シリーズ最高更新、なぜ日本人は『スパイダーマン』が好き過ぎるのか アメコミ解説者が語る「3つのポイント」

7月31日に公開された映画『スパイダーマン:ブランド・ニュー・デイ』(以下、BND)が、公開3週目で興行収入42億円を突破した。国内興収42.5億円を記録した前作『ノー・ウェイ・ホーム』(日本公開2022年1月、以下NWH)超えは確定路線だ。すでに世界興収は約20億2254万ドルと、前作・NWHの19億2142万ドルを抜き去っている。
昨今、世界と日本では“人気作”の成績に温度差が表れがちだっただけに、日本での「スパイダーマン」人気は異色にも映る。
日本で際立つ、『スパイダーマン』人気の異様さ
公開当日、午前0時からスタートする「世界最速上映回」のチケットは〈秒〉で売り切れた話題作。公開3日間の数字は動員97万3000人、興収15億5900万円で、初登場1位を果たした。が――近年の日本において、アメコミ映画がここまで注目を集めるのは珍しい。
昨年公開されたMCU映画『ファンタスティック4:ファースト・ステップ』は、オープニング興収が3億5000万円で着地。「マーベル・コミックス」に並ぶ大手アメコミレーベル「DCコミックス」の『スーパーマン』(2025)も3億7000万円ほどの成績だった。
MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)のヒーローが“全員集合(アッセンブル)”したシリーズ最大級のイベント映画で、のちに世界歴代成績1位(当時)となった『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019)でさえ、日本での公開3日間の興収は14億6750万円。本作はそれを上回るスタートを切ったのだから、いかに尋常ではないかがうかがえる。
なぜ、日本人は「スパイダーマン」が好きなのか。元お笑い芸人でアメコミ解説者の柳生玄十郎さんは、その理由に3つのポイントを挙げる。
最新作が「異例」のロケットスタートとなった背景は
言わずもがな、スパイダーマン人気は世界的なものだ。
初の本格的な長編劇場映画シリーズが2002年に始動すると、2007年までに3作が公開。シリーズ合計の世界興収は合計24億ドルを突破した。その後、ピーター・パーカー役をトビー・マグワイアからアンドリュー・ガーフィールドに交代した『アメイジング・スパイダーマン』シリーズが2012年、2014年と計2作公開され、全世界興収は合計約14億7566万ドルに上っている。
そして2016年、ピーター役を新たにトム・ホランドが演じ、スパイダーマンはMCUに合流。翌2017年の『ホームカミング』(2017)から始まったトム版の単独シリーズは、今回のBNDで4作目だ。前作NWHは歴代ピーター役の3人が大集合する“お祭り作品”で、全世界興収はスパイダーマン映画で最高の19億1098万ドルを記録した。
ただし、このNWHは必ずしもハッピーエンドではなかった――どちらかといえば苦い終わり方だった。そのため、当時賛否は分かれたものだが、BNDが異例のロケットスタートを切った背景には、それが布石となった。
「NWHで、仲間たちの記憶からピーターの存在が完全に消えるという悲劇的な結末を迎えたからこそ、反動のようにファンは『あの続き』が気になりました。大きな余白が残されていた分、“その先”を見たいという欲望が盛り上がりにつながったんじゃないかなと」(柳生さん、以下同)

