「クレジットカードを作って分割払いで購入するのはどうでしょうか?」――店員の“悪魔の一言”でリボ払い地獄に堕ちた男性の不満

クレジットカードの毎月の返済額を一定にできる「リボルビング払い」。一見すると便利な仕組みだが、その裏では利息が膨らみ、返済に苦しむケースも少なくない。
近年では、買い物や支払いをスナック感覚でリボ払いへ変更する若者も増えている。
こうした選択をした人々を「愚かだ」と断じるのは容易だ。しかし、その背景には、避けがたい事情やカード会社の巧妙な仕組み、さらには他人につけ込まれているケースも存在する。
なぜ人はリボ払いを選んでしまうのか?
カメラ欲しさにクレジットカードを作成
「完全に騙されました。まるで、若者を食い潰す制度だったのですね」
現在、ITベンチャー企業で勤務する田中浩介さん(仮名・35歳)は、大学生のときから始まったリボ払いの返済地獄について、語気を強める。
両親は教師で、3人きょうだいの2人目として生まれた田中さんは、高校時代に野球部のキャプテンを務めるだけでなく、生徒会長も兼任する、まさに文武両道の人物。「自分はしっかり者だ」と自覚するほど、真面目な性格である。
そして、都内の大学に進学した田中さんは、1年生の頃から映画制作のサークルに入会。大林宣彦の『ハウス』、ダリオ・アルジェントの『サスぺリア』、そしてヤン・シュヴァンクマイエルの『アリス』など、人力で作られる「現実ではあり得ない映像」が描かれる作品に魅了された。
「自主映画」を制作したいと思っていた彼は、映像が撮影できる一眼レフが欲しかったが、学生のアルバイト代では到底購入できなかった。それでも、暇さえあれば近所の家電量販店に足を運び、最新のカメラ事情や値段が下がっていないかなどを眺めていた。
あるとき、いつものようにカメラを眺めていた田中さんに、店員がこう言った。
「クレジットカード(以下、カード)を作って、分割払いで購入するのはどうでしょうか?」
今ほどキャッシュレス決済が主流ではなかった時代。田中さんはそこで、初めてカードの仕組みを知った。
「そもそも大学生はカードを作れないものだと思っていたくらい、知識がなかったんです。ただ、手元にないお金で物を購入できるのかと驚きました。欲しかったカメラは20万円。10回払いでも問題ないと聞いたので、『月々2万円の返済ならできる!』と大喜びでカードを契約。念願のカメラを手に入れました」
折しも田中さんが通っていた大学の近くには楽器店があり、軽音サークルに入った友人たちは分割払いでギターやベースを購入していた。そのため、カードの仕組みを特段インモラルなものとは思わず、「よくあるものなのか」と感じていた。
ところが、会計の時点で支払い方法が、リボ払いに設定されていた。
「当初は毎月2万円の返済だと思っていたのですが、リボ払いなので月々5000円くらいの支払いという契約になっていました。その時点でおかしいと思うべきでしたが、情けないことに『2万円が5000円になったから毎月の返済が軽くなった』と喜んでしまったのです……」
5000円の延滞ですべてが狂い始める
こうして、気づかぬうちにリボ払いの返済が始まった。しかし、田中さんはできる限りカードに頼らず生活していたため、当初は返済にそこまで苦労はなかった。
「緊急事態のときに使っていたくらいなので、返済額は多くても8000円程度。正直、まだその頃はリボ払いの仕組みを理解していなかったので、『こんなものか』と、それほど悲観的にもならず、深刻には受け止めていませんでした」
とはいえ、数千円という金額でも大学生にとっては大金である。
「当時は塾講師のアルバイトをしていました。時給は1600円と高かったのですが、1回の勤務が3〜4時間ほどしかないため、普通のバイトよりも総額では稼げていなかったかもしれません。それとは別に、親からの仕送りは家賃とは別で月々4万円くらいもらっていました。最低限の支出を1日1000円以内で過ごして月3万円、残りの1万円を光熱費などに使い、それ以外のプラスアルファはアルバイト代でまかなっていたと思います。その中で、カードの返済額である5000円が払えないことも多々ありました」
