ソフトバンク・村上泰斗に暴行報道、小野田紀美大臣の公選法違反疑惑、悠仁さま20歳の重圧
さて、英国王室を離脱してアメリカへ逃げたヘンリー王子とメーガン妃が、何を考えたのか、アメリカから拠点を英国へ「出戻り」帰国したことが話題である。
2人は、婚約を発表した段階から、パパラッチに昼夜を問わず標的にされ、追いかけまわされた。
メーガン妃が黒人であることが知られ、人種差別的な発言が、ゴシップ紙だけではなく王室の人間からも飛び出て、深く傷ついた。
さらに、兄のウィリアムと仲たがいし、ついには王室を飛び出しアメリカへ移住してしまった。
それが突然の帰国。今のところ、アメリカではNetflixのインタビューに答えたり、手記を出して稼いだが、思いのほか家の周囲や自分たちの警備費がかかったため、手持ちが少なくなってきたのではという説が有力なようだが……。
子どもたちの教育にはアメリカよりも英国のほうがいいので、英国郊外のコッツウォルズに住むことぐらいしか決まっていないようだ。
メーガン妃は、アメリカを拠点にして行っているビジネスは続けるといわれている。
しかし、突然、仲たがいした弟が帰国して、当惑しているのは兄のウィリアムのほうだとニューズウィーク日本版が報じている。
日本版によれば、ウィリアムの息子のジョージ王子は、この9月から英国の超名門全寮制男子校、イートン校に入学する。寮生活を始めるそうだ。
しかし、これが物議を醸しているというのである。
ウィリアムスは「普通の人」というイメージ作りをしてきたという。だが、イートン校が毎年世界から受け入れる13歳以上の子どもは約250人しかいないし、経費も年間約1400万円かかるそうだ。
まさにエリート中のエリートが集う学校だ。
そこへ、犬猿の仲の弟夫婦の帰国。
世論調査会社のイプソスが6月に発表した調査によると、18歳から34歳では、王室の存続を望むのはわずか34%しかいないという。
普通を標榜していても、今回のように知的レベルはどうあれ、子どもがイートン校へ入るのだ。ウィリアムスの自宅からわずか車で15分のところだ。
湯水のようにカネが入ってくる。ウィリアム一家の新居があまりに広いため、地元住民はクリスマスツリーを買うのに1.5㎞も迂回しなくてはならない。
イートン校では、校内にパブがあり、両親の書面による許諾があれば、ビールやリンゴ酒が思いきり飲めるそうだ。
しかし、世界中の優秀な仲間がいると、成績で入ったのではないヘンリーは、「出来の悪い私にとってはまさしく地獄だった」と回顧している。
ウィリアムは、ヘンリーのことに無関心を装い、騒ぎが収まってから動くようだ。
“普通の人”のイメージ作りをしてきたウィリアムにとって、ここしばらくは心平穏ではいられない日々が続くようだ。
翻って考えれば、この国の皇室制度も大きな曲がり角に来ていることは間違いない。
それは皇室典範が改悪されただけではない。象徴天皇制が存続するためには、多くの国民の理解と支持がなければ成り立たない。
だが、上皇や今上天皇が、多くの公務をこなし、毎回「戦争と平和」について言及しているにもかかわらず、保守政治家たちはそれを無視し、右傾化している一部の若者たちの心には響かない。
私のような「戦無派」は、迷うことなく「平和を希求」し、戦争とは無縁な人生を送ってきた。
だが、この国を長年牛耳ってきた政治屋どもは、様々な“屁理屈”を弄して、「戦争のできる国」へとこの国を変容させてきた。
その中で、上皇陛下こそが「平和を守る象徴」のように喧伝され、リベラル派の拠り所となった時期があった。
今上天皇も父親譲りの「護憲、平和、戦争の惨禍を忘れまい」と、毎年、過去の激戦地を訪ね、「お言葉」を発している。
これだけはっきりと、「日本の過去を反省し、戦争をしてはいけない」と口にする政治家は、引退した人間を除いて、私が知る限りほとんどいない。
