【追悼】張本勲は打者の「何」を見ていたのか? 3085安打が支えた観察眼と“結果を残す”野球哲学

張本勲の現役生活を振り返るとき、まず押さえておきたいのは打撃能力の幅広さだ。NPB通算3085安打、打率.319に加え、504本塁打、319盗塁を記録。通算1万1122打席で四球は1274、三振は815だった。安打を重ねながら長打を放ち、四球でも出塁する。複数の方法で攻撃に貢献できる打者だった。
もちろん、投手の球速や球種、起用法が異なる時代の数字を、現在と単純に比較することはできない。それでも、この成績が示す打撃の多面性は見逃せない。強く振る能力と、ボールを捉える精度。その両方を高い水準で成立させたことが、長い現役生活を支えたと考えられる。
その経験を踏まえると、張本が選手の小さな動きに注文をつけた理由も理解しやすい。どれだけ力があっても、タイミングや球との距離がずれれば、打撃は成立しない。一打席では小さな差でも、シーズンを通じて繰り返されれば大きな差になる。張本の解説は、打者の能力が結果につながる接点を探るものだった。
大谷翔平の打撃に見ていた「間」
象徴的なのが、2021年9月19日の『サンデーモーニング』(TBS系)で語った、大谷翔平の打撃への指摘である。張本は、本塁打が出なくなっていた大谷について、右足を出すタイミングにばらつきがあると説明した。早く出し過ぎると体重が投手方向へ移り、変化球への空振りにつながる。一方、好調時には右足を先に出しても、その後に球を待つ余裕があったという。
この説明から読み取れるのは、足の動きと、実際に打ちにいく動きをどうつなぐかという問題だ。打つ準備を早く始めても、その勢いで体まで前へ出れば、相手の緩急に対応しにくくなる。準備を進めながら、球に合わせる余地を残せるか。張本が着目した「間」は、その調整を可能にする時間として捉えられる。
ここには、打撃を一連の判断として見る面白さがある。投球を待つ間にも打者の体は動いている。その動きが球の見極めを助けているのか、それとも早い段階でスイングを決めさせているのか。張本の指摘は、見ることと動くことの関係へ、観戦する側の目を向けさせる。
大谷のような打者であっても、持ち前のパワーを使うためには、球を捉える条件を整える必要がある。飛距離に驚いたあとで、踏み込みからスイングまでを見直す。張本の解説には、そうした技術を観察する入り口があった。
坂本勇人への指摘に表れた動作の視点
坂本勇人に対する解説でも、張本は足の使い方を細かく見ていた。2019年7月の「週刊ベースボールONLINE」のコラムでは、約2年前に坂本へ足の上げ方を直接指導したと記している。上げた足をホームベースをまたぐように動かす点を課題とし、動作を小さくする余地があると考えていた。同時に、好調時には踏み込みの歩幅が広がり過ぎず、力強く振れていたとも評価している。
注目したいのは、ひとつのフォームの中から、課題と強みをそれぞれ取り出していることだ。足の上げ方には改善を求めながら、着地までの歩幅には好調を支える要素を見いだしていた。打撃フォームをいくつかの動作に分け、その組み合わせから状態を説明しようとしていたのである。
この視点は、不振を考える際にも役立つ。同じ空振りであっても、準備が遅れたのか、体が早く前へ出たのかでは、修正する箇所が変わる。結果だけを見てフォーム全体を変えれば、機能している動きまで失う可能性もある。どこが崩れ、どこは保たれているのか。張本の観察には、その切り分けにつながる具体性があった。
また、坂本が2000本安打を達成した際に、張本は「いやいや坂本にしたら遅いですよ。今、打高投低ですから、もうとっくにやってもらわないといけない。これからもっとヒット打つには、自己管理と努力です。それしかありません」とコメントしている。これは、坂本に対する期待の意味も込めたコメントだろう。
練習への厳しさの底にあった翌年への不安
張本の野球観を理解するうえでは、練習を求める言葉の背景にも目を向けたい。2022年2月の前出のサイトのコラムで、張本はキャンプを迎える心境について、期待以上に不安が大きかったと振り返っている。前年に首位打者を獲得していても、次の年に同じように活躍できる保証はない。その不安を少しでも和らげるために、練習へ打ち込んだという。
ここから浮かぶのは、実績を積んでも安心しきれない打者の姿だ。昨日の感覚が今日も戻ってくるとは限らない。相手は攻め方を変え、自分の体も変化する。技術を維持するためにも、日々の確認と修正が必要になる。張本の厳しさには、成功を続ける条件の不確かさを、身をもって知る選手の感覚があったと考えられる。
休むことについても、張本は自身の経験から語っている。同年11月の前出のサイトのコラムでは、主力選手には秋に体を休めてほしいと述べた。自分もシーズン終了後には心身ともに消耗し、軽い食事しか取れない時期があったという。年間を戦い抜く負担を知っていたからこその言葉だろう。
これらの考え方を現在に引き継ぐなら、練習の目的を明確にすることが大切だろう。何を身につけ、どの動作を安定させ、どの課題を解消するのか。練習量に加え、回復や個人差も含めて、次の試合で能力を発揮できる準備を考える。張本が抱えていた不安は、時代が変わっても、長く活躍しようとする選手に通じるものだ。
イチローへの評価が示す向上心への敬意
張本が高く評価した選手のひとりがイチローだった。2019年5月の前出のサイトのコラムでは、その野球への取り組みに共感し、感銘を受けていると説明している。成功しても満足せず、さらに技術を磨こうとする姿勢を、プレーから感じ取っていた。
この評価と、キャンプに対する自身の言葉を重ねると、張本が重視したプロの姿勢が見えてくる。実績を得たあとも、自分の技術を問い直せること。相手や環境の変化を受け止め、次の結果のために準備できることだ。自分の長所を理解していても、その使い方まで固定する必要はない。得意な打撃を維持するために、変えるべき部分を見つける。その積み重ねが、選手の全盛期を長くすることにもつながる。
大谷の「間」、坂本の歩幅、イチローの向上心。扱っている対象は異なるが、いずれも能力を磨き、実戦で発揮し続けるための条件に関わっている。張本の野球観を、継続して成果を出すための自己更新という視点から読むこともできるだろう。
一方、個々の打者には、それぞれの身体特性やリズムがある。張本の指摘も、対象となる選手の映像や成績と照らし、どの条件で当てはまるのかを検討してこそ価値が深まる。経験から生まれた言葉を、検証できる問いへとつなぐことが大切だ。
張本勲の解説が観戦者に残したものは、打球の行方を見届けたあと、もう一度打者の動きへ戻る視点である。なぜ待っていたのか。なぜ崩れたのか。次の打席でも同じ打撃ができるのか。3085安打の重みは、そうした問いを積み重ねることで、より鮮明になる。その言葉を読み直すことは、選手の才能と、それを支える日々の技術を理解することにもつながっていく。
(文=ゴジキ)

