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映画『愛し合ってるかい? 忌野清志郎が教えてくれた』が公開中!

“フジテレビ事件”の真相を三宅伸治が語る「ザ・タイマーズ」と清志郎が残したもの

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「ザ・タイマーズ」のZERRY。映画『愛し合ってるかい?』より

 日本のロック史にその名を残す忌野清志郎。その58年の濃密な生涯を、ライブシーンやインタビューを中心にしたアーカイブ映像と関係者たちの証言によって振り返るドキュメンタリー映画『愛し合ってるかい? 忌野清志郎が教えてくれた』が劇場公開中だ。

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 1968年に結成されたRCサクセションのフロントマンとして活躍し、「トランジスタ・ラジオ」「雨あがりの夜空に」など数々のヒット曲を放った清志郎。「KING OF ROCK」と称されるロックミュージシャンであるのと同時に、音楽業界のみならず、テレビ、ラジオ、映画、CM、雑誌などあらゆるマスメディアを翻弄したトリックスターとしての一面も印象深い。

 覆面バンド「ザ・タイマーズ」の過激なボーカリスト・ZERRYは、清志郎の分身だったと言っていいだろう。RCサクセションや清志郎のソロでの公式な活動については映画『愛し合ってるかい?』でしっかりと描かれているので、サイゾーオンラインではタイマーズがロック史に残した足跡に注目したい。

 1980年代末のライブシーンを賑わせたタイマーズの内情を誰よりも知るミュージシャンの三宅伸治氏に“伝説”の真相について聞いた。ZERRY、そして清志郎はロックを通して、何を伝えようとしたのだろうか?

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RCのボーカルとしてカリスマ的な人気を誇った忌野清志郎

RCのアルバム『COVERS』が発売中止に

 一連の事件の発端は、1988年8月にRCサクセションがリリースする予定だったアルバム『COVERS』が発売中止になったことだった。多彩な洋楽を清志郎が日本語歌詞でカバーしたアルバムだが、レコード会社の東芝EMIは「素晴らしすぎて発売できません」という謝罪広告を同年6月の全国紙に掲載している。先行シングルとして発売されるはずだった「ラヴ・ミー・テンダー」「サマータイム・ブルース」も発売中止となった。

 1986年4月にチェルノブイリ原発事故が起きており、日本でも原発問題が大きく揺れ動いていた時期だった。清志郎が歌う「ラヴ・ミー・テンダー」や「サマータイム・ブルース」は日本で原発が次々と建設されている危険性、「日本の原発は安全」という欺瞞性を痛烈に風刺した歌詞となっている。東芝EMIが原発建設を推進していた親会社の東芝に忖度したため、『COVERS』は発売中止になったと言われているが、真相はいまだに不明のままだ。

 問題のアルバム『COVERS』はインディペンデント系のキティレコードから8月15日に発売され、20万枚をセールスする大ヒットとなった。

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渋谷の路上でゲリラライブする清志郎

覆面バンド「ザ・タイマーズ」の登場

 騒ぎはそれだけでは終わらなかった。同年8月3日の富士急ハイランドの野外ライブに続き、8月6日の「広島平和コンサート」に謎の覆面バンド「ザ・タイマーズ」が飛び入りで参加。メンバー4人とも工事現場の作業員ふうの衣装に安全ヘルメットをかぶった姿だったが、サングラスをしたボーカルのZERRYが歌い出すと、清志郎だと気づくファンは多かった。

 10月11日にはタイマーズのファーストシングル「デイ・ドリーム・ビリーバー」が東芝EMIからリリースされ、大ヒットに。11月にはアルバム『TIMERS』が同じく東芝EMIから発売される。

 そしてタイマーズの伝説がピークに達したのが、1988年10月13日のフジテレビの音楽番組『ヒットスタジオR&N』への出演だった。全5曲を演奏したタイマーズだが、演奏2曲目にリハとは違う「FM東京」を歌っている。

