高市首相“中傷動画”問題、玉木雄一郎の非情、小泉邸盗聴騒動――元木昌彦が斬る週刊誌
お次はFRIDAYから。元世界王者の井岡弘樹(57)が〝アルコール依存症〟だったことは最近、新聞でも報じられた。
FRIDAYによれば、井岡は、1987年に国内最年少記録の18歳9カ月でWBC世界ミニマム級王座を奪取し、91年にはWBA世界ライトフライ級王座となり2階級制覇を成し遂げた。通算戦績は42戦33勝(17KO)8敗1分け。
1998年に引退後ボクシングジムを設立し後進を指導していたという。
晩酌や外で食事をするときは酒を飲んだが、23時を過ぎると眠くなっていたという。
朝6時には起きて10kmのジョギングも欠かさなかったが、コロナ禍が起きて、そんな日常を送れなくなってしまった。
自宅で待機する時間が多くなり、ワンカップ大関を5本も一気飲みするなど、酒量は増えていったという。
依存症と診断されても酒を断てず、治療のため入退院を繰り返す。
「初めての入院は23年4月26日でした。足元がふらつき、まともに歩けない夫を息子と二人で説得し、車椅子に乗せて病院へ連れて行ったんです」(妻の絵美)
3カ月の入院を終えて退院したが、家人の目を盗んで酒を飲み、近くのコンビニでカネを払わずに酒を持ってきてしまったこともあったという。
断酒の禁断症状で暴れることもたびたび。γ-GTPの数値が6000を超えたというからすごい! 私は今でも30代だ。
昨年10月には肝機能に障害が出て食道静脈瘤で倒れたというのである。
現在は妻・絵美の支えもあり、昨年10月から断酒を続ける井岡は、インスタグラムに自身の経験を語る動画を複数投稿。飲酒後に記憶を無くす「ブラックアウト」や「200ミリリットルの焼酎を3、4本買ってきて一気飲みした」などを赤裸々に語っているそうだ。体験を語る講演活動も始めている。
井岡は、第二の人生を「アルコール依存症」という手ごわい相手と闘っているのだ。
ところで、パワハラという言葉はいつから使われるようになったのだろう。
AIに聞いてみた。こういう答えが返ってきた。
《実はこの言葉、英語ではなく日本で作られた和製英語です。言葉が誕生した経緯や、社会に広まった流れは以下の通りです。
1. 言葉の誕生(2001年)
東京にあるハラスメント対策のコンサルティング企業「クオレ・シー・キューブ」の代表である岡田康子さんらのグループが、2001年に実施した実態調査の中で作った造語が始まりです。
当時すでに社会問題化していた「セクシャルハラスメント(セクハラ)」に対し、職権や地位(パワー)を背景にした陰湿ないじめや嫌がらせを指す適切な言葉がなかったため、「パワーハラスメント」と命名されました。
2. 社会への定着(2000年代中頃〜)
言葉が生まれて間もなく、メディアなどで取り上げられるようになり、2003年頃からは厚生労働省の専門部会などでもこの言葉が使われ始めました。》
この答えが正確かどうかはわからないが、それ以前の運動部などのパワハラは、「体罰」などと呼ばれていたのだろう。
ポストは、高校野球の名門校・横浜高校の村田浩明監督にパワハラ疑惑が浮上したと報じている。
春夏通算39回の甲子園出場、6度の全国制覇という実績を誇り、プロ野球選手を数多く輩出してきた横浜高校。その指揮を執る村田浩明監督(39)の資質が問われる疑惑が浮上したというのである。レポートするのはノンフィクションライターの柳川悠二。
横浜高校に次男が在籍するという保護者から連絡があったのは、5月の連休中のことだという。
「息子は村田浩明監督に寮内で起きた窃盗の罪を着せられて居場所を失い、退部しました。私たちと同じような目に遭う親子を今後出さないためにも問題にしたいと思っています」
告発者は若杉聖一。1994年の春夏甲子園に出場した横浜高校で、多村仁(元横浜ほか)や斉藤宜之(元巨人ほか)らと共にプレーし、主将を務めた人物だそうで、同校OBである村田監督の10年先輩にあたるという。
