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桐蔭横浜大学・石河睦生の「都市伝説になるかもしれない人たち」#8

超音波ミストコンサルタント坂本真悟「等身大初音ミクを映し出す超音波の異能者」

超音波ミストコンサルタント坂本真悟「等身大初音ミクを映し出す超音波の異能者」の画像1
石河さん(左)と坂本社長(右)の決して怪しくない対談

「制御システム」や「電子機能システム」を専門とし、特に超音波工学と圧電材料学に精通する桐蔭横浜大学専任講師・石河睦生が、“なぜか不思議と幅広い”ネットワークを活かし、「都市伝説になるかもしれない」事業家・アーティスト・科学者を紹介する本連載。

 その第8回に登場するのは、株式会社 星光技研・代表取締役 坂本 真悟さんです。初音ミクを空中に浮かべる、煙の出せない鰻屋に「匂い」だけを出す──「なんでそんなことができるのか?」の答えは“濡れない霧”にあった!? そんな都市伝説級の技術の裏にいたのは『超音波』の力で超微細な霧をつくりだす企業・星光技研の二代目社長だったのです。センサー技術などでより一層、注目が集まる超音波を駆使して、エンターテインメントまで昇華させる日本唯一の企業の取り組みについて聞きました!

間違いなく世界を変える科学者兼経営者

きのこやさんが倒産したのをきっかけに、超音波ミストへ事業転換

石河 私はこれまで超音波の研究をしてきました。その中でも専門は非常にマニアックで、圧電体というエネルギー変換デバイスを使って電気エネルギーと振動エネルギーの変換を行うことが基軸にあるのですが、コロナ禍前はそれで超音波を作り出し、その波が大きい振幅のまま高い周波数になった時、振動を伝える媒体はどんな振る舞いをするのか、みたいなことの研究をしていました。コロナ禍の時にオンデマンド授業動画の需要が高まったんです。そこで超音波研究の応用で何か分かりやすいデモンストレーションは出来ないかな?と考えて「単純に面白いね!と思われることをやってみよう」と取り組みだしました。そうやって超音波ミストサウナの研究が始まっていったのですが、そのお話はまた追々。


 一般の人にわかりやすく超音波の魅力を伝えるにはどうしたらいいか、というのを探していた時に、ちょうど坂本さんが手掛けていた超音波ミストディスプレイに、初音ミクを投影しているのを拝見したんです。超音波ミストにも「こんな活用例があるんだ」と、驚きました。

 他にも、炎のようにミストを揺らがせる演出が面白いなどと思いつつ、「ぜひ坂本さんや星光技研さんと知り合いたい」と強く願っていたら本当に、その1年後ぐらいに2人の方から同時に、「星光技研の坂本さんという面白い人がいる」と紹介されたんです。どちらの方も、私が研究で手掛けている超音波ミストサウナ関連の方でした。ご紹介頂きました方もまた面白い方なのですがまたそれも追々。

 その後、坂本さんとお会いしたらものすごく面白くて、気さくな方だったので、ぜひ今回じっくりお話をうかがえたらなと思った次第です。

 さっそくですがまず、坂本さんが超音波ミストをお仕事として始められたきっかけを伺えますか?

坂本 もともとうちの会社は創業52年、父が脱サラして起業した会社です。最初から超音波ミスト専門でやっていたわけではありません。創業地であり本社がある長野県はキノコを人工的に栽培するのが日本一盛んな土地柄です。キノコはジメジメしていないと育たないので、超音波加湿器という機械を使って強制的に加湿して湿度を上げてキノコを育成していく、そんな企業でした。

 ところが今から20年ほど前に、キノコ屋さんが次々と倒産して、弊社の主要なお客さんが閉業してしまったんです。お客さんはいなくなってしまうし、売り掛け金の回収ができなくなるなど、とんでもない目にあったことで事業を転換させたんです。

 超音波を加湿器じゃない使い方にして商売をしていこうと考えました。というのも、加湿器メーカーは日本にいっぱいある上に、今、中国の加湿器メーカーもたくさんあるので、値段や数で勝負したら絶対勝てません。加湿以外の使い方に限定して事業展開していこうとしたわけです。

 ウェブサイトも「超音波を使ってさまざまな液体をミストにし、お客さまのお困り事を解決します」というコンセプトで刷新し、課題を募集したんです。するとぼちぼち出てきまして、代表的なところですと、弊社の大きな取引先になる大手自動車メーカーさんでした。車のバンパーを塗装するときに、プラスチックでできているので静電気がおきやすく、塵(ちり)や埃(ほこり)がくっつきやすいんです。その対策として、弊社の機材が使えないかと、お問い合わせをいただきました。

 加湿することで、静電気の発生を抑えて、ゴミがくっつきにくくするのと同時に、チリやホコリがミストに接触することで、水分を含んで重くして落下させて回収する手法を一緒に編み出しまして、採用していただいてます。

超音波のミストって何!? ミストにも触れても“濡れない”理由

石河 色がついたミストで、バンパーを塗装するわけではないのですね。超音波ミストは水がもとになっているけど、気体でもなくて、濡れもしないですよね。それはなぜなのか、解説いただけますか?

