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橘和奈×サイゾー連動企画09

橘和奈、避難所でも階段ダッシュの青春バレーボール

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橘和奈(写真:近藤宏一)

 橘和奈の雑誌「サイゾー」連動企画第9弾。

【いくみ】〆は赤羽インタビュー

 当サイトの旗艦メディアである雑誌「サイゾー2025年2月号」(2024年12月26日発売)のグラビアページに登場してくれた女優でモデルの橘和奈。これを記念して、サイゾーオンラインでは昨年末より橘和奈の3カ月連載を始めている。

 今回は、彼女の魅力や素顔に迫るインタビュー連載の第5弾。被災しながらもバレーに打ち込んだ中学時代や、階段ダッシュに明け暮れた「階段の女」の時期、海外留学した高校時代など、知られざる青春時代のエピソードを聞いた。

【橘和奈(たちばな・あいな)】
大手航空会社の元CAで、抜群のビジュアルを武器に2023年4月に「FRIDAY」(講談社)のグラビア企画でデビュー。各誌を彩りながら、舞台作品やYouTubeバラエティへの出演でも話題を集め、さらには故郷・福島の復興プロジェクト「HAMADOORI13」のPRリーダーを務めるなど幅広く活躍している。X@_aina222Instagram@a_i_n_a_222

青春の思い出

――中学・高校時代にチアリーディングをしていたとお聞きしたのですが、その他に部活はされていたのでしょうか。

橘和奈(以下、橘) チアもしていたのですが、それ以上に中学時代の部活で一生懸命に打ち込んだのがバレーボールでした。小学校6年のときに東日本大震災で被災し、中学時代は避難所や仮設住宅で暮らしていたのですが、バレー部は全国大会に行くような強豪チームだったので、朝から晩まで授業以外はバレー漬けの毎日でしたね。

 朝練が6時半くらいからあって、学校の授業が終わってから夜10時までバレーの練習をしていました。当時はそれから塾に行って、深夜0時くらいまで勉強もしていました。私、なぜか塾が大好きで週5で塾に通っていたんですけど、あのころはすごい体力だったなって自分でも思います。

――かなり気合いの入ったバレーボール少女だったんですね。震災の影響が色濃かったころは大変だったんじゃないでしょうか。

 震災の年は11月ごろまで学校が開いていなかったので、自主トレとして、地震で壊れずに無事だった7階建てのマンションの階段をひたすらダッシュしていました。

 まだ避難所で生活していたころだったので、ほかにやることもなかったから20往復くらいするんです。避難所で寝起きして、支援物資のご飯をいただいて、あとはひたすら階段ダッシュという毎日でした。あのころの私は『階段の女』でしたね(笑)。

――階段の女! 自主トレで階段ダッシュとはすごくストイックですね。

 意外な出会いもありました。いつもみたいにマンションでダッシュしようと思ったら、同じように階段を走っている同年代の女の子がいたんです。実は同じバレー部の子だったんですけど、それまで話したことがなかったので初めて知り合って、それからはふたりで一緒に階段を走っていました。その子とは今でもずっと仲良しです。

――中学はバレーボール一色という感じだったんでしょうか。

橘 避難所になっていた体育館で5カ月くらい過ごしてから、仮設住宅に入れたんですけど、6人家族で6畳の部屋だったのでさすがに狭かったんです。だから、広めの仮設住宅に空きが出たら引っ越していました。引っ越しの影響で中学を何度か転校したんですけど、転校先でもずっとバレー中心の生活でした。もう中学時代はバレーの思い出しかないくらいです。

――高校時代はどうでしたか?

 高校時代は国の支援プロジェクトを利用させてもらって、アメリカに留学したのですが、中学時代にバレーに打ち込みすぎたから少し疲れてしまって、チアリーディング部に入りました。

 でも、高校時代は部活よりもコミュニケーションに苦労した感じです。最初は英語がまったく話せなくて、周りに日本人もいなかったので、ジェスチャーや絵で意思疎通をしていたんですけど、やっぱり勉強して英語が話せるようにならないとどうにもならないので必死でした。

――アメリカの青春ドラマで見るような、みんなでパーティしたり、男女で遊んだりということはなかったのでしょうか。

 まったくなかったんですよ。支援プロジェクトを使わせてもらっているというのと、まだ福島が大変な状況で自分はアメリカに行ってしまったので、がんばって勉強しないと日本にいる家族や支援してくれている人たちに悪いという気持ちが強かったんです。遊んでる場合じゃないぞって。

 だから青春時代と言われても、中学時代はとにかくバレー、高校時代は勉強に必死で、まったくキラキラした感じではなかったんです・

橘和奈、避難所でも階段ダッシュの青春バレーボールの画像2

(文=佐藤勇馬)

【サイゾーオンライン橘和奈連載予告】
#10:02月20日(木)13時公開
「橘和奈サイゾーSPスライドショーvol.5」

#11:02月27日(木)13時公開
「橘和奈インタビュー6 私と東日本大震災」

#12:03月06日(木)13時公開
「橘和奈サイゾーSPスライドショーvol.6」

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佐藤勇馬

1978年生まれ。新潟県出身。SNSや動画サイト、芸能、時事問題、事件など幅広いジャンルを手がけるフリーライター。雑誌へのレギュラー執筆から始まり、活動歴は15年以上にわたる。著書に『ケータイ廃人』『新潟あるある』がある。

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最終更新:2025/02/14 20:28