経緯はこうだ。
「次男のA君(18)は、神奈川で世代を代表する投手として小学生時代から活躍。2024年4月、父と同じ横浜高校に入学し、1年生の春から登板機会を得たが、2024年10月に起きた事件をきっかけに、昨年1月に野球部を退部した。今年5月には同校を自主退学し、新たな野球人生を踏み出したばかりだ。再起をかけるA君と、実名告発を選んだ若杉氏の2人からは覚悟が窺えた。
事件が起きたのは2024年10月22日。秋季神奈川大会を制し、翌春のセンバツ切符をかけた関東大会を1週間後に控える時期だった。寮内で1年生部員の財布から現金7000円がなくなったことが発覚する。当時1年生だったA君は翌日、監督室に呼ばれた。
『村田監督から「お前がやったんだろ」と言われ、いくら「やっていません」と言っても信じてもらえませんでした。村田監督は「お前の(治安の悪い)地元柄をオレは知っているんだぞ」とも言ってきました』(A君)
村田監督は、寮の防犯カメラにA君の犯行の様子が映っていると主張し、映像を見せてほしいと言っても『できない』の一点張りだったという。
『監督は「窃盗を認めないと(約1週間後の)関東大会のメンバーには入れない」「嘘をつくヤツは信頼できない」って。さすがにメンバーには入りたかったので仕方なく認めてしまったんです。他の部員には伝えないということだったから」(ポスト)
父の若杉が事件の経緯を知ったのは約1か月後だったという。村田監督から次のような説明を受けたそうだ。
「『息子はそんなことしない』と信じたかったんですが、『防犯カメラに映っているんですよ』と。そう言われたら謝罪するしかなかった。部内で大事にはしないということだったので、その時点では息子には問い質しませんでした」
しかし、村田監督はAにも若杉にも、一度も防犯カメラの映像を示していない。
「防犯カメラは寮の入口に2か所ありますが、廊下が映ったとしても、財布が盗まれた部屋の中まで映るはずがない。映像なんてなかったのではないか」(若杉)
Aが退部を決意した出来事は、年が明けた2025年1月4日に起きたという。
「村田監督が『また現金が盗まれた』と言い、自分のほうをちょくちょく見てきた。今回もやってもない罪を着せられるのかとウンザリしました」
Aはようやく父親に「窃盗の罪を着せられた」と告白した。親子で話し合い、一度は村田監督に野球部への復帰を申し出たのだが、
「新たに起きた事件も含めて『2件とも罪を認めろ。認めないなら復帰はさせない』と言われたんです。やっぱりこの監督のもとでは野球を続けられないと思いました」
だが退部後の昨年2月に、Aの体に異変が生じたという。靄がかかったように右目が見えにくくなり、実兄とのキャッチボール中に距離感がつかめなくなったというのだ。診断書には「ストレス性視覚障害の疑い」と記されていた。
「自分、メンタルは強い方なんですけど、弱いヤツなら自殺していたんじゃないですかね。それぐらいあの時期はしんどかったです」
野球部退部後、若杉は息子の名誉と将来を守るために、冤罪を晴らすべく学校に再調査を依頼したという。当初は公式戦などを理由に明確な返答は得られなかったが、事件から約1年が経過した昨年9月20日付で、学校側は次の「調査報告書」をまとめたそうだ。
〈再調査の結果、周囲の証言とA君(原文は本名、以下同)の主張が一致せず、A君の関与を断定することはできませんでした。/よって、学校としては、A君の当該事案への関与について、証拠不十分により認定しないと結論づけました〉
村田監督がAを窃盗犯と決めつける根拠とした防犯カメラの映像には触れないまま、若杉やAの主張が認められたかたちではあるが、報告書が出た後も、村田監督からの謝罪の言葉などはないという。
スポーツの名門校は、有名になれば応募してくる生徒が多くなるため、スポーツ部の部長や監督がワンマンで、パワハラをやっていても、学校側は口を出さず見て見ぬふりをすることが多い。