「腐ったラジオ 最低のラジオ 何でもかんでも放送禁止さ 政治家の手先 なんでも勝手に放送禁止さ おまんこ野郎」

 アルバム『TIMERS』に収録された「土木作業員ブルース」、忌野清志郎が作詞したTEARDROPSの「谷間のうた 素敵な泉」を『COVERS』に続いて放送禁止扱いにしたFM東京とFM仙台に対する抗議を放送禁止用語を交えて歌ったわけだ。『ヒットスタジオR&N』はタイマーズの演奏をそのまま全国放送し、テレビ史に残る騒ぎとなった。

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三宅伸治氏らをインタビューした『愛し合ってるかい?』

「ザ・タイマーズ」デビュー前夜

 10月7日、『愛し合ってるかい?』を上映中のアップリンク吉祥寺にて、三宅伸治氏のトークイベントが行われた。イベントの前、劇場の楽屋に現れた三宅氏に話を聞いた。

「試写で『愛し合ってるかい?』は観ました。清志郎さんの映画だから素晴らしいのは当然ですが、相原裕美監督は苦労してアーカイブ映像を集めたんじゃないですか。俺の若い頃も映っていて、恥ずかしかった(笑)。RCに出会って、人生が変わったファンは多いと思います。俺もその一人。宮崎生まれなんですが、大学進学を口実に上京して、清志郎さんの付き人兼運転手になったんです。博多のサンハウス、大阪のブルース系のバンドにも魅力を感じていましたが、やっぱりRCが好きだったんで東京に行くことに決めたんです。RCのスタッフとして働くようになったんですが、MOJO CLUBでデビューする前に一度音楽の世界から離れた時期がありました。でも、清志郎さんに『お前とは友達でいたいんだよ』と言われて。あのひと言は刺さりましたね(笑)」

 三宅氏も出演したFM大阪の番組『忌野清志郎の夜をぶっとばせ』が、タイマーズの結成につながったという。

「番組の進行はアシスタントの女の子に任せて、清志郎さんと俺で歌本を開いて、『モンキーズ、いいよな』なんて言いながら、『デイ・ドリーム・ビリーバー』を弾いたりしてたんです。それがタイマーズのもとになったと言っていいでしょうね。RCの『COVERS』が発売中止になり、収録曲も清志郎さんは歌えない状況で、それでタイマーズを作ったんです。初めてのライブは富士急ハイランドでした。実は前夜、マネージャーの坂田喜策さんが清志郎さんを訪ねて『RC以外の活動はやめてほしい』と言われたそうです。それで清志郎さんは眠れないまま、タイマーズの初ライブに臨んだんです。観客は誰もタイマーズなんて知らないから、ステージに上がっても会場はシーンとしてたんですが、ZERRYが『きめたい~』と歌い出すと、みんな『キヨシローだ!』と気付いて、いっきに盛り上がったんです」

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忌野清志郎のソロの代表曲「JUMP」などを三宅氏は共作している

フジテレビで起きた伝説の夜

 フジテレビでの事件は、タイマーズのギタリスト・TOPPIこと三宅氏の言葉がきっかけだった。

「清志郎さんから『谷間のうた』と『土木作業員ブルース』が放送禁止になったことを聞かされ、タイマーズでフジテレビに出演することが決まっていたので、『何かやらかしましょうか?』と俺から言い出したんです。RCのライブでもアンコール曲に予定のない『キモちE』を演奏して、照明スタッフを慌てさせたり、予定と違うことはよくやっていたんです。タイマーズのメンバー以外にはバレないように新曲『FM東京』を二人で作ったんですが、途中から大変なことを自分は言い出してしまったなと感じ始めてもいました。でも、清志郎さんが『おまんこ野郎』という歌詞をつけたのには『すげえ』と思いました。半端な気持ちだった自分とは、覚悟が違った」

 三宅氏は東芝EMIからMOJO CLUBでのメジャーデビューを控えていたが、そのことは気にならなかったのだろうか?

「まったく考えていませんでした。楽しければいいやと(笑)。MOJO CLUBのインディーズ曲に『差別』があるんですが、この曲の歌詞も問題になったことがあり、そういうことへの反発心が自分の中にもあったんだと思います。フジテレビの収録スタジオで、リハとは違う曲『FM東京』を本番でやったとき、カメラの後ろを関係者が走っているのが見えました。『やってやったな』という感じでしたね」

 古舘伊知郎がMCを務めていた深夜番組『ヒットスタジオR&N』だが、生放送だったという説と実は夕方に収録されていたという説がある。当事者である三宅氏の認識はどうなのだろうか?