しかし、今の憲法下では、天皇に政治的な発言を許していない。このままいけば、天皇というのは“ただの象徴”であって、国民統合の象徴ではなくなるのではないか。
私は、天皇家を京都に移し、政治家の思惑に惑わされることなく、祭祀を司りながら静かに暮らしていただくのがいいのではないかと考えている。
泥水が渦巻いているような永田町の“権謀術数”亡者たちから離れ、この国の平和と安寧を祈りながら、心静かに暮らしていただく。
このままいけば、「天皇制廃止論」が大声で叫ばれることになるかもしれない。英国のように、「皇室はいらない」という声が大きくなる可能性なしとはしない。
今は「愛子天皇」待望論が湧き上がっているが、その熱狂も次第に醒めていくはずだ。
麻生太郎や、その妹、姪が“たくらみ”を実行する前に、天皇家と秋篠宮家を京都に移し、“俗人たち”から遠ざけ、平穏に暮らしていただく。
そうすれば、天皇制は静かに存続できる。私はそう考えているのだが。
次もこの国の皇室のお話である。
遠目からの印象ではあるが、次の天皇になる秋篠宮悠仁さんは、今一つ、この国の皇室を自分が背負ってやるんだという「気迫」に乏しいような気がするのは、私だけだろうか。
だが、私が全く勝てないことがある。悠仁さんは「幼い頃からゴキブリが大好きだった」というのだ。
私は今でもゴキブリを見ると逃げ出し、カミさんに助けを求める。トンボ、蝶々、アリンコくらいならいいが、ゴキブリと蛇を見ると、背筋が凍る。ホラー映画など必要ない。
その悠仁さんは9月6日に20歳になった。そして8月17日、長崎の対馬に姿を現したという。
筑波大学に在籍し、野生動物研究会、通称「やどけん」の面々と一緒に、極秘旅行に行ったというのだ。
地元の警察を含め、厳重な警備態勢が敷かれたのはいうまでもない。
次の日、秋篠宮夫妻は、
「羽田空港から政府専用機でパラグアイへと向かわれました。元赤坂の宮邸では、次女・佳子さまが玄関に立ち、笑顔で手を振って見送られていた。翌十九日には、佳子さまが赤坂御所の東邸で、沖縄からの『豆記者』と呼ばれる小中学生三十五名と面会。ところが、悠仁さまの姿が見当たらなかったのです」(皇室ジャーナリスト)
それほど悠仁さんにとって、やどけんの仲間は大事で、本州とは異なる生き物が生息する対馬は、何物にも代え難いものだったに違いない。
だが、このような時間を過ごすことは今のうちだけで、すぐに次代を担う帝王教育が始まるのだろう。
河西秀哉名古屋大学大学院教授はこう指摘している。
「天皇は父である上皇の背中を間近で見て、象徴天皇の在り方を学ばれ、血肉としてこられました。翻って悠仁さまの場合、父の秋篠宮は天皇にならないご意思を示しておられる。その差は歴然としたものがあります。国民の間で“愛子天皇”待望論が高まっているのは、天皇のそばで帝王学を自然と身につけられていると映るからでしょう。悠仁さまが国民と時代に寄り添う象徴天皇像をどう模索されていくのか。これから真価が問われることになります」
悠仁さんのお妃探しも苦労しそうだ。父親の秋篠宮のように、学生時代に紀子さんのような“積極的”な女性を見つけられればいいが、悠仁さんと結婚すれば皇后の座は約束されるが、男の子を絶対産まなくてはならないというプレッシャーがのしかかる。
よほど“野心”を持った女性でなければ耐えられまい。
悠仁さんの両肩に「日本皇室の未来」がかかっている。いましばらくは青春を謳歌してほしいものだ。
ところで、小野田紀美経済安保担当相(43・外国人担当相も務めている)くらい、期待を裏切った「大臣」はいなかったのではないか。
高市首相以上の保守派で、次々に国粋主義的な施策を出していくのかと思ったが、高市首相が目立ち過ぎるためか、すっかり影が薄くなってしまった。
半ばに行われる内閣改造では、お役御免になるのだろう。
その小野田に「公選法違反」があると文春が報じた。
一つはヤミ選挙事務所問題だという。