そのために連中は我が物顔で生徒たちをいたぶり、いじめ、彼らの将来を歪めてしまうケースがよく起きる。
今回のケースも同様のようである。
お次も高校野球関連のスキャンダルである。スキャンダルは高校野球が好きなようだ。
今年4月、寶馨(たからかおる・69)は突如、任期を残して日本高等学校野球連盟(高野連)会長を辞任した。
理由は、連盟から厳重注意を受けたということだったが、「一身上の都合」というだけで、その内容は一切明かされなかった。
新潮は、やはりというべきか、辞任の裏に愛人女性の存在があったというのである。
昨年の「夏の甲子園」開催期間中、広島の強豪・広陵高校野球部の暴行事件がSNS上で大炎上して広陵は2回戦を前にした8月10日、前代未聞の出場辞退を発表した。
その日の夕方、大会副会長を務めた高野連の寶会長(当時)は、大会会長の朝日新聞社長と共に緊急の記者会見を聞いた。
しかし、その当日の午前中、寶会長は甲子園に近い逗留(とうりゅう)先のホテルに、親しい独身女性のA子を呼び寄せていたというのだ。
A子は都内在住の40代の会社員。A子の友人がこう語っている。
「寶会長とAさんは野球好きが縁で、10年ほど前に知り合いました。以来、時折連絡し合う関係が、一昨年12月ごろからお互い頻繁に連絡を取り合う仲に。会長が“一人の食事は寂しい”といったメッセージを送ってくることもあったといいます」
A子は、寶会長の子どもの存在は知っていたが、妻のことは聞いておらず、てっきり独身だと思っていたというのだ。
そして次第に好意を抱いていった。
8月9日に寶会長から誘いを受け、会見の日の10日に甲子園に向かったそうだ。先の友人の話。
「甲子園に到着したAさんが寶会長に連絡すると、ホテルの部屋に来てほしいと告げられました。これまでにない展開にちゅうちょはしたけど、憔悴(しょうすい)した声の寶会長が心配になって部屋に行くと、発表前の出場辞退の話や記者会見などについて話し始めたそうです」
さらに、
「部屋では、当初、彼女がベッドに腰をかけ、会長は椅子に座っていたそうです。ところが二人で会話をしていて気付いたら、会長は彼女の隣に移ってきていた。そして、ハグをし、唇にキスしてきたのです」(同)
不謹慎極まりないという決まり文句をいうつもりはないが、不謹慎である。
その後も二人は「密会」を続けていたが、ある時、A子は寶会長に妻がいることを知り、別れを告げることを決心したという。
別れ話をするために寶と会うと、どういうつもりなのか、唐突に50万円の借金を懇願されたというのである。
A子もA子だが、別れ話をそっちのけにして、2人で銀行へ行き、カネを下ろして貸したというのだ。
だが、その後も返す気がないのか、いい訳を繰り返すばかりだったという。
寶は当時「国立研究開発法人防災科学技術研究所」の理事長も兼任しており、その程度のカネの処理に困るわけはなかったはずだった。
A子は防災科研と所管の文科省に文書を送ったという。
その文書の中で、寶との愛人関係も明かし、借金も滞っていることも書いたため、高野連から厳重注意処分が下り、首になったというのだ。
お粗末すぎる顛末である。
2025年(第107回)の夏の高野連のスローガンは「一瞬の夏、一生の記憶」だった。
寶のみっともないスキャンダルは、高校球児たちの記憶に一生残るだろう。
ところで、一時はピカピカ輝いていた国民民主党の玉木雄一郎代表の影が薄くなってきた。
高市首相も秋波を送って、与党入りかと思われたが、日本維新の会がいれば十分と、見限られたようだ。
その影の薄さに加えて、党の公認候補にした女性を「突然公認から外した」ため、件の女性は自ら命を絶ち、その後を追って、母親も自殺したことで、父親が「娘と妻を返してくれ」と慟哭しているというのだ。
いったい何が起こっているのか?
