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たとえ今日がうまくいかなくても――世界的陶芸家の「満足」をゴールにしないドキュメンタリー、孫娘が追った映画『リサ・ラーソンがいた時間』

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映画『リサ・ラーソンがいた時間』より

 映画『リサ・ラーソンがいた時間』が9月18日から全国公開されている。日本でも人気を誇る世界的な陶芸家、リサ・ラーソン。あの、赤と白のシマシマの猫(マイキー)を作った……といえばピンとくる人も多いだろう。2024年に92歳で亡くなった彼女の晩年を追ったのは、ドキュメンタリー映画監督として活動するリサの孫娘、エミリア・エクマン・ラーソンだ。

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 一度見たら忘れられない独特な作品の表情には、リサの何が込められているのか。生前、メディアの前では多くを語らなかったリサだが、ものづくりを通して何を伝えようとしていたのか――。2017年から8年間、ありのままのリサを記録した監督にじっくり話を伺った。通訳はリサ一家と親しく、同映画では日本語字幕を手がけたLiLiCo。

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(写真=宇佐美亮)

「満足」しなかったリサに、孫娘が感じた“絶望”

「子供の頃、祖母は粘土で遊ぶのが仕事だと思っていたから、こんな大人に私もなりたい! と思っていたわ。だって、好きなことだけで暮らせるなんて、すごく楽しそうな人生に見えるじゃない?」

 作中の冒頭にも出てくるエミリア監督のつぶやきには、思わず頷いてしまいそうな説得力がある。作ったものが次々に国境を越えて愛されるなら、確かにそれは羨ましい生き方に思える。「でも、」と監督は続ける。

「リサの生きざまを映像に収めるようになると、どこまでも満足できないという彼女のストレスを目の当たりにしたわ。リサはものづくりの最中、いつもいつも『時間が足りない、時間が足りない』と言っていた。寿命を考えると、もうそんなに長く生きられないはずなのに、リサは常に“将来”のことを考えていたの」

 いくつになっても将来のことを考えるのは一見とても前向きな姿勢に思えるが、「これから」を生きる孫娘にとっては “年齢を重ねても、人生は満足できないものなのか”と軽い絶望でもあった。

「リサはいつ、人生に満足するのかしら? あるいは人生が満ち足りることはないのかしら? だとしたら、私の将来はどうなるの……? そんなことを考えているうちに、人生は『これから』じゃないことに気づかされました。人生は『今』なんだなと」

 満足できないまま人生の残り時間が減っていく中で、リサは「時間がまだまだあると思ったら、案外なかった」と言う。アイデアが常にどんどん湧いている。だから、どこまでいっても時間が“足りる”ことは決してない。交友関係は疎遠になるし、子供も孫も犠牲にしていることを自覚しながら、アイデアを形にしたいというリサの衝動は溢れ続ける。

 ただし、リサは「完成」させることを必ずしも目的としない。衝動を粘土にぶつけつつ、仕上げるまでに至っていないものが工房のあちこちに散乱する。本能のままに何かを作りかけた粘土の塊は、すべてが自分の軌跡であり、あとから意味を持つことも多い。リサ自身、“ガラクタ”を手にしながら「作ったものの良さはすぐにはわからないものね。寝かせたことで新たな良さにも気づく」と口にする。

「リサの家の石壁には、生前リサが生んだ“失敗作”がずらりと並んでいるの。私の父が作ったその壁は今も昔も私のお気に入りで、そこで“表情違い”を見つけるのが何よりも贅沢な時間。まるで魔法のように、見返すたびに、それまで気づかなかったことに気づくんです。

すごく不思議な体験だったのは、リサが亡くなった後、愛する夫のグンナル(画家、彫刻家/1925-2020)の骨が入っているリサ作の骨壺にリサの骨も入れ、土の中に埋めて家へ戻ったら、その壁にカップルのアートを新しく見つけたこと。それを見た時、ああ、2人は天国で一緒になったんだなって嬉しかったな」

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映画『リサ・ラーソンがいた時間』より

リサの作った動物の表情が「人間っぽい」秘密

 仕事人間だったリサは、文字通り死ぬまで粘土を触り続けた。その原動力は何だったのか。

「リサは2歳の時に自分のお母さんを亡くしていて、とても孤独な少女時代を過ごしたんですよね。たった一人の妹は叔母のもとに預けられて、姉妹は離れ離れ。しかもお父さんの再婚相手には息子がいて、自分はあまりかわいがってもらえなかったそうです。