興行収入で見る、日本でのスパイダーマン人気
BNDは公開前から世界中で熱狂を生んでいた。今年3月18日(日本時間)にYouTubeで全世界同時リリースされた予告編は、たった4日で再生数累計は驚異の10億回超え。映画自体も、公開3週間で全世界興収20億ドル(約3180億円)に達し、早くも全世界興収ランキングで8位にランクインしている(ちなみに1位は『アバター』29.2億ドル)。
ただ、日本において特徴的なのは、MCUシリーズのなかでもスパイダーマン“だけ”が人気であるという点だ。
現在までに38作公開されている同シリーズの日本興収を見てみると、ヒーローの単独作で唯一「スパイダーマン」が全作トップ10入り。トム・ホランド演じるスパイダーマンがMCUに初登場した『シビル・ウォー/キャプテンアメリカ』も9位にランクインしている。
一方、北米の興収ランキングでは、「ブラックパンサー」や「デッドプール&ウルヴァリン」、「キャプテン・マーベル」など、さまざまなヒーローの単独作が顔を揃える。
【日本でのMCU 興行収入TOP10】
※8月24日現在。
★『スパイダーマン』シリーズ
1.『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019) 61.3億円
2.『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』(2022) 42.5億円★
3.『スパイダーマン:ブランド・ニュー・デイ』(2026) 42億円★
4.『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』(2018) 37.4億円
5.『アベンジャーズ』(2012) 36.1億円
6.『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』(2015) 32.1億円
7.『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』(2019) 30.6億円★
8.『スパイダーマン:ホームカミング』(2017) 28億円★
9.『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』(2016) 26.3億円
10.『アイアンマン3』(2013) 25.7億円
【北米でのMCU 興行収入TOP10】
1.『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019)8.58億ドル
2.『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』(全米公開2021年12月) 8.04億ドル★
3.『スパイダーマン:ブランド・ニュー・デイ』(2026) 7.85億ドル★
4.『ブラックパンサー』(2018) 7億ドル
5.『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』(2018) 6.78億ドル
6.『デッドプール&ウルヴァリン』(2024) 6.36億ドル
7.『アベンジャーズ』(2012) 6.23 億ドル
8.『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』(2015) 4.59億ドル
9.『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』(2022) 4.53億ドル
10.『キャプテン・マーベル』(2019) 4.26億ドル
[圏外]
※『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』(2019) 3.9億ドル★
※『スパイダーマン:ホームカミング』(2017) 3.34億ドル★

人気ポイント①主人公・ピーターの「陰キャっぽさ」が刺さる
さて本題。日本人はなぜ、これほどスパイダーマンが好きなのか。柳生さんはその理由として、ズバリ主人公・ピーターが「陰キャの少年」であることを挙げる。
「ピーターは初登場時、何の力もない科学オタクの15歳。それが、放射能実験を受けたクモに噛まれたことで偶然、超人的なパワーを手に入れます。この幕開けは、どんな人にも『もしかしたら、自分にもそういう運命が訪れるかもしれない』と思わせてくれる。
他のアメコミヒーローは、最初から“持っている側”の設定が多いんですよね。スーパーマンは宇宙から来た無敵の異星人で、バットマンは街一番の大企業の御曹司。それに対しスパイダーマンは、スクールカーストで最下層にいるような日の当たらない人間…なんだけど、何か一つきっかけがあれば人を守れる存在になれるという光なんです。“何者でもない”層の人が共感できる」
人気ポイント②「顔・正体が隠れている」というシークレットアイデンティティ
さらに、マスクを被って素顔や正体を隠す点が、日本に古くから根付く「ヒーロー像」に近いと柳生さんは指摘する。どういうことか。
「仮面ライダーにしろ、ウルトラマンにしろ、日本のヒーローって基本的に顔を隠していて、正体が誰か分からない。日本初のテレビヒーローと呼ばれる『月光仮面』(1958〜1959、TBS系)が、白いターバンと覆面の上にサングラスで顔を覆うビジュアルだったのが象徴的です。DNAレベルで日本人が大好きな、『一般人でもマスクを被るだけでヒーローになれる』という変身願望に突き刺さるんですよね。普段は真の顔や正体を隠している、というシークレットアイデンティティに対する憧れが心をくすぐるのでしょう」
対照的なのが、素顔のまま戦うヒーローたちだ。宇宙飛行中に未知の宇宙放射線を浴びた4人の若者が特殊能力を得る、というオリジン(ヒーロー誕生の由来)を持つ『ファンタスティック・フォー』は全員素顔が丸出し。アメリカでは根強い人気を誇るが、日本での人気には大きな開きがある。
日本興収をみると、2005年公開の『ファンタスティック・フォー 超能力ユニット』は約10億円、続編『ファンタスティック・フォー:銀河の危機』(2007)は約9億円。一方で、ほぼ同時期に制作されたサム・ライミ版スパイダーマンは、『1』(2002)が約75億円、『2』(2004)が約67億円、『3』(2007)が約71億円だった。柳生さんは「素顔を出しているヒーローは、日本では人気ないんですよ……」と残念がる。
人気ポイント③隣人感、庇護欲を感じるところも「日本人向き」
日常と地続きで、自分のすぐそばにいるような“距離感の近さ”も、スパイダーマンが愛され続ける理由の一つだ。
「普段は叔母のもとで生活していて学校に通い、ピザ配達のバイトもする。生活感があるのは親しみやすい要素ですよね。また、扱う事件も国家を揺るがす大事件というより、ニューヨークの街なか、市民のすぐ隣で起きるものが多い。まさに『親愛なる隣人』というキャッチコピーの通り。他のヒーローよりも“近くにいてくれる”感覚が強いんです」
しかも、スパイダーマンは弱冠15歳の少年だ。
「社会的には、15歳なんて何の力も持っていないわけですよ。さらに物語の仲では、悲しい運命も背負わされる。だからこそ庇護欲というか、頑張れ、と応援にも似た気持ちが湧いてきて、日本人の判官びいき気質にもピッタリ。もともと日本には、改造人間として生きることになった仮面ライダーや、宇宙人との遭遇で命を落とした人間と一体化したウルトラマンなど、どこか悲しみや負い目を抱えたヒーローがたくさんいて、日本人はそうした悲痛な運命に弱いんですよね」
ただし柳生さんによれば、ことアメコミでは、こうした「ダメで弱い部分が愛されるヒーロー像」は珍しいという。