「いまや、娘の無念を晴らせるのは私しかいません。当時は様々な報道が出ましたが、国民民主党の無慈悲な対応については、一切報じられていません。娘の死から二年近くが経ち、少しずつ心が落ち着いてきました。今回、私が知る真相をお伝えしたいと思います」
そう文春で語っているのは、国民民主党から国政出馬を志していた故・高橋茉莉(享年27)の実父、勲(81)である。
経緯はこうだ。2024年2月、茉莉は2カ月後に控えた衆院東京15区補選で、国民民主党の公認候補に決定したという。2月8日の出馬会見では、「若い力で政治の世界を変えたい」と訴えていたそうだ。
「茉莉は都立高校を卒業後、奨学金をもらって慶應大学に入りました。入学早々、学内誌で『キャンパスアイドル』として取り上げられ、ミス慶應にも出場。一方で、貧困問題を扱うゼミに入るなど政治への興味も持っていたようです。在学中にフリーアナウンサーの仕事を始め、二一年五月にアクセンチュアに就職しました」(勲)
彼女が出馬を決意したのは、入社3年目の24年1月だったという。
「当時、国民民主党は候補者調整などで立憲民主党にも連携を呼びかけていました。『絶対に当選する』と言われ、茉莉はすっかりその気になったのです。
ある時、『決起集会をするから、挨拶に来て欲しい』と頼まれ、一人暮らしをしていた目黒区のマンションに向かいました。友人が10人ほど集まり、ホワイトボードに担当割りを書いて『ポスター張りをどうしようか』と相談。選挙への熱気に溢れていました」(同)
代表の玉木もサポートする姿勢を見せていたそうだ。茉莉が出馬予定の補選は公選法違反容疑で起訴された、自民党現職の辞職に伴うものだった。出馬会見で茉莉の隣に座った玉木は、「国民の不満が充満している。選択肢を示す」と期待感を示していたという。さらに、自身のXに貧困問題をテーマとした茉莉の大学時代のゼミ論文をアップし、彼女の政策もアピールしたそうだ。
しかし、SNS上では出馬直後から、茉莉が六本木のラウンジで働いていたことなどを巡り猛バッシングが起きたという。すると、国民民主党の玉木代表は、2月25日に公認取り消しを発表したのだ。
「4月下旬が補選の投開票日でしたが、ニュースを観ることすら嫌がって友人と鹿児島の離島に旅行しました。その後も精神状態はどんどん悪化。心配した妻が茉莉のマンションへ引っ越して、しばらく一緒に住んでいました」(同)
そして9月4日の深夜、夫人は勲に電話をかけてきて、こう告げたという。
「驚かないでね。茉莉が死んだ」
夫人が寝入った後、茉莉は自宅マンションで自ら命を絶ったのだった。
遺書には、〈ごめんなさい、生きるのが辛いのでお先にいきます〉と記されていたという。
葬儀から5日後、マスコミが訃報を伝えると、玉木は〈一般人の自殺をことさら報じる意義がどれだけあるのか〉とⅩに投稿したというのである。追悼の言葉すら述べない姿勢に批判が殺到したのは当然だろう。
「その後、玉木氏や国民民主党からの弔問は一切ありませんでした。公認取り消し後、玉木氏がきちんと対応してさえくれれば、茉莉が死ぬことはなかったのではないか。次第にそんな思いを抱くようになりました」(同)
ラウンジで働いていたことくらいで、なぜ公認を取り消されたのか? もっとヤバい仕事についていても政治家になったのはいるのに?
文春によれば、玉木はⅩで、〈看過できない法令違反に該当する行為〉を挙げ、〈ラウンジ等で働いていたことが理由ではありません〉と投稿したという。しかし、プライバシーを理由に詳細は明かしていないそうだ。
茉莉がラウンジでアルバイトを始めたのは、入社3年目の夏頃だったという。精神的な不調で休職していたが、奨学金も返済しなくてはならず、短時間でしかもおカネもいいラウンジを選んだそうだ。
SNS上で「生活保護を受給しながらラウンジで働いている」とする話が拡散し、「不正受給だ」と炎上したそうだ。一度はそれを認めた茉莉だったが、後に自身ではなく家族が受給したと訂正したそうだ。
「茉莉が受給したのは、病気の際に申請できる傷病手当金でした。生活保護を受給していたのは私です。八十歳を前に経済的に苦しくなり、やむを得ず、二三年十月から十四カ月間、受け取ったのです。茉莉は世間からバッシングされて精神的に参っていましたから、誤って発表したのでしょう」(同)
党と玉木から謝罪や説明が一切なかったことに業を煮やした勲は、茉莉の死から1カ月後の10月5日、玉木宛てに「通知書」を送ったという。
〈党及び玉木氏に茉莉は殺されたのだと今は思っています〉
そう記した上で、党及び玉木からの謝罪に加え、党には3億円の慰謝料も求めているそうだ。
だが、悲劇はこれでは終わらなかった。
約2カ月後の11月10日、茉莉の後を追って、夫人までが自死を遂げたというのだ。
玉木からの返信はなかったが、11月13日に国民民主党は聞き取りを始めたそうだ。
公表されてはいないが、ヒアリングの内容は概ねこういうものだったようだと文春は伝えている。
「出馬会見後、記者から問い合わせを受けた石黒氏らが茉莉さんに話を聞くと、傷病手当金の受給期間中にラウンジで勤務していたことが判明。健康保険法違反の疑いが生じたため、都連の常任幹事会が公認取り消しを決定した」
玉木は公認の選考過程に関わっていないとされているようだ。
6月6日、文春取材班は街頭演説後の玉木を直撃した。
――高橋茉莉さんの件で。
「ウチ、裁判ちゃんとやって弁護士も入れてるから」
――裁判を?
