CYZO ONLINE > 芸能の記事一覧 > 『あんぱん』薄情すぎてイヤになる

『あんぱん』第74回 どいつもこいつも薄情すぎてイヤになっちゃうよ、もう

今田美桜(写真:サイゾー)
今田美桜(写真:サイゾー)

 なんか最初っから変なセリフばっかりだったにゃあ、もう冒頭のメイコちゃん(原菜乃華)による「嵩さんのマンガ、なんべん読んでもおもしろい」からして、ちょっとこいつ大丈夫かよと思っちゃうんだよな。

『あんぱん』覚えている情報が全部ノイズになる

「月刊くじら」に掲載された嵩(北村匠海)のマンガは2本。1本は女性の高跳び選手をそそのかして垣を飛び越えさせたら、その先が池になっていて「あちゃー」というもの。もう1本は女性が念入りに化粧をして街に出たら「闇の女(売春婦)じゃないか」と陰口を叩かれ、家に帰って化粧を落とすという内容です。

 このマンガをなんべんも読み直して、読むたびに笑っているって、率直に言って悪趣味ですよ。しかもメイコは、この女性を姉であるのぶ(今田美桜)に重ねている。姉が誰かにそそのかされて池に落ちたら楽しいだろうな、姉は念入りに化粧をしたら「闇の女」みたいになっちゃっておもしろいだろうな、と感じているということです。なんべんも、なんべんも。

 闇の女、お姉ちゃん、ウフフフフ、闇の女、お姉ちゃん、ウフフフフ、闇の女、お姉ちゃん、ウフフフフ、闇の女、お姉ちゃん、ウフフフフ。ここ最近のメイコはそんな感じだということです。ヤベーだろこれ。

 その一方で壊れたハンドバッグを修理しているのぶさん。質屋で番頭を振り払ったときに壊れたのだと思われますが、ずいぶん強く叩いてたんですね。バッグが壊れるってそうとう力を込めてたことになりますよ。明らかに過剰防衛だし、軽いバッグを振り回したってそう簡単に壊れることはありませんから、バッグの中に鉄板でも仕込んでいたのかもしれません。

「うち、またやってしもうたがよ」

 私たちの知る限り、のぶが武器を手に他人を殴打したのは岩男の件以来20年ぶり2回目なんですが、ドラマというのは行間を読むものですからね。のぶ自身が「またやってしもうた」と言うからには、劇中に描かれなかったところで頻繁にバッグが壊れるほどの暴力を振るっていたことになる。しかも、感情に任せて反射的かつ無意識にそうした激しい暴力が発動してしまう人だということです。ヤベーだろこれ。

「明日から東京出張やろ、せっかくやき、次郎さんと一緒に行きたいなぁと思って」

 東京、東京ですよメイコさん。あなた東京に行きたくて家出してきたんだよね。「ええねえ」じゃないんだよ。「私も行きたい、私も連れていけ」なんですよ。「食堂で働いて貯めたお金が少しある」「1人じゃ不安だけどお姉ちゃんたちと一緒なら」なんですよ。そのタイミングで「のど自慢」の予選があるかどうかが問題じゃないんです。そもそもこの人は予選の日程なんかろくに調べないで家を飛び出して一度は東京行きの汽車に乗っている。それくらい抑え難い衝動を抱えていたはずなのに、目の前の姉が東京に行くその前夜に、「ええねえ」なんて受け流す話題じゃないんです。こうしてまた登場人物の強い思い、コアの部分が蔑ろにされ、キャラクターが崩壊していく。NHK朝の連続テレビ小説『あんぱん』で繰り返し披露されてきた、このドラマの明確な欠点です。

「今日からまた練習や」

 今日まで練習してなかったんやね。このとき、のぶはカメラを「次郎さん」と呼んでいます。形見のカメラは次郎さんそのものである。だとするなら、今日までカメラの練習していないということは、ずっとその「次郎さん」に無関心であったということです。肌身離さず、いつもカメラを首から提げて歩いていたなら次郎さんへの未練にも共感できるところですが、いみじくも「ずっと次郎さんを放置していました」と告白してしまっているのです。なんと薄情な。

「お姉ちゃん、うち、好きな人がおるがやけど」

 歌への情熱を失ったメイコさん、どうやら色恋に夢中なようですね。そら年頃の女の子ですから、そういうこともあるかもしれない。いいじゃない、美人姉妹のガールズトークには、これはこれで相応しい話題です。

「えー、誰なん? うちも知ってる人?」とか聞けよ、のぶ。妹に関心を寄せろ。初恋だぞ。どこまで薄情なんだよ、今すぐお相手を聞き出して作戦会議をしろ。それが家族愛というものだ。

「幸せになるかどうかより、あの人とだったら不幸になってもえい。それが本当に好きやということやないろうか」

 ああー、わかる! のぶってそういうメンタルがヘラった恋愛をする女の子だったよね! 次郎さんと、あのときあんな感じでアレしてたのは、そういう思いだったんだね! キュン!