 あまりにもつらい子供時代は、大人になったからといって消えるものじゃない。リサは自身の抱える思いを全部粘土に詰め込んで、詰め込んで、詰め込んだ。そうしてリサの感情の“出口”として生み出されたキャラクターたちが、評価された。そこでリサは“必要とされること”の喜びを感じ、『自分が存在する意味はここにあるんだ』という手応えを感じたのだと思います」

 リサの作品には子供や動物が多いが、誤解を招くことを恐れずにいえば、あざとさや媚びがあるような、わかりやすい“かわいさ”はない。備えるのは、動物なのにどこか人間っぽさを感じさせる独特な表情だ。

「リサの作品が唯一無二なのは、圧倒的に“生きている”ように感じること。なぜそう感じるのかと考えると、究極的には、愛が詰まっているからなんですよね。特にオリジナルのものには彼女の指紋がついていて、自身の熱が注ぎ込まれている。リサの生きてきた道、それとともに育まれた思いがすべて内包されたストーリーとなり、一つのものを形づくっている。愛の中には悲しみも含まれます。だからこそ、人間味があるんじゃないかなと思う」

 愛や悲しみの乗り越え方や一個人の人生に「正解」がないように、リサは自分の才能に満足することがなかった。裏を返せば、その渇望が生へのエネルギーとなっていたともいえるだろう。

「数の多さではなくて、自分の思いを受け取ってくれる人がいるかどうかが、リサにとって重要だった。人気を得たいとか、お金を稼ぎたいといった欲はない。作ったものを平気で人にあげちゃうのもしょっちゅうで、無償の優しさを持つ人でした」

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映画『リサ・ラーソンがいた時間』より

没後、祖母のDNAを感じた「意外なワンシーン」

 祖母が世界的デザイナーという家で、監督はいかに自分の「居場所」を見つけたのか。

「私も芸術家になろうと思って芸術学校に通ったけど、一人でコツコツとアートを作っているような世界は自分にフィットしなかったの。どちらかというと私はチームで動いて、多くの人たちと通じ合いたい。一人でバラの絵を描くよりも、人と一緒に一つのものを作って、広くメッセージを伝えたい。

 自分の道がまだ明確にわかっていなかった頃、ストックホルムに住んでいたんだけど、すべてが完璧でないといけない雰囲気が息苦しくて。逃げるようにマルメという南部の街に引っ越した時、当時の彼が、何か撮影するのはどうかと提案してくれたんです。そこで撮影を軸に考えた時、アートと『伝える』ということが同時に叶えられるのは映画であり、もともと私は人間や物に興味があったので、ドキュメンタリー映画の監督ならすべてが活かせる。これだ!と」

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(写真=宇佐美亮)

 カメラを手に、リサとの時間を俯瞰したことで発見もあった。

「私とリサはルックスも似てないし、性格もまったく似てないと思っていたから、似ている部分なんてないと思っていた。でも、完成した映画を見て気づいたことがあってね。リサが、グラスになみなみとワインを注いで、カメラを持つ私に渡してくるシーンがあるんです。その時は何とも思わなかったけど、映像を見直すと、あの注ぎ方、あの渡し方、あの間合い、あの飲み方……まるで私(笑)。あの瞬間、私たちは“祖母と孫”ではなくて、親友同士になっていたことを感じました」

 監督は「リサが生きている間はわからなかった」と、いたずらっぽく笑う。ふとした時にDNAを感じる部分は、ほかにもある。

「人がまったく興味を持ってないものにすごく興味を持ったりするところとか、考える前に喋っちゃうところなんかもそっくり。私は帽子を同時に3つ作って呆れられたことがあるんだけど、リサもテレビを見ながら同時に編み物をする人だった(笑)。リサはもうこの世にいないけど、自分の中に息づくものって、結構あるんだなと思います」

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映画『リサ・ラーソンがいた時間』より

子供が作ったものにも、真正面から“評価”した

 反対に共感できないのは、リサが夫・グンナルこそが「正しい」と言い続けた部分だという。〈70年一緒にいて、グンナルにはすべてを教えてもらった。自分が教えたことなんて何もない〉――リサの言葉だが、映画には描かれていないその“背景”を、監督が明かす。