「ちゃんと法的にはやっているから。気をつけてやんないと、そっちが危ない」
そう言い放つと、記者の肩をポンと叩いて立ち去ったという。だが、勲に尋ねると、「法的措置を取られたことはありません。一体どういうことか」と憤っているという。
党側も、「高橋茉莉さんやご遺族に対して法的措置を取っている事実はありません」と答えたそうだ。
玉木側にもいい分はあるのだろうが、一時は公認した女性が、外されたことを苦にして自死したのに、あまりにも人間味のない対応をするといわれても仕方ないのではないか。
自身の女性問題も有耶無耶にし、自民党にすり寄って肘鉄を食らった玉木代表の人間性のなさを表す「事件」である。そろそろ代表を交代したらどうか。
ところで、小泉進次郎が世田谷区成城に豪邸を建てたという話は、新潮(2月26日・3月5日号)でこう伝えていた。
「1月末、東京都世田谷区の高級住宅地に巨大なコンクリート打ちっぱなしの建造物が完成した。総選挙の最中だった。周囲を威圧するような要塞と見紛うこの建物こそ、小泉氏の新居なのである。
近隣住民が言う。
『直接見かけたわけではありませんが、小泉さんのご一家が引っ越してきたのは知っています。工事の着工は昨年1月でしたけど、この間、どなたもあいさつにお見えになっていません』
新居の土地は妻である滝川クリステル氏(48)の父親が代表を務める会社が所有している。
『もともと、あの土地には古い2階建ての木造家屋が建っていて、滝川さんの弟さんご一家がお住まいでした。その古い家を取り壊して、新しく小泉さんご一家の自宅が建ったわけです』(同)
3階建て鉄筋コンクリート造(RC造)の敷地面積は352平方メートル、建築面積は140平方メートルで延べ面積は424平方メートルだ。豪邸と言って差し支えないだろう。
『あそこの坪単価は1坪300万~350万円ですから、土地だけでざっと3億~3.5億円です。上物は一般的な住宅サイズなら8000万~1億円で収まることもありますが、この規模でしかもRC造となれば、建築費だけで最低でも1.6億~2億円はかかります。土地建物合わせて、5億円前後は下らない超高級物件になるでしょう』(地元不動産会社)」
だが、この家の名義は書いてあるように妻の父親が所有しているから、小泉はマスオさん状態。
本人は議員宿舎を使っているそうだ。だが、議員宿舎は「都外に居住する国会議員とその家族のみが入居できる」ので、小泉はダメなはずだが、小泉事務所は「小泉は東京23区内に住居を所有していないから入居基準を満たしている」と答えたそうだ。
妻が成り上がり、稼いだカネを豪邸につぎ込み、名義も自分たちにしておけば、別れる時折半しなくていいと、滝川が考えたのだろうか。まあいいか……。
その豪邸の主・滝川が家の前のポリボックスにこういってきたと、新潮が報じている。
「新築工事の際にいろいろな業者が出入りしたので、自宅に盗聴器が仕掛けられているかもしれない。調べてほしい」
防衛大臣様の家に盗聴器? それは動くだろうな。ポリボックス詰めの成城署員を通じて成城署警備課が預かることになったが、それで止まるはずはない。
相談内容は警視庁公安部にも共有され、最終的には「東京都警察情報通信部」、通称「都通」と呼ぶ部署の職員が小泉大臣宅(正確には滝川宅だと思うが…)で盗聴器の探査を行ったという。
この話は、国会担当の警視庁総務部企画課にも上がり、実際に盗聴器を探査したなら、警察庁長官が最終的に決裁したのではないかとみられているという。
だが、笑ってはいけないが、盗聴器など見つからなかったのである。
大山鳴動して……というわけだ。
これについて警察内部からも「やりすぎだ」という声も上がっているというのである。
盗聴器・盗撮機器などの調査専門会社「株式会社ティー・アール・エス」の酒井賢一代表はこういっている。
「警察は民事不介入が原則なので、事件になる前は動いてくれません。実際、警察が相談者に当社を紹介することがあるくらいです」
調査費用は、ワンルームなら3万5000円、4LDKの一軒家だと7万5000円くらいだという。
まさか節約目的だったのでは……。
この記事でホーと思ったのが、甲南大学の園田寿名誉教授のこの話だ。
「日本にはそもそも『盗聴罪』という犯罪は存在しません。“盗聴の不安があるから調べてほしい”と警察に頼んで、調査をやってくれることはまずないでしょう。例えば友人宅に同意を得て入り、家人が席を外した際にコンセントの中に盗聴器を仕掛けるといった行為自体は犯罪になりません。住居侵入が疑われて初めて警察が動ける状況が生まれます。盗聴器の電波が強い場合には電波法違反で立件される可能性があります」
新婚の友人の部屋に行って、密かに盗聴器を仕掛け、2人の睦言を盗聴しても犯罪にはならないのか?