《小野田氏が代表を務める「自民党岡山県参議院選挙区第二支部」の政治資金収支報告書によれば、公示日の約一カ月前にあたる同年五月二十四日と、投開票日翌日にあたる七月十一日に、計二件の「事務所賃料」を支出している。支出先はいずれも瀬戸内市内のホームセンターA社である。
また、小野田氏の選挙運動費用収支報告書によれば、公示日翌日の同年六月二十三日にも「事務所賃料」としてA社に支出しており、支払った事務所賃料の総額は二十万円にのぼる。(中略)
小野田氏は公示日当日、小野田紀美事務所のSNSに「瀬戸内事務所出陣式」と題した動画を投稿。「頑張ろーコール」で声を張り上げる姿とともに、<小野田紀美、本気の全力で頑張ります‼>と投稿している。
では、この瀬戸内事務所では何が行われていたのか。
選挙の応援に入っていた現役の瀬戸内市議に尋ねると、次のように証言した。
「市議たちが打ち合わせをしていました。選挙カーに誰が乗るか、どこから乗るか、コースをどうするかとか。小野田先生の選挙カーと、あと自民党の車があって、そのスケジュールをどうするのかとか。(事務所の前には看板も)出ていました」
別の現役の瀬戸内市議も、この事務所に集まったのは、「瀬戸内の選挙を回す部隊」と証言する。》
文春の取材内容が事実なら、選挙事務所として使われていた疑いはかなり濃い。
しかし、岡山県選管の担当者は、「設置できる選挙事務所は候補者一人につき一カ所まで」で、違反した場合は、30万円以下の罰金に処せられる可能性があるというのだ。
小野田は、文春報道後、選挙運動費用収支報告書を修正する意向を示した。さらに事務所は選挙用に借りていないと主張するのだが、文春は電子版でさらに追及する。
《今回、瀬戸内市の事務所が選挙事務所であることを示す新たな証拠を入手した。小野田氏が事務所賃料を支払った際に受け取った領収証である。これは、小野田氏の選挙運動費用収支報告書とともに、岡山県選挙管理委員会に提出されたものだ。
家主である瀬戸内市内の業者が発行したもので、宛名には<小野田紀美選挙事務所様>と明記されている。
さらに、但し書き欄には次のように記されている。
<但 R4.6月22日~7月10日分 家賃>
2022年6月22日は参院選の公示日で、7月10日は投開票日である。つまり瀬戸内事務所は、「小野田紀美選挙事務所」が選挙期間を通じて借り受けていた事務所なのだ。》
小野田は公選法違反を否定しているが、個人的には悪あがきは止めたほうが、と思う。
ところで、今年3月、沖縄県名護市辺野古沖で、同志社国際高校の生徒、武石知華(ともか・17)が研修旅行の平和学習中に死亡するボート転覆事故が起きた。
その責任をとって同校は八田英二理事長が今年度で引責辞任するといい、西田喜久夫校長は8月31付で解任された。
そして、8月23日の朝9時半頃、近鉄線の踏切で、研修旅行にも同行していた高校の山口教諭(仮名)が急行電車にはねられて死亡した。自殺とみられると報じられた。
新潮によれば、亡くなったA教諭は京大工学部出身。修士課程を終えて同校に化学教諭として赴任した。大学ではアメフト部に在籍し、鍛えられた体が特徴的だったという。沖縄への研修旅行の引率経験が豊富で、西田前校長の下、平和学習の一端を担ってきたベテランだったという。
7月31日に同志社が公表した特別調査委員会の報告書によれば、山口教諭は亡くなった小型船「不屈」の金井創船長と面識があることがうかがえるそうだ。
〈辺野古ボートコースのボートが抗議船であることに係る各担任教員の認識〉
との項目では、以下のように記されているという。
〈a7教諭(山口教諭)も、c1氏(金井船長)が抗議活動をしているため、生徒が乗船するボートが抗議船である可能性は認識していたものの、例年実施されてきたプログラムであり、これまで問題なく実施されてきたとの認識から、危険性を特段意識することはなかった〉
だが、3月の事故後、山口教諭は憔悴し切っていたという。ある学校関係者は、