そして、滞納を何度か重ねたことで、自分が分割払いではなくリボ払いをしていることに気づいたという。
「払えない月が数回あっても、徐々にその状況に慣れてしまうんですよ。そうすると、カード会社から電話がかかってくるんです。最初は何の電話かわからないまま出て、学生なりに少しビビって『ちゃんと払います』と言って、その月は払うんです」
しかし、支払いの遅れを繰り返すうちに、督促の電話番号を「○○カード」といった名前で新規登録し、その番号からの電話には出ないようになった。
「そうしていると、登録してある番号とは違う番号からかかってくるようになります。学生なので知らない番号から、電話がかかってくることはあまりないですよね。だから、それもカード会社だろうなと思ってスルーして、後から留守電を聞くとやっぱりカード会社だったということもありました。それも『○○カード2』という名前で登録していって、最終的には『○○カード3』『○○カード4』というふうに、電話帳の中にどんどん名前が増えていきました」
雪だるま式に増えていき、一向に減らない返済額。契約当初に勝手にリボ払いにされたと主張することもできるが、カメラは手に入ったのだし、自分自身のお金の管理がうまくできなかったことで返済できなかったのも事実だ。そのため、両親に助けを求めることもできなかった。
「親に迷惑や心配をかけるよりも、やっぱり金融事故というのは、そのときだけの問題では済みません。前科持ちというほどではないですが、『自分の息子はそういうことをやるんだ……』と思われてしまうと、その後もずっと心配されるんじゃないかという気持ちがあったんです。そのせいで、なかなか親に『助けて』とも言えず、なんとか自分の中で解決しようとしていました」
未払い癖のせいで口座が差し押さえ
1カ月遅れだった支払いが2カ月遅れ、さらに3カ月遅れというように、支払いの遅滞が続いていった。当然、田中さんのもとには電話での連絡や督促の手紙も届いていたが、そうしたものからは目を背けて生きるようにしていた。
「知らない人から電話がかかってきたりする状況に、精神的に怯えるというわけではないですが、気を病むような、そんな生活になっていました」
その結果、大学4年生になった頃には、光熱費すら払えなくなってしまった。
「当時住んでいた家は、それほどきれいな家ではなくて、木造の築40年くらいの住宅でした。そんな中、電気が止まってしまい、コンビニで支払いを済ませて電力会社に電話し、『お金を払ったので電気を再開してもらえますか?』と連絡します。すると当時は、作業員さんが真っ暗な中、家に来るんです。インターホンも鳴らさず、家の脇で作業するんですね。壁が薄いから、ほぼ1メートル以内の距離で電気再開の作業をしているのがわかる。それを、息を潜めて『再開されるかな』とじっと待っている……。誰もいないのに、なぜか自分は気配を消さなくてはいけない。そんな気まずい空気でした」
その後、社会人になり営業職として働くようになっても、田中さんはリボ払いから逃れられなかった。
「営業をやっていると、名刺をたくさん交換したり、知人の紹介で連絡を取ったりするので、知らない番号から電話がかかってくることも多いんです。そういうことに慣れていた頃、いつものように知らない番号から電話が来て、『仕事の電話かもしれない!』と思って出たら、『○○カードです』ということもありました」
その後、会社から独立した田中さんだったが、リボ払いが払えなければ、住民税や年金なども支払えるはずがない。
「彼女とプールに行く日に、当時は今ほどキャッシュレス決済が浸透していなかったので、出かける前に現金を下ろしたくて駅のATMに行ったんです。浮き輪も持っていて、数十分後にはプールに『バシャン』と飛び込む予定でした。ところが、ATMでお金を引き出そうとしたら出てこない。何回やってもダメで、『彼女は待ってるのに、どうしよう……』と焦りました。とりあえず、彼女には駅前の喫茶店で待っていてもらって、その間に銀行に電話したところ、『現在、口座は差し押さえられています』と言われました。どうやら、公共料金の未払いが原因だったようです」