新潮は滝川の行為を批判しているが、まあ、心配する気持ちはわかる気がする。
さて、ここからは文春が連続で報じている高市首相の公設第一秘書・木下豪志の誹謗中傷動画問題。
これを告白した自称起業家・松井健が提供した動画に、あり得るはずのない時期違いの高市首相などの写真が載っていたため、文春や、やはり松井を取材した共同通信が、動画や写真を削除したり、一時停止に追い込まれた。
また、先週の現代は、松井の経歴に詐称があったことを暴露し、それをきっちり取材して裏付けを取らなかった両社に対して批判した記事が掲載された。
ここへきて、文春、共同側の「敵失」で、高市首相側が息を吹き返すのだろうかと思われたが、そうでもないらしい。
松井の本当の狙いは、高市首相側に中傷動画で恩を売り、入り込んで「サナエトークン」で一儲けしようと目論んだようである。
まんまと嵌ったのだが、トークン発売直後に、高市首相がXに投稿して「私とは一切関係ない」といったものだから、一気に値崩れしてしまった。
逆恨みした松井が、トークンから目を逸らせるために、中傷動画を作成したといいふらしているのではないか。
こんな胡散臭い奴の情報をもとにして報道した文春、共同通信は「お粗末」だと新潮はぶった切る。
しかし、では、高市首相は何のお咎めがないかというとそうではないと新潮はいう。
政治ジャーナリストの青山和弘はこう指摘している。
「高市首相からすれば、怪しい告発者に捕まってしまったと思っているのでしょう。政治家である以上は“捕まった責任”もあります。あくまで木下秘書と松井氏は“面識がなかった”という認識を崩していませんが、実際にはどういう関係だったのか明らかにする必要があります。首相の答弁を聞く限り、木下秘書からしっかりとした聞き取りができているとは思えません。国会の会期末が迫る中、睡眠時間を取れないなどを理由に、陳述書を答弁の代わりにして逃げ切ろうとするのは、総理大臣としての姿勢が問われると思います」
私は、政治家、特にリーダーというものは誠実でなければいけないと思う。
安倍元首相は、森友学園に国有地を安く払い下げた問題に対して、「これに私や妻が関わっていたら首相も議員も辞める」と国会で答弁した。
それがために、森友学園にかかわる報告書を改ざんしなくてはならなくなってしまったため、改ざんに関わった財務省近畿財務局の職員・赤木俊夫が自殺するという事態を招いてしまった。
高市首相が木下秘書と松井健との関わりを全否定したため、国会で答弁を変え、どうにもならないところまで追いつめられてしまった。
最初から、木下秘書と松井の面識はあったが、詳細については聞いていないといっていれば、これほど無様な答弁を繰り返すことはなかったのである。
会ったことさえ認めないのは、もっと知られてはまずいことがあるはずだと、野党議員だけではなく、有権者もそう思っている。
それをやらなければ、野党の反発だけではなく、党内からも批判の声が出てくることは間違いない。
高市政権絶体絶命である。
「私は秘書を信じる」
こう高市首相が見得を切った答弁をしてからしばらく経った頃、地元事務所長でもある木下秘書は奈良市内で知人らを前に持論をぶっていたと文春が報じている。
「総理というのは、国家権力のトップ。で、うちはすごく色んな妨害を受けながら這い上がっていった。だから、今まで談合してつるんできた人たちにとっては思わしくないんでしょう」
この発言はまだいい。しかし、ここから木下秘書の信じ難い発言が飛び出してきたというのだ。
木下秘書が首相誕生の経緯に続いて語った後、自民党議員と中国との関係について話し出したという。