「本来、アートにいい/悪い、正解/不正解はない。感想は個人の自由です。でもリサは、常にグンナルの言うことを『正しい』とした。たとえば展示会に行った時にも、グンナルが『いい』と言うものを『いい』とした。

 ただ、これにはおそらくリサなりの配慮があるんですよね。グンナルのキャリアがまさに上向きだという時にリサの方が注目されて、リサはそれをちょっと罪に感じていたみたい。だからこそ、どんな時もグンナルを立てることに気を配っていたんじゃないかなと思う。私なら、自分がいいと思ったものをいい、と言いたいけど(笑)」

 一方で、リサはどんな相手とも一人の人間として対峙した。

「子供の頃、リサの家に遊びに行くのはとても緊張したわ。膝の上に乗って、甘やかしてくれる感じではまったくない。でも私はリサが手を動かしているそばで遊んでいるのが大好きで、リサに認められたくて、何か自分で作ったものを持っていくとリサはすごく真剣にそれを評価してくれた。『この色は素敵ね』、『この形はいいね』って。

 細かく褒めることで伸ばそうとしてくれたのかなと思うけど、ときどき『こうしたらもっと良くなるよね』というアドバイスをくれることもありました。もちろん“もっと良くする”のは、リサ自身が大切にするスタンスなんだけど、子供心に『いやいや、自分はベストを尽くしてるんだけどな』と思ったものよ(笑)。ただ、大人になると、アドバイスをくれることの大切さが染みますね。今の彼は、家族ぐるみで『最高だよ!いいじゃん!』で終了。おおらかすぎて、ほんとかなって思っちゃう(笑)」

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映画『リサ・ラーソンがいた時間』より

たとえ、今日がうまくいかなくても

 リサから学んだことは「『今』を生きることの大切さ」に尽きる、という。

「諦めずに『今』を積み重ねることで、夢が叶う瞬間がある。リサが大量の失敗作も意に介さない姿を見て、それを学びました。たとえば今日、ペインティングが全然思うようにいかなかった。でもそれは、今日の私。明日もう1回やると、意外といい感じになるかもしれない。

 リサは『自分が満足できるものは永遠にできない』と言う。平たく言うと諦めないっていうことだけれど、少し違う。大事なのは、『満足するかどうか』じゃなくて、いつも同じじゃないということを知っているかどうかなんですよね。だって今日は今日。明日はまた別の『今日』が来るのだから」

 今年の10月27日で32歳になるエミリア。自分にとって、「変化の時」だと話す。

「ここ数年はずっと映画制作に追われる毎日で、いざ劇場公開を迎えてしまうと、次はどんな映画を作ろう、って考えているの。同時に、周りの友達が子供を産み始めていることもあって、私もそろそろ子供が欲しいな、なんて考える。人生に迷いがある真っ最中なんだけど、未来の子供たちにも、映画を見てくれた人にも伝えたいのは、『今日はうまくいかなくても、私たちは愛してるんだよ』ということ。だってあなたは私たちの大切な存在なのだから」

 うまくいかないことや「失敗」だと思うことがあったとしても、それを“なかったこと”にしなくていい。「満足」をゴールにせず「今」を生き続けたリサの魂は、エミリアの手によって世界中に届けられる。

今の時代に桐島聡が青春を過ごしていたら

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『リサ・ラーソンがいた時間』
監督・撮影:エミリア・エクマン・ラーソン
出演:リサ・ラーソン、グンナル・ラーソン、マティアス・ラーソン、エミリア・エクマン・ラーソン、フランコ・ニコロシほか
配給:ミモザフィルムズ
字幕:LiLiCo
2026年9月18日(金)よりシネスイッチ銀座、アップリンク吉祥寺ほか全国公開中。
© 2025 Kamlert Film AB, Film i Skåne AB, Sveriges Television AB
https://mimosafilms.com/lisalarson/

(通訳=LiLiCo、取材・構成=吉河未布、文=町田シブヤ)

町田シブヤ

1994年9月26日生まれ。お笑い芸人のYouTubeチャンネルを回遊するのが日課。現在部屋に本棚がないため、本に埋もれて生活している。家系ラーメンの好みは味ふつう・カタメ・アブラ多め。東京都町田市に住んでいた。

X:@machida_US

最終更新:2026/09/24 12:00