坂本 たとえば「ミスト」と聞くと、多くの方が夏の屋外などで見かける“ミストシャワー”を思い浮かべるのではないでしょうか。上から霧状の水が降り注ぎ、濡れたあとに蒸発することで体感温度を下げる——そういった仕組みのものです。

 ただ、弊社の「超音波ミスト」は、それとはまったく異なります。従来のスプレーノズルによるミストは粒が大きく、どうしても体が濡れてしまいます。実際、一般的なミストの粒径は約140マイクロメートルほどで、小雨に近い大きさです。

 一方、超音波ミストの粒径はわずか3〜5マイクロメートル。これは人間の赤血球よりも小さいサイズで、極めて微細です。おそらく、人工的に生成されるミストの中では、目に見える範囲において最小レベルだと考えています。

石河 タバコの煙よりちょっと大きいぐらいかな? 蚊取り線香の煙などもそうですが、その煙に触れても濡れる感覚は当然ありませんよね。

坂本  仮に触れたとしても体温であっという間に蒸発しちゃうんで、わかんないんですよね。濡れた感じがしないと思います。

石河 キノコに対しても、同様のものを噴射していたんですか?

坂本 いえ、キノコはもうガンガン、湿度99パーセントとか空間が真っ白になるくらいまで、やってました。それくらいの湿度ならお湯を炊いて水蒸気でやる方法もありますが、それだと熱くなりすぎちゃう。超音波ミストがいいのは、振動だけで微細な粒子を作っていくので、温度を上げないんです。空間の温度を上げずに、湿度だけ上げるというのが、コスト面で考えると、すごく最適だったんです。

石河 超音波ミストは、微細で且つ空間温度を上げないという話はわかりました。そもそも超音波はどういうものか、一度確認しておきましょう。

坂本 超音波は自然界でも特別なものではありません。例えば、コウモリが暗闇の中で飛ぶのは、超音波を発して、その反射を感知してぶつからないで飛べるようになってたりとか、あと、イルカがその超音波でお互い会話をしたりというのも知られています。

 我々の身近な中で使われているのは、例えば眼鏡屋さんに行くと、水をはった機械があって、その中に眼鏡を入れてスイッチ入れると勝手に綺麗になる超音波洗浄機とか、あと漁師さんが、超音波を海底に目がけて投射して、魚群を探知したりとか。超音波エコーという医療機器で、赤ちゃんが生まれる前に妊婦のお腹の状態を見て、それを画像化したりするのにも使われています。

 最近は車のコーナーセンサー、クリアランスソナーは超音波使って反射を感知して対象物にぶつからないよう警報を出すなど、身近な場所で使われています。

 ただ、弊社ではそういうのを一切やっておらず、超音波を使って、水をはじめとしたさまざまな液体をミストにすることに特化をしてやってるんですよ。

石河 水の表面を超音波で思いっきり振動させると、超細かく水がちぎれて飛んでくといったイメージですよね。ちなみに、僕の最近の研究はどうやってその振動を作るか、電気エネルギーと振動エネルギーを制御して、より細かく更に機能性を持つミストをどうやって作り出していくかがテーマです。それの応用を坂本さんがやられているということです。

坂本 突然ですが、ここで問題です。ここに赤い水と黒い水を用意しました。これを超音波でミストにした時に、どんな色のミストが出るでしょう? 3択にしますね。1つ目は、赤い水と黒い水ですから、赤い霧、黒い霧が出る。2つ目の選択肢は、そんなに濃くは出ないから、ちょっと薄まったピンク色っぽいミスト。黒の方は灰色っぽいミストが出るんじゃないか。そして3つ目、何をやっても白い霧が出るんじゃないか。どれでしょうか。

石河 この感じで言うと……3ですかね(笑)?

坂本 はい、正解(笑)。一見、ピンクかなって思いつつ、実際に出てくるのは白いミストなんです。目視すると白にしか見えないんですけど、実際は顕微鏡レベルで1粒1粒見ると、ちゃんと色がついています。光の乱反射の影響で、白にしか見えないと。で、回収して液体に戻すと、やっぱり元の色に戻ります。

石河 この白い霧にティッシュなどをかざしてみると、ミストに含まれている色がきちんと転写されるんです。たとえば、ピンク色の液体を使った場合、ミスト自体は白く見えても、ティッシュに触れるとしっかりピンクに染まっていく、というわけですね。

坂本 その使い方も面白いですね。

石河 ミスト染色という方法があって、坂本さんがおっしゃってることそのものですよね。

超音波だからできる! ミストディスプレイに初音ミクを投影の技術的理由

石河 しかしきのこの加湿にミストを使ったり、車のバンパーもそうですが特殊なことを一生懸命やっていると目立ってきますよね。

坂本 というか、他の人と同じことやってもなかなか勝てない。勝負って大変じゃないですか。性能競争になったり、価格競争になったりするんで、誰もやってないことを始めれば、もういきなりナンバーワンが取れます。「超音波ミストって言ったら、星光技研だね」と言ってもらえるようになるんで、小さいナンバーワンを取ろうと。

石河 スタイルとしては、ひとつをつきつめてやるのではなくて、さまざまな取組をたくさん手がけているんですか。

坂本 業界的にいろんなのをやってますね。自動車業界からいろんな素材メーカーさん、パチンコ・パチスロメーカー、アニメ関係…。大学の研究系もありますね。

石河 アニメではどうやってミストを使うんですか?

