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海外の映画祭で話題の深田晃司監督インタビュー

松たか子と石橋静河が「元姉妹」を演じる『ナギダイアリー』が描く新しい家族像

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松たか子が地方で暮らす彫刻家を演じた『ナギダイアリー』

 出演作ごとに新たな魅力を披露している松たか子。NHK連続テレビ小説『ブラッサム』の主演で、さらなる飛躍が期待されている石橋静河。注目の人気女優ふたりが共演する映画『ナギダイアリー』が、9月25日より劇場公開されている。

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 10年がかりで本作を完成させたのは深田晃司監督。浅野忠信主演作『淵に立つ』(2016年)が第69回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門の審査員賞を受賞するなど、海外の映画祭でも高く評価されている。本作はロケ地となった岡山県奈義町に深田監督が長期滞在し、地元の人たちと交流しながら脚本を書き上げたものだ。

 物語の舞台となるのは架空の町「ナギ」。彫刻家の寄子(松たか子)が暮らす古い一軒家に、東京から来た建築家の友梨(石橋静河)が訪れる。ふたりは「元姉妹」という関係だ。寄子の弟が、友梨の夫だった。友梨夫婦が離婚した後も、寄子と友梨は懇意にしていた。

 寄子の彫刻のモデルを務める友梨は、寄子が絵を教えている地元の中学生・春樹(川口和空)と圭太(藤原聖)と知り合う。さらに春樹の父親・好浩(松山ケンイチ)も交え、友梨は都会とは異なるゆったりとした時間を過ごす。しかし、親交が深まるにつれ、寄子たちの意外な人間関係に気づくことにもなる。

 今年の第79回カンヌ国際映画祭のコンペティションに選出され、上映後には7分間に及ぶスタンディングオベーションを浴びた深田監督に、キャスト陣の魅力、製作の舞台裏を語ってもらった。

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東京から友梨(石橋静河)が現れ、静かな町にさざなみが起きる

松たか子、石橋静河の対照的な魅力

 深田晃司監督は映画美学校を卒業後、劇団「青年団」に入団し、主宰者・平田オリザ氏の薫陶を受けたクリエイターだ。「青年団」では演出部に所属していた。それもあって、『ナギダイアリー』は松たか子、石橋静河、松山ケンイチたち人気キャストが織りなすアンサンブルを、舞台を観るかのようにじっくりと堪能できる。

「プロデューサーと話し合いながら決めたキャスティングですが、理想のキャストになりました。松さんたちの演技を、自分も間近で楽しむことができました(笑)」

 寄子に絵を習う中学生の春樹と圭太は共にある決心をし、寄子に頼みごとをする。本人たちはすごく真剣なのだが、このシーンのやりとりは思わず吹き出してしまう。

「松たか子さんはコメディエンヌのイメージがありますよね。このシーンは、松さんの表情がすごくいい。中学生たちと一緒に真剣な顔になっています。笑ってしまうシーンだけど、松さんが真剣に受け答えしているところがいいなと思います」

 女優・松たか子の魅力はどこにあるのだろうか?

「松さんの演技は、いつ見ても新鮮です。カメラにとって魅力的な被写体は、子どもや動物、自然現象だとよく言います。つまり、次の瞬間にどう動くか分からないものです。子どもや動物の動きは予測がつかないですし、自然現象である火や波は飽きずに見ることができます。大人になって経験を積んだ俳優からは、そうした新鮮さはどうしても失われてしまいがちです。俳優とは難しい仕事で、次に相手がどんな台詞を言うか、自分がどう答えなくてはいけないか、分かってしまっていて、予定調和な演技になっていきます。でも松さんは、いつもそのときに初めてその台詞を口にするみたいな演技ができるんです。相手の芝居を受け、生きたものとして表現できる。素晴らしい才能の持ち主です」

 仕事を続けることに悩む友梨を演じた石橋静河はどうだろうか。

「石橋さんは、松さんとはまったく異なるタイプ。私たちの日常生活の近似値に近い演技ができ、しかもそれを何度でも繰り返すことができる。プロフェッショナルですね。現代口語演劇の青年団の俳優たちもそうした演技を得意にしていて、私にとってなじみの深い芝居です。それもあって、石橋さんには安心して演技を委ねることができました」

 石橋静河が主演するNHK朝ドラ『ブラッサム』には、松たか子が出演することも決まっている。作家の宇野千代をモデルにした主人公・葉野珠を石橋、晩年期の珠の秘書を松が演じることになる。

