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『あんぱん』第47回 意図的に踏み抜かれる作劇のルール、スポイルされる切実な感情

今田美桜(写真:サイゾー)
今田美桜(写真:サイゾー)

 久しぶりに登場した嵩くん(北村匠海)、製薬会社に就職して1年が過ぎようとしていたのだそうです。デザイン学校でお友だちになった健ちゃん(高橋文哉)とまだ学生時代の下宿で同居しているようで、ずいぶん仲がいいんだな。

『あんぱん』ウソがまたウソになるストレス

 健ちゃんお手製のカレーを食いながら、嵩くんは健ちゃんにこんなことを尋ねます。

「健ちゃん、仕事はどう?」

 学校を卒業して、働き始めて1年がたって、まだ同居している2人の間で「仕事はどう?」。社会人1年目で一緒に暮らしてるルームメイトに「仕事はどう?」なんて聞かないでしょ。むしろ、毎日聞くでしょ。お互いに「仕事はどうだ」という話ばっかでしょ。

 どっちかだったらスルーできるんですよ。一緒に暮らしてるのは変だなと思うけど、一緒に暮らしてきただけのリアリティがあったらスルーできるのに、「仕事はどう?」なんて同居してたらこのタイミングで絶対に出てこないような質問が出てくるから、引っかかってしまう。この2人の関係性がよくわからなくなってしまう。関係性がよくわからなくなるから、健ちゃんに赤紙が来て戦地に向かう朝のハグに感情が乗らないんです。今生の別れになるかもしれない、という意味はわかるけど、ちっとも切なくならない。

「俺、なんで製薬会社に入ったのか、わかんなくなっちゃってさ」

 俺もだ、俺もだよ嵩、なんで君は製薬会社に入ったのだ。「働いておじさんに恩返しできると思ったんだけど」って言い草はわかるけど、なんで製薬会社というチョイスだったのか全然知らないんだよこっちは。勝手に製薬会社に入っておいて「なんで製薬会社に」って言われても、共感できるわけないんだよ。

 あとのぶちゃんが結婚して1年たってるわけだけど、そのことについてはどう思ってるわけ? 学生時代ずうーっと「のぶちゃんのぶちゃん」ってウジウジしてたのに、今どう思ってるか説明しないのはどういうわけなの?

 ママ(松嶋菜々子)は? 銀座のパン屋の前で衝撃の再会を果たしたママとはあのあとどうなったの? その再会はあなたにどんな感情の変化をもたらしたの?

 マンガは? もうマンガは描いてないの?

 NHK朝の連続テレビ小説『あんぱん』では、のぶ、ママ、マンガ、その3つが嵩という人の人生を彩る要素として描かれてきたわけですが、3つともが宙ぶらりんになっている。もう、どういう人なのか全然わからない。この人がこれから戦争に行って、帰ってきてのぶと結婚して、『アンパンマン』を描くんだよな。そういう人に見えないんですよ。

 今週、嵩が出征するということは、嵩にとっての「戦前」はあと1日か2日で終わりということです。何も蓄積されている感じがしないんだよな。戦前、どのような人だったかが全然語られていない。大丈夫なのか、たぶんダメなんだろうな。

 第47回、振り返りましょう。

ルールが変わったのか

 うーん、なんというか、ドラマを作る上でのルールというのがあって、のぶ(今田美桜)は次郎(中島歩)の航海中は実家で暮らすと言ったなら、その縛りの中で物語を作らなくちゃいけないし、その約束を反故にするならちゃんと理由と段取りをつけて高知に戻さなきゃいけないと思うんですよ。

 ヤム(阿部サダヲ)が御免与の朝田の家からいなくなる場面に、のぶを立ち会わせたい。高知の家で次郎の帰宅を出迎えたい。

 その2つのシーンが撮りたいけれど、のぶは1人しか存在できないので移動させなきゃいけない。それをどうにかこうにか辻褄を合わせて不自然にならないようにお話を作るのが脚本家の仕事だと思うんだけど、そのドラマのルールを勝手に変えてる感じがするんだよな。今回ののぶの「航海中は実家」「うそです」の流れはミスではなく、意図的にルールを踏み抜いている感じがするんです。細かいことはどうでもいいだろって、ちゃんと物語を追って理解しようとして見ている視聴者が蔑ろにされている感じ。雑に作ってるんじゃなく、丁寧に私たちを裏切っている。

 のぶと次郎が暗室で写真を並べて「戦争が終わったら」の話をしているシーンも、単体で見れば悪くないんです。心が通じている感じがするし、次郎という人の内面の豊かさも伝わってくる。

 でも、ここでも意図的にのぶの感情がスポイルされている。戦争が激化して、真珠湾攻撃が始まったというのに「次郎に赤紙が届いたら」という不安が描かれない。逡巡していたはずの愛国教育について唯一本音を打ち明けられる人物であるはずの次郎に対して、仕事の悩みを相談することもない。

 なんかこの2人を見てるとね、変な例えですけど、例えば東京ドームに誰かと一緒にプロ野球を見に行ったとするじゃないですか、そんでこっちは目の前で起こったゲッツーやホームランの話をしたいのに、相手がずっと「試合終わったらダーツ行こう」とか「水道橋の天一でラーメン食おう」とか言ってる。そんな感じなんです。今それじゃなくない? と思うんだよ。今起こってる戦争についてどう考えてるか、その話を聞かせてほしいんですよ。

 なぜなら、のぶはすでにこの戦争の当事者だからですよ。兵隊を育ててるんですよ。のん気に「終わったら」なんて言える立場じゃないんです。その切実さ、当事者性において、『あんぱん』はまったく真剣に戦争を描こうとしてないと思いますよ。

(文=どらまっ子AKIちゃん)

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どらまっ子AKIちゃん

どらまっ子。1977年3月生、埼玉県出身。

幼少期に姉が見ていた大映ドラマ『不良少女と呼ばれて』の集団リンチシーンに衝撃を受け、以降『スケバン刑事』シリーズや『スクール・ウォーズ』、映画『ビー・バップ・ハイスクール』などで実生活とはかけ離れた暴力にさらされながらドラマの魅力を知る。
その後、『やっぱり猫が好き』をきっかけに日常系コメディというジャンルと出会い、東京サンシャインボーイズと三谷幸喜に傾倒。
『きらきらひかる』で同僚に焼き殺されたと思われていた焼死体が、わきの下に「ジコ(事故)」の文字を刃物で切り付けていたシーンを見てミステリーに興味を抱き、映画『洗濯機は俺にまかせろ』で小林薫がギョウザに酢だけをつけて食べているシーンに魅了されて単館系やサブカル系に守備範囲を広げる。
以降、雑食的にさまざまな映像作品を楽しみながら、「一般視聴者の立場から素直に感想を言う」をモットーに執筆活動中。
好きな『古畑』は部屋のドアを閉めなかった沢口靖子の回。

X:@dorama_child

どらまっ子AKIちゃん
最終更新:2025/06/03 14:00