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食の保守化進む米国 昔ながらの動物性脂肪を奨励 根拠乏しい種子油たたき

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イメージ画像(写真:Getty Imagesより)

 トランプ大統領のもとで「保守化」が加速する米国だが、食の現場でもその影響が色濃くなってきた。揚げ物に使用する油を植物性のものではなく、古くから米国内で使われてきた動物性のものを使うことを政府が推奨し、外食産業などが動物性油に切り替え始めた。「種子油が体に害を及ぼす」という根拠が乏しい説がソーシャルメディアで拡散し、動物性油の消費が増加している。

トランプ政権のメディア攻撃が先鋭化 「包囲」された報道の自由

キャップに刺しゅうされたキャッチフレーズは「揚げ油を再び獣脂に」

 トランプ政権による「Make America Great Again(米国を再び偉大に)」のキャッチフレーズは国際的にも知れ渡っているが、保健行政では「Make America Healthy Again(MAHA=米国を再び健康に)」というスローガンを掲げられている。
音頭を取っているのはワクチンに懐疑的なロバート・ケネディ・ジュニア厚生長官で、国民の健康増進を目指して全米行脚キャンペーンを続けている。そのMAHAキャンペーンのホームページでは、さらに別のキャッチフレーズが刺しゅうされたキャップが販売されている。「Make Frying Oil Tallow Again」で、日本語に訳すと「揚げ油を再び獣脂に」となる。

 米国では牛脂や豚のラード、バターなどの動物性油が20世紀初頭まで、主要な調理用油として家庭や飲食店で使用されていた。ところが20世紀中頃以降、動物性油の摂取が心臓疾患などの原因となるという研究結果が広く知れ渡るようになり、それまで石けんや機械燃料、ろうそくなど主に工業用に使われてきた種子油などの植物油が、健康リスクを減らす食品油として使われるようになった。

 「揚げ油を再び獣脂に」のキャッチフレーズは、20世紀初頭の米国のように、動物性油で揚げ物を作ろうという呼びかけである。

 ケネディ厚生長官は獣脂を推奨するために、種子油の摂取が体に悪いという理屈を繰り返し述べている。「種子油は加工食品である。加工食品は慢性疾患を引き起こしている」という主張だ。ソーシャルメディアで米国内に拡散し、多くの米国民が科学的根拠を確認することなく、信じ込み始めている。

 トランプ大統領が政敵や反対派を、真偽不明な話を並べてソーシャルメディアで強く攻撃する手法と同じである。

外食産業、食品会社も切り替え 「消費者の懸念」理由に

 米中西部を中心に店舗を展開する1934年創業のファストフードチェーン「ステーキ・アンド・シェイク」は1月、フライドチキンやポテトフライ、オニオンリングを揚げる油を、これまでの種子油から牛脂に切り替えることを発表した。3月から実施している。

 「ステーキ・アンド・シェイク」は切り替えた理由のひとつに「消費者の種子油に対する懸念」をあげている。

 全米でトルティーヤ・チップスを製造・販売する「Masa Chips」も種子油の使用を止め、「種子油不使用」とパッケージに大きく明示している。

 ケネディ厚生長官は3月10日、フロリダ州の「ステーキ・アンド・シェイク」の店内で保守系メディアFox Newsのインタビューに応じ、「消費者は牛脂に切り替えたことを絶賛している」と話し、「種子油が慢性疾患の主犯である」と持論を展開した。

 ケネディ厚生長官や保守派がやり玉にあげているのはキャノーラ油、トウモロコシ油、綿実油、ブドウ種子油、大豆油、ひまわり油、紅花油、米ぬか油の8種類だ。

 種子油は通常、種子を圧搾または粉砕して製造する。加熱処理を施すことで、濁りや不快な臭いを除去し、くせのない、安価で長期保存が可能なものとなる。高温加熱しても煙がほとんど出ないことが特徴だ。

 種子油は主に不飽和脂肪酸で構成され、飽和脂肪酸で構成される牛脂やラード、バターよりも肥満や心臓病など慢性疾患を引き起こすリスクが低いとされている。
ところがケネディ厚生長官や保守派は、種子油は生産過程でヘキサンと呼ばれる化学物質が副産物として残り、これが体内に入り慢性疾患の原因となると主張している。

専門家、保守派の主張を否定 SNS主導の動きに困惑

 これに対しマサチューセッツ大学アマースト校の食品科学の専門家であるエリック・デッカー教授は「ヘキサンは製造過程で蒸発除去されるため健康へのリスクをもたらすものではない」と否定している。

 さらに「牛脂などの動物性油が種子油より健康的であることを示す証拠はない」と話し、保守派の主張に反論している。

 また、保守派の主張でもうひとつよく言われているものに「種子油にはオメガ6脂肪酸が多く含まれており、これが体内の炎症を悪化させ慢性疾患のリスクを高める」という主張がある。これに対し30年間、脂肪酸を研究してきたオハイオ州立大学のマーサ・ベルリー教授は「最も一般的なオメガ6脂肪酸であるリノール酸の摂取量を増加させても血中の炎症濃度に影響がないことは、研究結果として示されている」と一蹴し、「種子油が有害だという説がどこから来ているのか、さっぱりわからない」とAP通信のインタビューで話している。

 そんな中、医学誌「JAMAインターナルメディシン」は3月6日、バターを植物油に置き換えるだけで死亡リスクが減らせる可能性があるとの研究結果を掲載した。
ハーバード大学医学部のブリガム・アンド・ウィメンズ病院が33年にわたって22万人以上の成人を対象とした研究で、バターの摂取量が多かった人は、少なかった人よりも死亡リスクが15%高かったことが判明した。種子油を含む植物油をより多く摂取していた人は死亡リスクが16%低かったという。

 それでも米国では「脱種子油」の動きが広がり、牛脂の消費の増加で牛脂生産が追いつかない状況に陥っている。穀物メジャーのカーギルの技術責任者であるフロリアン・シャッテマン氏は、ウォール・ストリート・ジャーナルの取材に「科学主導というより、ソーシャルメディア主導での動きだ」と分析し、市場の混乱を警戒している。

(文=言問通)

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言問通

フリージャーナリスト。大手新聞社を経て独立。長年の米国駐在経験を活かして、米国や中南米を中心に国内外の政治、経済、社会ネタを幅広く執筆。

最終更新:2025/04/24 09:00