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怪人、幽霊、地球滅亡……昭和の子どもたちを震え上がらせた挿絵画家・石原豪人! 奇想天外な「妄想画」の世界

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「虚構世界をリアルに描いた 石原豪人展 ~around the 1970s 妄想画、大集合~」(写真:荒熊流星)

「冷凍怪人」「ベトコン手製の忍術兵器」「ぼうさんのキックボクシング」……。思わず目を奪われるような見出しと、それに負けないほど強烈なイラスト。昭和の児童書や漫画雑誌には、そんな奇想天外な世界が広がっていた。

 東京都文京区の弥生美術館では、2026年10月3日から12月20日まで、「虚構世界をリアルに描いた 石原豪人展 ~around the 1970s 妄想画、大集合~」が開催されている。

 挿絵画家の石原豪人は、1970年前後、少年雑誌や学習図鑑などで、怪人や怪獣、幽霊、超常現象といった題材を描き続けた人物だ。現実にはありえない光景を、まるで実在するかのように描き出す緻密な表現で、当時の子どもたちを魅了した。

 会場には、怪奇ものやSF、少女向けの挿絵から、晩年のユーモラスな作品まで、石原が手がけた多彩な作品が並ぶ。さらに、同時代に活躍した画家たちによる奇想天外な「妄想画」も紹介されている。

 弥生美術館の学芸員・理事で、大正・昭和の挿絵に詳しい中村圭子氏の解説を聞きながら、展示をたどった(以下、「」内は中村氏のコメント)。

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美しい女性から怪人まで……なんでも描いた挿絵画家

 1950年代に石原豪人が挿絵画家として活動を始めた当初は、大衆文芸誌「小説倶楽部」(桃園書房)などに掲載される絵物語の口絵も手がけていた。

「絵物語は、文章を中心とした小説の挿絵とは異なり、絵そのものが大きな役割を果たす読み物です。石原豪人は女性を美しく描くことができたので、重用されていたのではないかと思います」

 その画力は、少女向け雑誌でも発揮された。会場には「週刊少女フレンド」(講談社)などに掲載された挿絵の原画も並んでいる。

「昔の少女誌には、怖い話や不思議な出来事を扱うページが、必ずと言っていいほどありました。少女向けの探偵小説も人気で、女の子が突然失踪し、家族や探偵役の少年たちが行方を捜すという展開が定番でした」

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「利根の恋月夜」石原豪人/画 雑誌口絵 1950年代 原画(写真:荒熊流星)

 そんな石原豪人の代表的な仕事として知られるのが、1960年代後半から1970年代にかけて、少年雑誌や学習図鑑に掲載された怪奇・SFイラストだ。

 現代であれば、こうした光景はCGなどを駆使した映像で表現されることも多い。しかし、当時の子どもたちは、印刷された一枚の絵を通して、まだ見ぬ宇宙や地球滅亡の光景を想像していた。

宇宙開発への期待と地球滅亡への恐怖……

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「左ぎっちょの歌」石原豪人/画 「週刊少女フレンド」1963年1月1日号(講談社)掲載 原画(写真:荒熊流星)

 こうした作品が数多く生まれた背景には、当時の社会情勢も関係しているという。

「1970年代の子ども向けの雑誌や児童書には、宇宙や超常現象、地球滅亡を題材とした『図解』がよく載っていました。背景には、1969年のアポロ11号による月面着陸があったと思います。人間が宇宙に行ける時代になったことで、未知の世界への期待が大きく膨らんだのでしょう」

 それまで遠い空の彼方にあった宇宙が、人間の到達できる場所になった。宇宙旅行が現実になるかもしれないという期待が高まる一方、未知の天体から地球が侵略されるといった想像も広がっていった。

 そして、当時の日本人にとって、未知の世界は宇宙だけではなかった。1964年には観光目的の海外渡航が自由化され、それまで限られた人しか訪れることのできなかった外国も、次第に身近な存在となっていった。