「撮影が終わってから、おふたりが朝ドラに出演されることを知って驚きました。おふたりは対照的な演技を見せてくれました。自由奔放な芝居をする松さん、一方の石橋さんは非常に端正な芝居をされる。ふたりの演技の違いは、寄子と友梨のキャラの違いにもなっています。友梨は情報量の多い東京で暮らしているけれど、どこか窮屈さも感じている。対する寄子は情報量の少ない地方都市で生活しているが、自分の好きなようにのびのびと暮らしている。松さんと石橋さんの演技の違いが、寄子と友梨がそれぞれ暮らす町の対比とも絡み合い、面白いなと思いました」

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シングルファーザーの好浩(松山ケンイチ)と友梨の距離が縮まっていく?

セクシュアルマイノリティにとっての日常生活

 松たか子、石橋静河と同様に、松山ケンイチも深田監督作品は初出演だ。松山演じる好浩は、寄子の幼なじみでもある。町役場に勤め、ひとり息子を育てるシングルファーザー役を、近年は田舎で暮らす松山は地に足のついた演技で好演している。

「松山さんは漫画の実写化映画によく出演されていた印象がありましたが、もともとは青森県出身です。地方の町で暮らす男性像にはなじみがあったんじゃないでしょうか。松山さんと特にそうした話をしたわけではありませんが、寄子、友梨とすごくいい関係性を演じてくれました」

 松たか子演じる寄子は、セクシュアルマイノリティという設定になっている。学生時代の親友・早苗(藤間爽子)への想いを今も大切にしている。寄子をそうしたユニークな設定にした理由を、深田監督はこう語った。

「ユニークというのは、それはマジョリティの視点から見ているからなんです。セクシュアルマイノリティの方たちは、どこの社会にも存在しているわけです。それをユニークと感じてしまうのは、映画や演劇の世界で描かれてこなかったり、描かれたとしても特別な存在として描かれてきたことも影響しているのでしょうね。ある種の社会問題やメッセージ、テーマを背負う存在として捉えられてきた。でも、当事者にとっても誰にとっても生活はただの日常ですし、そこに存在するだけです。松さんには特別そうしたことを説明しませんでしたが、松さんは寄子の日常をとても自然に演じてくれました」

 オーディションで選ばれた10代のキャスト(川口和空、藤原聖)には、ジェンダーや多様性の歴史などを丁寧にレクチャーするなどして役を理解してもらった上で、現場に臨んでもらった。また、撮影前にはジェンダー講習やハラスメント講習をスタッフだけでなく、キャストも一緒に受講している。多様な愛のかたちを描いた『エゴイスト』(23年)にも参加したミヤタ廉が「LGBTQ+インクルーシブディレクター」としてクレジットされており、LGBTQ+表現に細心の配慮をしていたことが分かる。

 ナギ=凪とは風の吹かない状態のことだが、『ナギダイアリー』の世界には心地よい風が流れているのが感じられる。

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今年5月、カンヌ国際映画コンペ部門に参加した深田晃司監督 © Kazuko WAKAYAMA

小津監督の時代から変わらない家族関係

 キャストが豪華なだけではない。『ナギダイアリー』は丁寧に脚本を練り上げ、映画・演劇の歴史をしっかりと受け継いでいる点にも注目したい。

「企画の始まりは、平田オリザさんでした。平田さんの代表作のひとつ『東京ノート』は美術館のロビーを舞台にしたもので、各地で上演を行なっていました。その平田さんから岡山県奈義町にとてもいい美術館があるので、奈義町を舞台にして映画にしたら面白いんじゃないかというメールをいただいたんです。下見として奈義町現代美術館を訪ねたところ、土地に根付いた素晴らしい施設でした。奈義町も独特の風情があるなと感じ、『東京ノート』をそのまま映画化するのではなく、奈義町に根付いたオリジナル作にすることにしたんです。もちろん、自分も『東京ノート』は大好きです。『東京ノート』を一部オマージュしながら、精神的な続編みたいなつもりで書いた作品です。初めて奈義町を訪ねたのは2016年8月。映画の仕事がないときは、なるべく奈義町で過ごすようにしてきました。映画の完成までに10年かかりましたね(笑)」

 本作のベースになった平田オリザ氏の『東京ノート』は、バラバラに暮らす家族が年に一度だけ美術館に集まり、近況を伝え合うというもの。小津安二郎監督の『東京物語』(1953年)を意識した作品であることが知られている。そう考えると、深田監督が撮った『ナギダイアリー』は『東京ノート』に加え、『東京物語』も現代的にアップデートしてみせたとも言えそうだ。

