本的な解決策を示せていません。そんな中で彼女は再選前と変わらず、自由奔放に振舞っている」

 4月6日からは、小川市長が司会進行役を務めるラジオ番組『隣は何をする人ぞ』がまえばしCITYエフエムで始まったというのだ。市の予算が396万円も計上されているという。

 若手の職員たちと対話する番組だそうだが、過去の騒動を思えば、番組の趣旨にも慎重さが求められるはずだ。番組のタイトルを変えたらいい。

「市長は何をする人ぞ」

 お次は文春から、オークスで偉業を成し遂げた今村聖奈(22)についてだ~。

 5月24日に東京競馬場で行われた3歳牝馬の祭典「オークス」で、JRA所属の女性騎手としてクラシック初挑戦で制覇を成し遂げた今村騎手。

 まさに歴史的な快挙だった。

「五番人気のジュウリョクピエロはレース終盤まで後方待機で、今村が追い出しにかかったのは最後の直線四百メートルから。密集した馬群の間をするする縫って、名手・ルメールが乗るドリームコアをゴール直前で差し切った。初クラシックとは思えないほど落ち着いた手綱さばきでした」(競馬担当記者)

 彼女が装着したレース中のカメラ映像がJRAの公式チャンネルで公開されると、1週間で異例の約340万回再生を記録したという。

「今村は『きゃー』と歓喜し、ウイニングランでは『やったね、ピエちゃん。あんたいっちゃん(1番)かっこいいわ!』と関西弁で愛馬を称えました」(同)

 2022年3月に騎手デビューした今村は、新人女性騎手としては初の年間51勝を達成した。

 だが、彼女のジョッキー人生は、決して平たんではなかった。

 翌23年5月、競馬開催中の禁止事項にもかかわらず、騎手控室などでスマホを不正に使用していたとして6名の若手騎手が処分(騎乗停止30日間)された。そのうちの1人が今村だった。

 さらに24年6月には調教中に落馬し、右肩を脱臼して手術を受け、3か月の休養を余儀なくされてしまった。

 さらに、共に父親がJRAの元騎手で、栗東の小学校に通い、公私ともに相談できた親友の角田(つのだ)大河騎手が亡くなってしまうのだ。

「角田は夜間に函館競馬場の芝コースに車で侵入していたことが発覚。聴取には『飲酒はしていない』と述べていたものの、後日JRAからの処分を受ける見込みでした。ところが、突然連絡が取れなくなった。死因は明らかになっていませんが、自死とみられています」(競馬関係者)

 今村は角田の死に大きなショックを受け、憔悴していたという。

 今村は角田が亡くなった直後、SNSに〈大河の分も頑張るからね。素直に応援しててね〉と綴ったそうだ。

 24年は僅か6勝に留まったものの、25年は22勝と復調の気配を見せていた。

 文春によれば、「普段は愛嬌がある明るい子で、昨年は一時、3歳上の菅原明良騎手との交際説も取り沙汰された。愛車はレクサス。『お酒は激弱だけど大好き』と公言しています」(競馬関係者)