坂本 初音ミクの生みの親であるクリプトン・フューチャー・メディアさんからお声がけいただきまして、イベントで初音ミクを超音波ミストに投影しました。世界初の横吹型ミストスクリーンだとこんな感じで全身投影ができるのですよ。

 一般的なミストだと、ぶわっと広がってしまうんですが、ミストの吹き出し方を工夫して、平面状のスクリーンを作り出せるんです。弊社の機材では上からミストを落としてプロジェクターをつかって映像を映しています。この方法だと、人が通り抜けることもできるんですよ。

 横浜の水族館では、入口に映像を流しておいて、このお姉さんが「行ってらっしゃい」というところを通り抜けてお客さんが入っていきます。ところどころでこのお姉さんが浮かんでいて、ホログラムみたいな感じで館内の案内をするという演出で使ってもらったりしてます。

 しかもこれ、上から噴射すると消えてしまうんですよ。ホログラムのような人物の全身投影は、ミストでは今までできませんでした。そこで横吹き型っていうの作ってちゃんと頭からつま先までしっかり映るようにしたものができました。

石河 例えば色だけじゃなくて、薬だったらどうなるのかーー? 医療分野で応用できるかもしれません。また、何か香りの成分をミストにして、アロマディフューザーのように届けることもできます。究極テレビから匂いが出る、みたいなことも可能で、おそらくそういった研究をやってるところもあると思います。

坂本 香りに関しては、実際にさまざまな使用例があります。たとえば、ある老舗の鰻屋さんでは、自社ビル内で営業していた頃は、店から立ち上る煙と香ばしい匂いが通行人を惹きつけ、ふらりと立ち寄るお客さんが絶えませんでした。 しかし、店舗展開を進め、商業施設内などに出店すると、今度は施設の規則で煙を出すことができず、うなぎの香りが外に漏れなくなってしまいました。結果、香りによる集客効果がなくなり、客足も大きく減ってしまったのです。

 そこで、超音波ミストに香料成分を加え、煙の代わりに香りだけを拡散させる方法を導入したところ、再びお客さんが戻ってきました。このような使い方をされているケースもあります。

石河 坂本さんのミストディスプレイも、初見でかなりのインパクトがありましたが、人間にとって感覚が刺激されることの重要性を改めて実感しました。例えば何かを想起するってなると、まず視覚による刺激を受け、次に来るのが香りです。

 人間は視覚や聴覚の情報を物理的なものとして比較的整理しやすい一方で、嗅覚、つまり匂いに関してはオートメーション化が難しく、テクノロジーの中でもまだまだ未開拓な分野と言えます。

 そうした中で、超音波ミストは「香りを扱う」という点で大きな可能性を持っています。たとえば、映画館で映像と連動して香りを演出するような試みにもぴったりの技術ですよね。

 鰻屋さんの例で言えば、うなぎの香りが漂う店と、無臭の店では、集客力に大きな違いが出るはずです。近年はアロマも人気ですが、香りの力は本当に大きいと感じています。こうした新しい使い方が広がっていけば、まさに都市伝説のように語られる未来が来るかもしれませんね。

(構成=石河睦生)

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■坂本 真悟(さかもと・しんご)
株式会社星光技研代表取締役社長。超音波ミストコンサルタントとして活動し、エンターテインメントの演出を手掛ける。その演出は多岐にわたり「世界水泳福岡2023」(AbemaTV )『ヒプノシスマイク -Division Rap Battle-』Rule the Stage -track.4-』『ラゾーナ川崎プラザ入口 アイキャッチ』などさまざまなエンタメシーンで採用されている。また同社の技術はエンタメシーン以外でも活用され、工業やサービス業、農業など多様な用途は多ジャンルにわたっている。

石河睦生

1976年1月、山梨県生まれ。博士(工学)。桐蔭横浜大学講師。自由を勘違いしていた19歳の時、祖父が亡くなる前に私に言った。「睦生、人生は短い、やりたいことをやれ」と。そうかと心に決めて、憧れていたサイエンスの世界へ飛び込もうとしたけれど、義務教育と特に中等教育で遊び過ぎてしまった時間は、それを取り返すのに相当の時間がかかった。いや、いまだに影響は残っている。しかし、遊びにより人間関係の構築や“さまざまなこと”を企画するのことは出来るようになっていたため、まさに都市伝説の本流、フリーメイソンのグランドマスターや、有名作家、経営者、富豪たちまで幅広い方々との交流を楽しめてきた。それと同時に超音波の理解と活用というライフワークテーマを基に、世に喜んで頂けるであろう新しい“こと”作りとその提案も終盤に差し掛かるところまで来た。なんだか色々なことが共鳴していて、今は残響の中にいる。

石河睦生
最終更新:2025/05/05 18:00