「小津監督の『東京物語』は戦後の日本社会の家族の在り方を描いた名作です。田舎から上京してきた老夫婦が子どもたちの家を訪ねますが、それぞれ家庭を持っている子どもたちは実の親を邪険に扱ってしまう。老夫婦にいちばん親切なのは、戦争で亡くなった息子の未亡人、血のつながらない関係なんです。戦後間もない時期に撮られた作品なのに、血縁関係にとらわれない関係性を描いていたことに驚きを覚えます。『東京物語』はいま観ても新鮮に感じられる。日本社会は本質的なところでは、当時からさほど変わっていないのかもしれません。脚本を書いていた10年の間に夫婦別姓が成立していれば、脚本の内容も変わってきたはずですが、残念ながら成立しませんでしたね」

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寄子(松たか子)の木彫のモデルを務める友梨は、彼女の孤独さに気づく。

映画が観客にもたらす豊かさとは?

 日本の地方を舞台にした『ナギダイアリー』だが、フランス、シンガポール、フィリピン資本も入った合作映画でもあり、どこか日本離れした優雅さを感じさせる。

「海外の資本が入ったことで、海外文化の影響を少しは受けているかもしれません。フランスではみなさん、休むときはしっかり休む。1カ月くらいバカンスに出かけています。その間はまったく連絡が通じなくなる。でも、生産性が落ちることはなく、むしろリフレッシュすることで、仕事のクオリティーは上がるんです。忙しく働く日本人のひとりとして、自分ももっと心の余裕を持てるようにしたいものです(笑)」

 寄子と一緒に過ごすことで、友梨はナギでの生活に安らぎを覚えるようになっていく。『ナギダイアリー』を観ることで我々も、いろんな常識から解放されることになる。映画の豊かさはどこから来るのだろうか? そんな質問を最後に深田監督に投げかけてみた。

「映画の豊かさはどこから来るのか……。この質問にスッと答えることができれば、自分ももっと良い監督になれるでしょうね(笑)。やっぱり、豊かさって映画を観る観客の想像力から育まれるものだと思うんです。観客の想像力に対して、映画がどのようにアクセスできるか。もしくは、観客の想像力がアクセスできる余白をどれだけ丁寧に残せるかが重要でしょう。でも、その余白づくりが難しい。まだ自分もできたりできなかったりなんですが、余白のある映画をつくろうとはしています。映画を観た人が余白に対して想像を膨らませていき、鏡のようにその人自身の姿が見えてくるような作品ができれば、面白いなと思うんです。作品を通じて作り手と観客が理解を深めていくような映画ができれば、それが豊かさにつながるんじゃないでしょうか」

 お金だけではない、生きていく上での豊かさのヒントが『ナギダイアリー』には込められている。松たか子、石橋静河、松山ケンイチたちの贅沢なアンサンブルを、ゆったりとスクリーンで味わいたい。

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(取材・文=長野辰次)

『ナギダイアリー』
監督・脚本/深田晃司
撮影/四宮秀俊
出演/松たか子、石橋静河、川口和空、藤原聖、藤間爽子、水間ロン、申瑞季、松山ケンイチ
配給/スターサンズ 9月25日(金)より新宿ピカデリー、渋谷ユーロスペースほか全国ロードショー
(c)2026 ナギダイアリー・パートナーズ/Survivance/Momo Film Co.
https://starsands.com/nagidiary/

深田晃司(ふかだ・こうじ)
1980年生まれ、東京都小金井市出身。1999年に映画美学校フィクションコースに入学。2005年には平田オリザが主宰する劇団「青年団」に演出部として入団。監督した映画『歓待』(10年)、『ほとりの朔子』(13年)で注目を集める。浅野忠信主演作『淵に立つ』(16年)はカンヌ国際映画祭「ある視点」部門の審査員賞を受賞。以降も『海を駆ける』(18年)、『よこがお』(19年)、『本気のしるし 《TVドラマ再編集劇場版》』(20年)、『LOVE LIFE』(22年)、『恋愛裁判』(26年)など話題作を次々と発表している。

長野辰次

映画ライター。『キネマ旬報』『映画秘宝』などで執筆。著書に『バックステージヒーローズ』『パンドラ映画館 美女と楽園』など。共著に『世界のカルト監督列伝』『仰天カルト・ムービー100 PART2』ほか。

長野辰次
最終更新:2026/09/26 18:00