 今村が「オークス」で騎乗したのはジュウリョクピエロという馬だが、最初はダートでデビューしたが、成績は振るわなかった。

 だが、今村が調教師に、「ピエロは芝向きです」と進言し、芝路線に変更。3連勝で一気にオークス馬に上り詰めたのだ。

 愛くるしい顔で、芸能プロにも所属する今村だが、どこぞの軟弱なタレントに惑わされずに、騎手道を究めていけば、女性ルメールといわれるようになるかもしれない。

 快挙といえば、7日に開催された「安田記念」をシックスペンス(8番人気)で勝って、JRA・GⅠ最年長勝利を飾った武豊(57)もすごかった。

 競馬界では「快挙」が続いている。

 ところで、私の部屋には長嶋茂雄のピースサイン写真の下に、長嶋がいったとされる、「リハビリは嘘をつかない」という言葉が貼ってある。

 長嶋が逝って早1年か……。

 天覧試合のサヨナラホームラン。栄光のV9。ON砲。思い出せばきりがない。数々の忘れられない思い出を残してくれた長嶋だった。

 中でも覚えているのは、1994年のセ・リーグの最終戦だ。中日と同率首位で、どちらかが勝てば優勝だった。

 私は、その時、ヨーロッパのハンガリーにいた。部屋のテレビをつけると桑田が投げていて、「あと一球、あと一球」コールが鳴り響いていた。

 最後の中日の打者を打ち取ると、球場が割れんばかりの歓声が部屋中に鳴り響いた。

 当時、私も熱狂的な巨人ファンだったが、私以上にファンのオヤジに、

「巨人、優勝おめでとう、よかったね」

 とFAXを送った。

 ブダペストに流れるドナウ川の岸辺に、そのFAXを流し、最上級のトカイワイン(それでも店で7000円くらい)で乾杯した。

 2000年には王が率いる福岡ダイエーホークスとのON日本シリーズを制し、翌シーズンで監督を勇退した。

 記録よりも記憶に残る男・長嶋が最後に望んだのは2004年夏のアテネオリンピックの金メダルだった。

 だが、長嶋はその年の3月に脳梗塞で倒れてしまった。

 奇跡的に一命をとりとめたが、重い右半身麻痺と言語障害が残ってしまう。

 だが、そこからがやはり長嶋だった。

「当初は医師から一生寝たきりになるかもしれないとまで言われたんです。それが杖つきで歩けて、会話もできるまで回復した。奇跡を呼び込んだのは長嶋さんの凄まじい努力です。リハビリには毎日お付き合いしましたが、普通ならすぐに音を上げてしまうようなハードさでした」(長らく長嶋の広報を務めた小俣進)

 われわれ「高齢者の星」となり、リハビリは嘘をつかないことを立証して見せてくれた。

 長嶋が大谷翔平と初対面したのは2016年12月、スポーツ報知の対談だったという。

「長嶋は、今と比べてまだ線の細かった日本ハムの大谷にこう説いた。

〈やっぱりファンあってのプロ野球。まずファンを大切にする気持ちが必要。それがスーパースターに近づいていくんじゃないかな〉

 対談の約一カ月後、二人は麻布の中華料理店で会食。二○一七年オフに大谷が米大リーグのエンゼルスに移籍する際も食事を共にした。

 大谷は、長嶋のお別れの会に寄せたビデオメッセージで、こう明かしている。

『初めて食事をご一緒させていただいた時、後光が差しているように見えました』」(文春)

 2025年3月、2人は最後の面会をする。

「米大リーグの日本開幕戦を前に、その日は大谷のいるドジャースと巨人のプレシーズン試合が行われた。

『大谷くんが東京に来るなら会いたい』

 そう熱望したのは、病床の長嶋だった。

『あとで聞くと病院からは外出を止められていたそうです。でも、長嶋さんが強く希望し、主治医の許可が下りた。面会は五分ほどでしたが、大谷選手とは元気な頃に何度も食事をしていますし、喋らなくても通じ合うものはある。長嶋さんは本当に満足気な表情を見せていました』(小俣)

 約三カ月後。長嶋の訃報を知った大谷はインスタグラムに長嶋との写真を投稿し、追悼の言葉を添えた。あの日、大谷が提案して撮ったツーショットだった」(文春)

 長嶋茂雄は永遠だ。

 さて、そんな長嶋が生きていたら、阿部慎之助巨人監督の今回の長女ハラスメント事件をどう感じただろうか? 長嶋なら何といっただろう?