まずは中国の国益にならないような政策を主張すると、自民党議員の半数が「おかしい」と反論すると嘆き、石破茂前首相について以下のように言及したというのだ。
「前の首相の石破さんなんて、半分以上中国人の血が流れてるんじゃないかな」
「表現ぶりに問題があるのは言うまでもないが、彼の妄言はそれだけに留まらない。話題が『週刊文春』の報道にも及ぶと、『文春は雑誌が売れなくてもいい。毎週百万円で買ってくれる人の言う通りに記事を書けばいい。人っていうか国がね、習近平さんがね』と口にし、次のように言い放ったのだ。
『アメリカのシンクタンクのシミュレーションによれば、中国は台湾を攻めれば、ほぼ全てのパターンで占領できる。(中国が)負けるパターンは日本が参戦すること。日本の高市内閣を潰すには、ミサイルを飛ばせない。飛ばすとやられる。なので、(中国は)違う工作で日本を潰そうとしている。毎週「週刊文春」に一千万とか二千万を放り込んで潰そうとしているんです』
さらに、切り抜きの拡散に絡めてこう捲し立てていた。
『有料記事というのは、週刊誌を買ってくれる人とかだけじゃなくて、バンバンバンバン切り抜きを(ネットに)あげるんですよ。そしたら中国の拡散部隊がガンガン拡散するんです。それで日本を貶めようとしてるんですよ』
つまり、『週刊文春』が中国から毎週一千万〜二千万円の資金提供を受け、“高市内閣潰し”に協力していると主張しているのだ。当然、事実無根の陰謀論である」(文春)
文春ならずとも、この発言はおかしいと思う。これが自分の公設第一秘書の発言ならば、高市首相も頭を抱えたに違いない。
こんな発言をする人間を擁しているのが日本の首相だというのだから、彼女の責任も問われて然るべきである。
このような人間が、スパイ防止法をつくり、皇室典範改正を否応なく進め、議員定数削減や憲法まで改正しようとしているのだ。自民党に投票した有権者は身震いしないか?
しんぶん赤旗日曜版(6月14日付)の「金平茂紀のメディア日誌」にこう書いてある。
「今から26年も前、高市早苗衆議院議員(当時)は、憲法調査会で憲法前文の以下の有名な一節に嚙みついた。〈日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した〉。彼女はこう言い放った。『このおめでたい一文を改憲の機会があれば真っ先に変えようと思っています』。おめでたいのはどちらか。メディアの役割は重い」
彼女は「この国を戦争のできる武力国家」にしたいと考えている。
日刊スポーツネット版(6/28(日)7:28配信)は、ミュージシャンで俳優の金剛地武志(58)が27日夜、Xを更新。高市早苗首相のポストにツッコミを入れたと報じている。
「高市首相は27日未明、自身のXを更新し、前日夜遅くに山梨県東部・富士五湖を震源とする最大震度6弱の強い地震が発生したことについて記述。自身が関係省庁に指示した内容や政府として当たっている対応の内容などを記しつつ、注意を呼び掛けた。さらに、26日夜遅くの会見について『ぶら下がり会見時は、入浴後のドライヤーもお化粧もしないままでしたので、お見苦しいことで、失礼しました』と自身の容貌について説明を記した。
金剛地は、高市首相のこのポストを添付。『あなたの見苦しさは見た目の問題ではないから大丈夫です』と痛烈なツッコミを入れた」
私は金剛地という人を全く知らないが、このポストには「いいね」をつけたい。
テレビをつけると出てくる高市首相を見たくなくて顔を背けるが、そう、高市首相には「見苦しい」という言葉がピッタリくるのだ。
一人で道化芝居をやっているトランプ大統領と同じように、早々に表舞台から去ってほしい。これは国民の“総意”だと思うのだが。
(文中敬称略)
(文=元木昌彦)
