『汝、星のごとく』大ヒットの理由──藤井道人、横浜流星、広瀬すずが放つ本物の凄み

なぜ映画『汝、星のごとく』がここまで注目を集めているのか。簡単である。面白いからだ。
映画館に観に行けば、誰もが泣くことができるからだ。 エンドロールを観終わった暗転明け。観客たちの大勢は、目元にハンカチを当てていた。その姿を観ながら、私は確信したのである。今後、世に語り継がれるラブストーリーが、ここに誕生したということを──。
どこからどう見ても、横浜流星さんと広瀬すずさんは絵に描いたような美男美女だろう。しかしだ。それを忠実に、いやさらに美しく撮って、演じさせてみせたのが藤井道人監督だろう。
要するに同じ俳優部にお芝居してもらっても、メガホンを握る監督の演出によって、作品は大きな違いを見せるのである。藤井監督は横浜さんと広瀬さんをはじめとした俳優部の人々の演技力を、最大限にまで引き出してみせたのだ。
私は作り手として、そこに痺れさせられたのだ。
それは物語だけではなかった。冒頭のクレジット。横浜さんと広瀬さんの2人の名前が横並びで表記され、続いて「監督・藤井道人」の表記。そしてタイトルイン『汝、星のごとく』の文字。圧巻だった。
これまで少なくとも私は、そうした文字による演出を観たことがなかった。私はこれこそが映画監督「藤井道人」のこだわりだと思う。
徹底したこだわりと「藤井組」での原点
藤井道人監督は細部まで、徹底的にこだわり追求していくのである。忘れられない出来事がある。
それはもう7年前のこと。私が所作指導としてかかわった映画『ヤクザと家族 The Family』の打ち上げでの舘ひろしさんのスピーチでの言葉だ。舘ひろしさんはマイクを握るとこう口にした。
「これまで40数年役者をやってきて、いつの間にか、お芝居について言われるようなことがなくなりました。自分で本当にこれで良かったのかと思うお芝居でも、オッケーですとなってきていましたが、藤井監督に、すいません!今のところもう一度、お願いします!と何回もやり直しさせられて、それが逆に新鮮で嬉しかった」
舘さんの言葉通りだった。藤井監督は何度も何度も自ら台本を持って、舘ひろしさんのところまで走って行っていたのだ。それを私は隣に座ってずっと見ていた。
今では映像界において、「藤井道人」の名前は、誰しもが知る存在となっている。日本の映画業界を担っている存在と言っても、過言ではないだろう。しかしだ。誰しもが初めから有名ではないように、藤井道人監督も自ら一代で、その名を轟かせてきた1人なのだ。
藤井監督の名が世の中に響き渡るきっかけとなった日本アカデミー賞を総なめにしたのはその翌年のことで、『ヤクザと家族 The Family』の撮影時は、その受賞前であった。
予算だって今では考えられないほど、小さな規模感だった。それでも藤井監督はただ良い作品を作るためにこだわり続けていた。
その若き日の藤井監督のひたむきさが、大俳優の舘ひろしさんに突き刺さったのだ。
当時、私は撮影現場で、帰りたいとずっと考えていた。「早く帰らせてくれよ……」と思い続けていた。
初めての現場だったし、人間関係なんて誰ひとりなかったのだ。150人はいる中でたった1人なのだぞ。帰りたくて、帰りたくて仕方なかった。
けれどである。初めての現場が藤井監督率いる藤井組だったお陰で、後にわかったことがあった。
勉強になったのだ。あの時の経験が私にとって、大きな勉強になったのである。いろいろなことを、私はあの現場で一つひとつ学んできた。それは人間関係においても、仕事においても、幅を広げていくことになったのだ。
そうした経験のお陰で、後に生まれたのがドラマ『ムショぼけ』であり『インフォーマ』シリーズであった。 あの現場がなければ、どちらも生まれていないし、今の自分もいないのではないだろうか。 物語を作ることは何をしていても変わっていなかっただろうが、『ヤクザと家族 The Family』の撮影現場。あの1カ月半の時間で、私の感性は飛躍するほど育まれたのである。