「先生は、旅行の計画立案に深く携わっていたこともあり、他の先生方よりもはるかに責任を痛感している様子でした。事故直後からネットでも名指しで中傷され、周囲にも『事故が起きたのは自分のせいだ』『武石さんのご遺族に申し訳ない』と、しきりに漏らしていました。特別調査委員会が動き出し、先生も5月にはヒアリングを受けていますが、その間もずっと悩み続けていたのです」
そして山口教諭は西田前校長にある“申し出”をしていたという。
「精神的な疲労が重なり、著しく体調を崩した先生は、校長に『休職させてほしい』と願い出たのです。ところが、調査の最中だったこともあって引き止められてしまった。先生はその時、『8月いっぱいは待ってほしい』と告げられたと聞いています」(同)
こうした対応に、山口教諭は不満を抱いていたといわれるそうだ。
山口教諭の京大時代の先輩男性がこう語っている。
「コロナ禍の前、京都市内の居酒屋で彼と飲む機会がありました。『生徒を沖縄に連れていかなあかん』と話していましたが、自ら率先してというよりは学校の仕事だから、といった口ぶりでした。学生時代から責任感が強く、研究中も実験結果をめぐって周囲と熱く議論するような奴でしたから、学校の意向に従ったことで板挟みになっていたのかもしれません」
私は、高校生に沖縄の基地反対闘争を「見学」させることに賛成である。沖縄を知ることは、この国の現状を知ることになる。まだ高校生のうち、こうした日本の「分断」を体験することは、将来必ず役に立つ。
その際、生徒たちの安全を確保するのはイロハのイ、当然であるはずだが、なぜ、それが軽視されてしまったのだろうか?
これでまた、沖縄が本州から遠い国になってしまった。
今朝(9月7日)の朝日新聞が、沖縄知事選の現況を報じていた。
《13日に投開票される沖縄県知事選について、朝日新聞社は沖縄タイムス、琉球朝日放送(QAB)と共同で5、6の両日、電話とインターネットで調査を行い、取材で得た情報と合わせて情勢を探った。新顔の古謝玄太氏(42)がやや先行し、現職の玉城デニー氏(66)が激しく追う。》
新顔で政権与党などが推す古謝玄太候補は、辺野古移設容認の立場だが、8月27日の告示日の第一声では辺野古に触れなかったという。
現職の玉城デニー候補も、これまでは辺野古移設反対を掲げてきたが、今回の知事選に向けて発表した七つの政策の柱の大項目に、辺野古の文字を盛り込まなかったという。
辺野古移設は既定路線。もはや保守も革新も、この問題には触れず、辺野古基地反対運動は沖縄でさえ、忘れ去られていくようだ。
沖縄では、沖縄の人をウチナーンチュ、本土(沖縄県外)の人をナイチャーと呼ぶ。
戦後80年を過ぎ、沖縄は観光名所ではあるが、沖縄の抱える問題に真剣に向き合おうとする国民も、政治家も極めて少ない。
沖縄に米軍基地を押し付け、台風が来た時しか思いださない日本人は、身勝手で薄汚いナイチャーだ。
さて、今週最後の特集は、文春の「ソフトバンクドラ1投手が包丁で『殺すぞ』」。恐いですね~。
そう脅したのは8月15日、ホームで行われた東北楽天ゴールデンイーグルス戦で投げた、福岡ソフトバンクホークス投手の村上泰斗(19)だという。
その試合、8回にプロ初登板を果たすと、無死一、二塁のピンチを三者連続三振で切り抜けた。
「小久保裕紀監督も『楽しみ』と評価していました」(スポーツ紙記者)
2024年のドラフトで1位でホークスに指名され、契約金8000万円だという右腕は兵庫県で育ったそうだ。
クラブチームで実力をつけ、名門・神戸弘陵学園高校に進学した。
「2年生の6月には、球速152キロを計測。同年の秋からはエースを務め、スカウト陣が注目する存在に。甲子園には出場できなかったが、ホークスに1位指名されたのです」(同前)
昨年の入団1年目は怪我もあり、公式戦の出場は無かったが、今年は4月から2軍・3軍戦で登板。6月の試合では自己最速の156キロをマークし、8月の1軍昇格へと繋がった。
そんな期待のホープがなぜ?