 ……とは、ならない。なんも知らん。

 第73回、振り返りましょう。

闇市のリアル

『あんぱん』においては登場人物が空襲の焼け跡に足を踏み入れることもありませんし、のぶ家も高知新報社もピッカピカですし、闇市が唯一、戦後の空気感を表現できる場所であるわけです。この闇市、屋台も含めてですが、一切危険な匂いがしないんですよね。白いブラウスを着た若い女が視線を彷徨わせながら歩いていても、全然心配にならない。

 たまに孤児とか出てくるけど、お芋さんボーイはお芋を返却に来るし、飢えた大人はひとりもいない。誰も、死に瀕して生きるために誰かから何かを奪おうとしない。戦後の苦難、不幸が無力化されているということです。無力化された不幸は、不幸でないこととほとんど同じです。だから、ここが戦後の風景を再現したテーマパークのフードコートにしか見えなくなっている。

 そういう描写の甘さには作り手側も気付いていたのでしょう。今日はコンタが駆けてきて「元締めがショバ代取りに来る!」と言ってリサイクルコーナーを片付け始めます。「やっぱり闇市って危ない場所ですよ」と言いたかったのかもしれないけど、これも逆効果になってるよね。もう何カ月も、この人たちはショバ代を払わずにブースを占拠して商売をしていたことになる。健ちゃん(高橋文哉)が「また来たか」と言っているということは、何度も健ちゃんたちの無認可占拠が見逃されてきたということです。いやいや、殺されるよ。

 あとなんで健ちゃんとコンタの服装はこんなに違うわけ? 2人とも一文無しでこの街にやってきて、今は2人で商売をしてるんだよね。このサスペンダーの男、コンタがアホなのをいいことに売り上げの分け前を誤魔化してませんかね。

 闇市の元締めを手玉に取って、ビジネスパートナーをだまくらかしていいように使って、飲み会にも呼ばないで、健ちゃんなかなかのやり手だね。大物になる予感がするよ。メイコ、その男からは離れたほうがいい。そいつはそいつで薄情だから、どっかに売られちゃうぞ。

銀座、それは夢の街だった

 くじら編集部の会議についてはもうなんの意味もないのでどうでもいいとして、メイコの「お姉ちゃん、ついに子どもの頃の夢が叶うがやね」というセリフにはまた驚かされましたね。夢だったのか、東京行き。

 ここで回想がインサートされて、ああそういやヤム(阿部サダヲ)に銀座の話をされて、そんなこと言ってましたなと思い出したわけですが、ああそうか、銀座が夢の街だからヤムが過去に銀座で働いていたかどうかにあんなに固執してたんだ。点と点が線でつながりました。つながったからといって、どうということはないですよ。納得なんかしねーし、伏線回収に感心することもない。無理筋だという印象は何も変わりません。

『あんぱん』という作品では、その後も銀座という街をさまざまなエピソードで利用してきているので、イメージが上書きされているんです。極めつけは嵩がカフェから電話してきたときの、のぶによる電話口の痛罵ですよね。あの時点で、のぶ自身もその「子どもの頃の夢」である銀座を嫌悪の対象として上書きしているよね。だから私たちは忘れてるんですよ、のぶが結太郎(加瀬亮)に「銀座に行くのが夢だ」と語っていたことを忘れているんです。忘れさせられているんです。忘れさせといて、何言ってんの。

 あの痛罵をチャラにするということは、のぶが愛国主義に傾倒していたことも、それを後悔していることも、全部チャラにするということですからね。「あのへん全部、意味なかったです!」というメッセージですからね。そう受け取りますよ、いいんですか。

 いいんだろうな、別に。もうどうでもいいんだろう。嵩はずっとのぶちゃんが好きだったんだって。へいへい、そんな感じで明日から見ていけばいいのね。わかりました!

(文=どらまっ子AKIちゃん)

どらまっ子AKIちゃん朝ドラ『あんぱん』全話レビュー

『おむすび』最終回もダメダメ

どらまっ子AKIちゃん

どらまっ子。1977年3月生、埼玉県出身。

幼少期に姉が見ていた大映ドラマ『不良少女と呼ばれて』の集団リンチシーンに衝撃を受け、以降『スケバン刑事』シリーズや『スクール・ウォーズ』、映画『ビー・バップ・ハイスクール』などで実生活とはかけ離れた暴力にさらされながらドラマの魅力を知る。
その後、『やっぱり猫が好き』をきっかけに日常系コメディというジャンルと出会い、東京サンシャインボーイズと三谷幸喜に傾倒。
『きらきらひかる』で同僚に焼き殺されたと思われていた焼死体が、わきの下に「ジコ(事故)」の文字を刃物で切り付けていたシーンを見てミステリーに興味を抱き、映画『洗濯機は俺にまかせろ』で小林薫がギョウザに酢だけをつけて食べているシーンに魅了されて単館系やサブカル系に守備範囲を広げる。
以降、雑食的にさまざまな映像作品を楽しみながら、「一般視聴者の立場から素直に感想を言う」をモットーに執筆活動中。
好きな『古畑』は部屋のドアを閉めなかった沢口靖子の回。

X:@dorama_child

どらまっ子AKIちゃん
最終更新:2025/07/10 14:00