横浜流星と広瀬すずが見せた一流の真価
人には始まりがあり、歴史がある。そうした歴史があって今、日本映像界で藤井道人監督がずば抜けていることは、誰しもが知っていることだろう。
それは横浜流星さんの知名度、人気、お芝居のうまさにおいてもそうだ。衝撃だった。ドラマ『インフォーマ』で横浜流星さんが演じる河村愛之介を撮影現場で見たとき、衝撃だった。 うまさはもちろんのこと、お芝居に対する気概が凄まじかったのである。
撮影時、横浜流星さんは体調を崩していた。天候も悪く大雨が降り出していたのだ。みんなが心配する中でも、横浜流星さんは顔色ひとつ変えず、やりきってくれたのだ。そこで誕生したのが、河村愛之介なのである。
お芝居がうまい俳優部は大勢いるかもしれない。ただ最前線で戦っている俳優の強みは、少なくともそれだけではない。人間力や現場での立ち振る舞いそのものが、他とそもそも違うのだ。
ただストイックなだけではない。ただ画面やスクリーンに映る姿だけではない。見えないところの気配りや立ち振る舞いも一流なのである。
あまり言いたくないが、それを勘違いして自分が特別な人間だと思っているバカも芸能界には、山ほどいるぞ。作品を世に広めるためのプロモーション用の対談を断るようなバカとか……。すまない。こっちの話だ。
だからつまらない人種に、その素行が暴露された際、ネット民が群がったりしてしまうのではないか。そして、そんなクズ以下のアクシデントに見舞われたとき、損をしてでも守ってやろうとする人間が現れないのではないか。
どんな仕事であれ、甲乙なんてものはない。建前ではない。どんな職業でも平等でなくてはならないのだ。ただ、そこで努力しているか。人に対して感謝や気配りができているか。そこが大切なのだ。
『汝、星のごとく』でも、横浜流星さんはお芝居に対して、容易く真似できない役作りに取り組まれていることが、スクリーンから伝わってきたのだ。
それこそ本来の座長としてのあるべき姿ではないだろうか。
そして広瀬すずさん。今、彼女が絶対的にNo.1女優ではないだろうか。 それほど、藤井道人監督の撮る広瀬さんは、スクリーンの中で、輝いていた。女優は老若男女問わず泣かせてみせてこそ、プロだと思う。
私は広瀬さんのお芝居に、何度も熱いものが込み上げ、頬を濡らした。まだまだ広瀬さんのお芝居を観続けていたいと感じさせられた。
日本の映画界を誇りに想う
『汝、星のごとく』を観終わった帰り道、私は心の中で叫んでいた。ハリウッド映画は凄いかもしれない。韓国映画は卓越しているかもしれない。しかしである。
「日本には藤井道人と横浜流星と広瀬すずがいるんだぞ!!!」と、心の中で叫び続けていた。
藤井監督と横浜さんと広瀬さんが、映画『汝、星のごとく』のアジアキャンペーン in ソウルへと舞台挨拶に訪れた際、私もたまたまソウルへと来ていた。同じソウルで3人の姿をニュースで観たとき、誇らしく思うことができた。同時に私の創作意欲も強く掻き立てられたのである。
誰にも言っていない『インフォーマ』シリーズのこぼれ話をひとつ。シリーズ2作目には小説、ドラマを通して、「広瀬さん」というキャラクターが登場する。名前の由来は、こっそりと広瀬すずさんから名付けたのであった。
さまざまな作品に影響を受けていくのが、私の物作りにおける経験、創作力に繋がる基盤である。『汝、星のごとく』は、今後、私が物語を作る上で、必ず影響を受けることになるだろう。それほどの作品であった。
エンドロールの最後、「監督・藤井道人」の文字は、堂々としており、トメと言われる輝きを解き放っている。
劇場まで確かめに行ってほしい。私の映画を観る力が本物かどうか。ぜひ、確かめに行ってほしい。
映画『汝、星のごとく』は、大切な人をより大切に想うことのできる物語である。
(文=沖田臥竜/作家・小説家・クリエイター)