霜降り明星・粗品「初審査員」を務めた『ytv漫才新人賞』の幸せな後始末

2日に放送された関西のローカル漫才賞レース『ytv漫才新人賞』で自身初の賞レース審査員を務めた霜降り明星の粗品。当日は他の審査員が90点台を基準に採点を行う中、70点、80点台という異例の採点を連発。また、ロジカルで具体的な審査コメントや先輩審査員であるハイヒール・リンゴに論争を仕掛けるなど、大会を大いに盛り上げた。
その結果、今年の『ytv』は例年になく話題を呼び、Tverでの生配信視聴数は11万7,000回で昨年の2.4倍、同時配信の追いかけ再生を含めた見逃し配信数は2日から1週間で64万7,000回を記録し、これは昨年の7倍の数字だという。
審査では、久しく見たことのないような低い点数を付けられ、厳しいコメントを浴びせられた当の出場漫才師たち。だが、これだけ多くの人に見られる機会を与えられたのもまた、粗品の功績といえるだろう。
YouTubeでも振り返り
そんな粗品だが、『ytv』終了後にも自らのYouTubeで振り返り企画を配信している。
当日の生放送直後には「粗品 Official Channel」で「ytv漫才新人賞決定戦について」という動画を公開。
「生放送で時間が限られてるから、言いたいことが全部言えなかったので、この動画で補完しようかな」として、各コンビのネタについての具体的な指摘や自身の審査コメントの意図など、1組ずつ詳細に語っている。その動画の尺は1時間3分57秒と表示されている。1時間にわたって粗品から語られた内容の共通点は、とにかく後輩漫才師たちへのエールに他ならなかった。
10日はサブチャンネルの「粗品のロケ」で、「優勝したフースーヤから文句言われた【ytv漫才新人賞決定戦#1】」という動画を公開。フースーヤをゲストに招き、こちらも30分以上の長尺で大会を振り返っている。
フースーヤは、粗品と大阪時代から旧知の仲で交流もある。2017年にはフジテレビ『新しい波24』選抜メンバーとして、霜降り明星とフースーヤは『AI-TV』で共演している。ともにネクストブレイク枠だった2組が、片や『M-1』王者となって審査員に、もう片方は審査される側となる。そういう関係性だ。
そうした立場の2組が本番に臨むにあたって、どんな心境だったのか。何に神経を使い、注意を払ったのか。粗品がフースーヤを「勝たせる」ことの意味。それは単なる漫才大会の振り返りの枠を超えて、3人の若者が描いた青春のドキュメンタリーという趣だった。
ここまででも、粗品が今回の『ytv』審査員に強いモチベーションで臨んでいたことはわかる。だが、粗品の振り返りはこれだけでは終わらなかった。
12日には同じ「粗品のロケ」で「stv漫才以外新人賞決定戦【ytv漫才新人賞決定戦#2】」という動画を公開。敗退した翠星チークダンス、タチマチ、ぐろうの3組を呼び出し、それぞれに漫才以外のピンネタを披露させて粗品が審査するという企画だった。
粗品のムチャ振りにさらされ、あたふたしながらネタを披露する若手たち。それぞれのキャラクターが浮き彫りになっていく。彼らは優勝したフースーヤと比較すれば、目立つことはできなかった。そんな敗者たちへの、粗品なりの「顔と名前だけでも覚えてやってください」というプレゼントだろう。6人のネタが披露され、「最終決戦」として2ネタ目を強制されたのは、1本目でハネることができなかったタチマチ・安達周平と、ぐろう・高松巧の2人だった。
そして14日、3本目の振り返り動画「ytvで粗品が酷評した芸人達に粗品のネタを審査してもらった【ytv漫才新人賞決定戦#3】」に呼ばれたのは、粗品が本番で70点台を付けたマーメイド、オーパスツー、マーティーの3組。これで、今年の『ytv』に出場した7人全員が粗品のYouTubeに呼ばれたことになる。「粗品のロケ」のチャンネル登録者数は85.4万人。若い彼らにとっては、願ってもない露出のチャンスである。
この動画で行われた企画は、粗品に酷評された3組が粗品のピンネタを審査するというもの。粗品は2本のピンネタを披露し、ピクリとも笑わない6人の若手漫才師がスケッチブックに点数を書き込んでいく。
これができるのだ、粗品は。
『M-1』で長く審査員を務めている博多華丸・大吉の博多大吉は「審査員をやると、翌日の寄席の受けが明らかに悪くなる」とたびたび嘆いている。プレイヤーが他人を審査する弊害は、私たち素人から見ても想像に難くないところだ。
粗品は賞レースの審査員を「やりたい」と公言してきた。正確には「やってあげたい」と言っていた。そう発言したときから、おそらくこの企画をやることを自分自身に課していたはずだ。
ほかでもない、自分が酷評した者たちに審査されること。しかも、粗品が披露したのは適当にでっち上げた一時しのぎのネタではなく、かつて客前で披露したこともある本ネタである。
その粗品の本ネタに、若手たちが50点、60点台の点数をつけていく風景は単純に痛快だったし、粗品に審査コメントを求められた彼らが、実際に粗品から言われたセリフを意趣返ししていく様子には、審査する者とされる者の間で確かに信頼関係が結ばれていたことを感じさせた。
『M-1』を含め、賞レースの目的は新人の発掘にほかならない。今年の『ytv』を通じて、もっとも新人を発掘しようと動いたのは、間違いなく粗品だろう。まだ世に出ていない若手の誰もが、自分たちも粗品に審査されたいと感じたはずだ。
また待ち遠しくなってしまう、粗品が『M-1』の審査員席に座る日はいつになるのだろうか。
(文=新越谷ノリヲ)