 阿部は長女への暴力沙汰で逮捕され、釈放された後に、会見を開き涙ながらに謝罪した。

 そこでは長女の手紙を弁護士が読み上げた。相談の経緯を、

〈チャットGPTに相談した結果、匿名で相談できる児童相談所というものがありますよという形での説明書きがなされ、それでお電話をさせていただきました〉

 しかし、〈私自身の意向が聞かれることはなく警察に通報され〉〈警察が来て一番驚いているのは自分自身ですし、父が警察に連行された姿をみて、目前で私は泣き崩れてしまいました〉と悲痛な心境を綴ったものだった。

 そのためもあって、阿部の監督復帰を願うネット署名が始まり、あっという間に13万筆を集めた。

 SNSなどでは「児相が先走りすぎた」「逮捕まではやり過ぎではないか」という批判が起きたのである。

 だが、文春は、児童相談所関係者や捜査関係者に取材を重ね、阿部逮捕の妥当性を裏付ける阿部の“行動”が次々と浮かび上がってきたというのである。

「実は、児相は長女が相談した際の電話を録音している。そして、音源を基に仔細なメモを残しているのだ。都庁関係者が明かす。

『児相のメモには、父親に首を絞められたことや、背中を強く叩かれたことに加え、他の家族も被害に遭ったなどとする内容が記録されているのです。さらに、担当者が「警察へ通報をしますか?」などと尋ねると、長女は「してください」と答えていました』

 やり取りをする中で切迫性を感じた児相の担当者が、警察に通報したのは約10分後のことだ。

 文春は、児相から受けた通報を警察が記録した「110番メモ」を入手したという。

〈親から(ギ)されたと連絡〉

〈父親から(暴)をうけた〉=(ギ)は虐待、(暴)は暴力を意味するという。

 さらに〈殴られた〉、〈首しめられた〉、〈見ていた妹(15才)もいる〉などの具体的な記述に加え、長女の名前や、彼女のものとみられる携帯電話の番号もあるというのだ。

 児相から通報を受けた渋谷署の警察官たちは、現場を見て目を剥いたという。

「部屋には次女と妻がいましたが、阿部氏はだいぶ泥酔した様子で興奮状態だった。そのため、すぐに家族と隔離して別々に事情聴取しました」(捜査関係者)

「後に呼気を調べると、1リットル中のアルコールは約0.65mg。体重などにもよるが、ビール10杯以上の酒量に相当しうる。もはや冷静な話し合いができないと判断し、暴行容疑で現行犯逮捕した。大柄な父が未成年の次女の前で暴行するという心理的虐待の要素もあった」(別の捜査関係者)

 通報、逮捕には、それ相応の理由があったというのである。

 私は、阿部を連行するのは致し方なかっただろうが、警察に着く車の中の阿部を報道陣に撮らせるのは、いくら何でも早すぎたのではないかと思っている。

 児相が警察に通報したことは、当然であり、的確な判断だったと思っている。

 長女から相談を受けた東京都児童相談センターの幹部はこう、文春にいったという。

「うちは緊急性を鑑みて、適正にやっています。相談業務としては個人情報を守らないと。だって、それが根幹だもん」

――長女は「意図せず警察に通報された」と主張しているが。

「そこはね、もう娘さんもいろんなことを考えているわけで……。我々は適正に対応しました。だって、自傷他害で命が危なかったら、そんなこと言っていられないじゃないですか。我々も命を守んなきゃいけない。今回も基本スタンスとしては『適切に対応させていただいた』と」

――長女の児相への相談と警察への供述にズレが?

「そこはほら……。個人情報になっちゃう。うちは警察さんとつぶさに、正確に連携しているから。それしか言いようがない」

 私も、娘が女子高生の頃、母親のいうことを聞かない娘を殴ろうとしたことがあった。

 親子の衝突で、感情が暴発しそうになる瞬間はあるかもしれない。だが、阿部は度を越してしまった。

 勝負の世界は厳しい。外では気丈に振舞っていても、家に帰れば本音が出る。温厚なオヤジでいられるわけはない。

 長嶋も、外と家との顔が違っていたはずだ。だが、限度は心得ていたのではないか。阿部は、それを越えてしまった。「致し方ない」。そう長嶋も言うだろう。

元木昌彦

編集者。「週刊現代」「FRIDAY」の編集長を歴任した"伝説の編集者"。

元木昌彦
最終更新:2026/06/09 12:00