福岡県在住の20代の社会人A子は、村上の元交際相手。野球好きの彼女が村上と知り会ったのは、25年2月頃、彼女が村上のインスタをフォローしたのがきっかけだったという。
「他の選手もフォローしていましたが、3月頃、泰斗からフォローバックされ、DMでやり取りをすることになりました。その後、6月に彼から告白されて、付き合い始めたのです」(A子)
週に一度のオフなどに会っていたが、村上は当初から独占欲が強かったという。
「私は日常を写真に収めてSNSに投稿するのが趣味でした。投稿で商品のPRなどをし、仕事に繋がったこともある。でも彼から『やめて』と言われて、セーブするようにしました」(同)
またあるときは村上から、「俺は女の連絡先全部切った」といわれ、A子は、スマホの位置情報とSNSアカウントの共有を求められたという。
「彼が好きでしたし、疚しいこともないので共有しました。ただ、束縛はエスカレートしていきました。少しでも返信が遅れると不機嫌になる。たまたま返信できていないだけなのに、『位置情報が動いてる』と怒られたこともあります」(同)
年末年始には、村上の兵庫県の実家へ1週間滞在するなど、良好な関係を築いていたと思っていたが、徐々に口論が絶えなくなっていったという。
7月6日、破局を迎えた。村上から「もう会わないし、話さない」といわれ、連絡が途絶えたという。
そうしていると高校時代の友人男性が悩みを聞いてくれることになり、事件のその日、男性を招き悩みを打ち明け談笑している時、村上が合い鍵を使って入ってきた。
「誰や、誰が来とんや!」
そう怒鳴り、キッチンにあった包丁をとり、
「お前、殺すぞ」
と、友人男性を追い詰め、殴りかかったそうだ。
彼は血を流し、耳のピアスが千切れたそうだ。そこから必死に逃げ出したが、殴られてからの記憶がないそうである。
A子は必死に止め、包丁を何とか奪って、近くの段ボールに仕舞った。
彼女はその日のうちに実家に戻ったが、また村上が襲ってくるという不安が襲ってくるという。
8月14日、中央署の生活安全課にDVとストーカー被害を相談し、被害届を出したそうだ。
さらに村上にはこんなこともあったという。過去に交際していた女性が妊娠したとわかり、メールを送ったところ、こう返してきたという。
〈隠し子とか世間にバレた瞬間ほんまの意味で終わるし(中略)そうゆう考えするんはほんまに嫌〉
〈産むとか正直選択肢に入れやんといてほしい〉
ショックを受けた彼女に、慰謝料込みで30万円を送ってきたというが、彼女も「彼の言葉の暴力の傷はまだ癒えていません」と、文春に語っている。
文春は村上を電話直撃する。
――A子さんのことで……。
しばらく無言が続いていたが、女性の名前を出すと、不通音が鳴り響いた。
ソフトバンク球団にも事実確認を求めるべく、事件の詳細を記して質問状を送付したが、広報室は、
「選手個人および関係者のプライバシーに関する事項として、回答を差し控えます」
と返答したというのだ。
文春のいうように、「これはホークス入団後に起きた問題であり、彼はまだ2年目の若者である。球団の管理責任も重い」はずだ。
このところ自球団の選手の不祥事に、速やかに対処するところが多いのに、パ・リーグの盟主であるソフトバンクがなぜ?
この原稿を書いている時点で、村上が処分されたという報道は出ていない。(文中一部敬称略)
(文=元木昌彦)