「生放送だったと記憶しています。ただしリアルタイムでの放送ではなく、数十秒間だけ遅れての放送だったはずです。プロデューサーが放送を止めようと思えば止めることはできたのかもしれませんが、タイマーズの演奏を面白がる放送関係者もいたようです。今じゃ考えられないことですよね。いい時代だったと思います。だいぶ前のことなので、人によって記憶が違っているのかもしれません」

 みうらじゅん原作、田口トモロヲ監督の映画『アイデン&ティティ』(2003年)は、主人公の中島が生放送番組で暴走するシーンがクライマックスとなっている。フジテレビで起きたこの事件にインスパイアされたのではないだろうか。タイマーズが伝説のバンドとなった一夜だった。

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アップリンク吉祥寺で行われた三宅氏のトークショー

「デイ・ドリーム・ビリーバー」で歌われた“彼女”

 フジテレビを揺るがせたあの夜、「FM東京」に続けて演奏された「デイ・ドリーム・ビリーバー」は不朽の名曲として語り継がれている。

「清志郎さんが実のお母さんのことを想った曲だったことは、あのときの自分はまだ知らずにいたんです。清志郎さんの実家には何度か行ったことがあったので、清志郎さんの家族のことは何となく知っていたんですが、清志郎さん本人には聞くことはなかったし、本人も照れくさくて言えなかったんでしょうね。でも、『COVERS』やタイマーズを始めた頃は、清志郎さんの実家で本当のお母さんの写真が見つかった時期でもあったんです」

 映画『愛し合ってるかい?』では、清志郎が3歳のときに亡くなった実の母親は、最初の夫を戦争で失ったことが明かされている。また、「デイ・ドリーム・ビリーバー」で歌われている“彼女”は、「世界平和」の比喩だという解釈もある。

「清志郎さんは、どちらも同じ気持ちで歌っていたと思います。清志郎さんはしばらくフジテレビに出禁になったみたいですね。俺もFM東京の番組に出ることはなかったんですが、最近はゲスト出演したりしているので、別に遺恨とかはありません。タイマーズってやりたいことをやってやろうぜ、あとは逃げちゃいえばいいというコンセプトのバンドだったんです。でも、清志郎さんは覚悟を持ってやっていました。言いたいことを言う、歌いたい曲を歌う。清志郎さんはやっぱりすごいですよ」

 誰も自分の本音を口にすることが難しい時代になりつつある。そんな現代だからこそ、清志郎が残した曲に耳を傾けたい。

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(c)有賀幹夫

(取材・文=長野辰次)

映画『愛し合ってるかい? 忌野清志郎が教えてくれた』
監督/相原裕美 
出演/忌野清志郎、三浦友和、竹中直人、三宅伸治、泉谷しげる、梅津和時、角田光代、金平茂紀、百代ほか
配給/東映ビデオ 10月2日より新宿バルト9ほかにて公開中
(c)2026Kiyoshiro Movie Project
https://www.toei-video.co.jp/kiyoshiro-movie/

三宅伸治(みやけ・しんじ)
1961年宮崎県生まれ。ギタリスト、シンガー・ソングライター。85年に「MOJO CLUB」を結成し、覆面バンド「ザ・タイマーズ」にも参加。忌野清志郎とは「JUMP」など数々の楽曲を共作し、バンドマスターとしてライブも支えた。清志郎の最も近しい音楽的パートナーの一人として知られ、「三宅伸治&The Red Rocks」など現在も精力的にライブ活動を続けている。

長野辰次

映画ライター。『キネマ旬報』『映画秘宝』などで執筆。著書に『バックステージヒーローズ』『パンドラ映画館 美女と楽園』など。共著に『世界のカルト監督列伝』『仰天カルト・ムービー100 PART2』ほか。

長野辰次
最終更新:2026/10/09 20:00