結局、カメラ購入から始まったリボ払いは5年間続いた。まさか、20万円の買い物がリボ払い地獄につながるとは、思いもよらなかっただろう。何度もカードの支払いが滞ったことで、信用情報に傷がついてしまった。
「リボ払いを完済してから、そのカードは解約しました。そこからは現金派というか、デビットカードでしのごうと思ったのですが、使えない場所やサービスも多く、困ることもありました。そこで新たにカードを作ろうと、いくつかの会社に申し込んだのですが、すべて審査に落ちてしまいました……。そこで、『ブラックリストに載ってしまったんだな』と思いました」
田中さんは、金融事故の履歴があるかどうかを調べるサービスに連絡。後日、自分の情報が確認できる郵送物が届き、案の定「黒」だったという。
20万円の延滞でブラックリスト入り
そこからは年に一度、新たにカードを申請しては審査に落ち、自分の信用情報が回復しているかどうかを確認している。
「よく『ブラックリストには5年間履歴が残る』とは言われますが、リボ払いを完済した時点から5年なのか、それとも事故が発生した時点から5年なのか、正直わからないんですよね。ただ、30代になってからカードを作ったところ、審査に通ったので、ようやくブラックリストから抜け出せたという気持ちになりました」
滞納といっても、何十万円も未払いにしたわけではない。毎月のリボ払い5000円を支払えなかったツケが、長年にわたって田中さんの足を引っ張り続けた。
「家探しにも苦労しました。家賃保証会社によっては、消費者金融のアコム系もあって、そういうところに当たると審査に落ちる可能性があります。それに、クレジットカード払いしかできないような賃貸物件もあります。カードを持っていなかった20代のときは、世の中にはそういう場所が意外と多いことを知って、『これは今後つらいな……』と悲観したこともあります。幸いにも審査に落ちたことはなく、今はカードで家賃を支払っています」
いくらリボ払いの輪廻から抜け出しても、現代社会ではカードという呪縛からは逃れられないということだ。
「一番悲しかったのは、結婚したときのことです。妻と一緒に、かつてカメラを買った家電量販店に買い物に行きました。そこで、7〜8万円くらいの、わりと大きな洗濯機を購入したんです。対応してくれた店員さんがすごく丁寧で、割引もしてくれて、いい人だったんですよ。『カードを作って支払えば、さらにポイントも付きますよ』と言われて、『そろそろ大丈夫だろう』と思って申し込みました。でも、妻の目の前で審査に落ちました。『30分ほどお待ちください』と言われたので、店内を二人で歩きながら『あれもいいね』『これもいいね』と話していたのに、戻ってきたら『カードは作れませんでした』と……。妻は『フリーランス時代に確定申告をちゃんとしてなかったからかな?』と首をひねっていましたが、自分では『やっぱりブラックリストの影響がまだ残っているんだな』と痛感しました」
田中さんは、リボ払いを比較的早期に解決することができたが、「あのときカード払いではなく、もっとお金を貯めて現金でカメラを買っていれば……」と後悔することも多いという。
「それでも、自分はギリギリ、人生を狂わせられるほどの負債は抱えずに済みました。それだけは本当によかったと思っています。ただ、大人たちは容赦なく若者を騙しにくるということは、覚えておいてほしいです」
現在では、リボ払いだけでなく、メルカリやLINEなども貸金事業に参入し、「簡単にお金が借りられる」環境が整いつつある。そんな中でマネーリテラシーを強く持ち続けるのは簡単ではないが、「お金を借りる」という行為には、それ相応のリスクが伴うことを、しっかりと意識しておく必要がある。
(取材・文=千駄木雄大)
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