「人気学部は4年後に後悔する」進路選択で見落とされる就職の盲点

前回は、「産業構造の転換にともなって、教育も転換が必要だが、大学は迅速に対応するのは難しい」という問題について触れた。大学生が入学してからの4年間で景気の動向は変わる。もう45年以上前の話だが、私が大学進学をするときに、高校の先生が説いた「学部選びで気をつけたいこと」が、いまでも心に残っている。
「いま人気の学部には行かない方が良い。なぜならその人気は経済状況に後押しされた一時的なものだからだ。大学に在籍する4年間のうちに、その傾向は変わる。なにしろ景気は周期的に変動するものだ。4年後には、いま不人気の学部がいまの人気学部に取って代わっている可能性もある。4年後の就職事情を考えれば、わざわざ難度が高くなっている人気学部を狙うより、人気はないけど入りやすい学部を受験するほうが合理的だ」
確かにそうだ。そのことは私も、予備校で進路指導を担当していた頃に、よく浪人生に話していた。
現代は、VUCAと言われるような予測困難な時代だ。VUCAとは、Volatility(変動性)・Uncertainty(不確実性)・Complexity(複雑性)・Ambiguity(曖昧性)の頭文字を取った造語である。特にAI(人工知能)の急激な進化にともなう「変動性」は激しいが、さらに昨今では「トランプ関税」による市場変動も加わり、4年後、5年後を見通すことなどできそうにない。
だから「就きたい職業」をベースに「なりたい自分」を目指したところで、AIに置き換えられる職業もあるだろう。仮に置き換えられなくとも、職業のあり方自体が変わっているかもしれない。
技術分野の人材養成は不透明である。通訳や経理の仕事はどうなっているだろうか。
これまで「人海戦術」をとっていた分野では、人手がAIやロボットに変わる可能性は高いだろう。一方で情報分野はいつも人手不足であった。簡単なプログラムは現状でもAIが書いてくれる。より高度な基盤技術を担うプロフラムの開発者は求められるだろうが、AIによって人手不足は解消されるかもしれない。
データサイエンティストの養成を求める声もあるが、果たしてどうだろうか。中級的な情報技術者の需要はどうなるだろうか。どこまでAIに置き換わるのか、まったく予想が付かない。
「ありたい未来の実現」には?
前回触れたように、情報技術を社会に適用・実装できるような人材は必要だろう。そうした人材は技術者ではなく、倫理や法律に詳しい人文・社会科学系の人材になるだろうか。むしろ、技術者と人文・社会科学系の人材がチームを組んで取り組むことになるだろうから、「ホワイトカラー(知的労働者)」を養成していた社会科学系の人材も引き続き一定の役割が求められるだろう。
農業はどうだろうか。よりデータを活用したものに変わるだろう。田んぼの水加減を天候に合わせて変えるような、これまでの経験の蓄積による「暗黙知」はデータを多面的に正確に、機械で取得することで置き換わっていくだろう。
かろうじて、美容や保育、小学校教員など、直接、人間と関わる分野で、AIやロボットがまだまだ対応できない業務には、これまでと変わらない人材が求められるだろうが、その業務内容は様変わりしているかもしれない。
こうした状況で、高校のキャリア教育はどうだろうか。これまで大学や専門学校に進学する生徒、高校卒業後にすぐ就職する生徒と多様な進路がとってきたが、対応は一貫して「就きたい職業」をベースにした「なりたい自分」をキャリア教育でしてきた。しかし、そもそもその「就きたい職業」がどうなるのか、よくわからない。
では、どうすべきか。
「就きたい職業」をベースにはできないのだから、「なりたい自分」にはたどり着かない。「なりたい自分」ではなく「ありたい未来の実現」をベースに「ありたい自分」を求めるべきだろう。
先日(4月15日)、Science Tokyo(東京科学大学)で記者会見とシンポジウムがあった。大竹尚登理事長が「予測困難な時代ゆえに、ありたい未来の実現」を目指して、「Visionary Initiative」(VI)といった研究体制を敷くとの説明があった。
「ビジョンを実現する融合研究体制を全学に導入」(2025年4月15日配信 東京科学大学ウェブサイトより)
「ありたい未来の実現」、実はアメリカのBigTechはこれを目指しているのではないか。アメリカには、ジョン・F・ケネディ大統領の月面着陸計画のように「ありたい未来」を見つめる「エージェンシー」(主体的に行動する力)と「ありたい未来」から逆算する「バックキャスティング」の文化がある。
これからは、高校でも大学でも、「就きたい職業」をベースとした「なりたい自分」ではなく、「ありたい未来の実現」を見出す「エージェンシー」と「バックキャスティング」によるキャリア教育を求められるのだろう。
(文=後藤建夫/教育ジャーナリスト)