スーパーマンやバットマンなどを生んだ「DCコミックス」には、「空を見ろ、そこにヒーローがいる」という決まり文句がある。つまり、ヒーローは救いの手を差し伸べる存在として描かれる。他方スパイダーマンやアイアンマンなどの「マーベル・コミックス」は、「窓の外を見ろ、そこにヒーローがいる」が合言葉。「市民と同じ目線の高さにヒーローがいる」という、距離感の近さがうたわれる。
そして、マーベルヒーローの中でも、日本と「スパイダーマン」には長い縁がある。1978年、数々の特撮ヒーロー番組を手掛ける東映が、スパイダーマンを題材にした実写特撮ドラマ(全41話)を制作。同作の多くの要素は、後年の「スーパー戦隊シリーズ」に引き継がれたとされている。日本人が抱く“ヒーロー像”の源流には、スパイダーマンのイメージが少なからずあるのではないか。
今後、ファンが見たいのは?
さて、前作の勢いそのままに成績を伸ばし、大きな記録を打ち立てつつある『BND』だが、柳生さんは本編をどう見たのか。(以下、本編のネタバレを含みます)。
「僕は原作ファンとしての目線が強いので、正直、MCU版の3作は“スパイダーマンの映画っぽくない”と思っていたんですよね。さまざまな作品からヒーローが登場するMCUの性質上仕方ないのかもしれませんが、他のキャラクターの力を借りすぎだろと(笑)。NWHもドクター・ストレンジの魔法で全て片付けているようなオチでしたし。
だから前作のラストでピーターが“孤独”になって、やっと『本来のスパイダーマンが戻ってきたな』と。そして今回の予告では原作でもB級クラスのヴィランが顔見せしていて、めちゃくちゃ期待しました。ただ、蓋を開けたらメインヴィランは別作品のキャラだったので、少し肩透かしでしたが(笑)」
そんな柳生さんが大喜びしたのは、ピーターの“ダメっぷり”。
「(物語の終盤くらいで)ヒロイン・MJに対して、自分勝手な告白をするピーターはもう最高でした。そんなん無理に決まってるやろ、という(笑)。僕が思うピーターのピーターらしさは、『いかに見ている人をイライラさせるか』。だからスパイダーマン映画としては物足りないけど、ピーター・パーカーの映画としては300点!」
ところで、当初15歳だったピーターも少しずつ成長している。大人になってゆくことに、ファン離れの懸念はないのか。
「僕はむしろ、いつまで高校生やっとんねん派だったので、早くデイリー・ビューグル(原作におけるピーターの勤務先)でカメラマンとして働くピーターを見たい。社会人として責任を持ちながら、どうやって自分がスパイダーマンだと隠して生きるのか。ティーンエイジャーのヒーローという役割は、もう他のヒーローにバトンタッチしていい。今後は、大人になったピーターだからこそ描ける物語を見せてほしいですね」
少しずつ、少しずつ成長する“親愛なる隣人”とともに、ファンは生きているのだ。
(取材・文=町田シブヤ)

『スパイダーマン:ブランド・ニュー・デイ』
大ヒット公開中
監督:デスティン・ダニエル・クレットン
製作総指揮:ルイス・デスポジート、デビッド・ケイン
出演:トム・ホランド、ゼンデイヤ、ジェイコブ・バタロン、ジョン・バーンサル ほか
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
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