「戦後、日本は復興に追われ、海外へ自由に行くことも難しい時代が続きました。海外渡航の自由化は、日本人にとって大きな扉が開いたような感覚があったのではないでしょうか。外国への関心が高まり、やがて有名な国だけでなく、それまで名前も知らなかったような国や、人がほとんど足を踏み入れたことのない場所にまで興味が広がっていく。そうした時代背景もあって、未知の土地を舞台にした『魔境もの』が数多く描かれるようにもなります」

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「ゆうれい塔」石原豪人/画 『ワイドカラー版 少年少女世界の名作』1965年(小学館)掲載 原画(写真:荒熊流星)

 宇宙にも、世界の果てにも行けるかもしれない……。そんな期待が膨らむ一方で、科学技術の発展や社会の変化に対する不安も広がっていた。

「1960年代後半から70年代前半にかけては、ベトナム戦争が泥沼化し、なかなか終わりが見えませんでした。また、日本では公害も深刻な社会問題になっていました。工場などから排出された汚染物質によって、魚を食べた人が病気になるといった被害も起きていた。科学技術が発展する一方で、『人間はこのまま滅びてしまうのではないか』という終末感もあったのでしょう」

 未知の世界への憧れと、未来への漠然とした不安。石原豪人が描いた怪奇・SFイラストには、そんな時代の光と影が映し出されていた。

強烈な画風が再び脚光を浴びた晩年

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石原豪人ならではの強烈な画風が光る作品群(写真:荒熊流星)

 1980年代になると、石原豪人は「林月光」というペンネームでも活動し、官能的な題材の挿絵を数多く手がけるようになる。

「1980年代は『優しさの時代』などといわれていました。これは私の推測ですが、そうした時代の中で、石原豪人の強烈な画風が合わなくなってきたのでしょう。そして、従来の仕事が減る一方で、性的な題材の仕事が増えていったのではないかと考えています」

 石原豪人は当時、二つの名義を使い分けており、マンションで隣り合う二部屋を借り、片方には「石原豪人」、もう片方には「林月光」という表札を出していたそうだ。

 ところが、1990年代になると、石原の画業は新たな展開を迎える。編集者・ライターの竹熊健太郎や編集者の赤田祐一らと仕事をする機会が増え、それまでの緻密で迫力のある画風に、ユーモアが加わるようになったのだ。

「当時、石原豪人はすでに60代後半でした。一般的には、年齢を重ねるにつれて画力や作品の勢いが衰えることもあります。しかし、石原豪人の場合は、最晩年になってからさらに絵が面白くなっているんです。それまでの濃密で迫力のある画風に笑いの要素が加わり、新たな画境を切り開いていったところがすごいと思います」

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(左)「人面豚 現る!!」石原豪人/画 「週刊ヤングマガジン」1990年4月16日号(講談社)表紙絵 原画、「(仮)HANA」石原豪人/画 出典不明 年代不明 原画(写真:荒熊流星)

 例えば、会場で紹介されている「人面犬生態図解」は、人間の顔を持つ犬という不気味な題材でありながら、どこか滑稽でもある。緻密で迫力のある描写はそのままに、見る者を笑わせるような奇妙さが加わっている。

「当時の編集者の方々にも話を聞きました。編集者が『先生、こういう絵を描いてください』と大まかな企画を持ち込むと、石原豪人は必ず期待以上のものを描いてきたそうです。『そこまで要求するなら、俺はもっとすごいものを描いてやる』という気持ちだったのでしょう。最後まで創作意欲を失わなかった人でした」

 石原豪人は1998年、75歳で亡くなった。晩年は心臓を患い、ペースメーカーを入れていたというが、体調が安定してからは再び精力的に仕事を続けたそうだ。

「ご家族によると、石原豪人にはほとんど趣味がなく、ひたすら仕事をしていたそうです。絵を描くこと、仕事をすること自体が趣味であり、生きがいだったのでしょうね」

「イルカがせめてきたぞっ」――昭和の妄想画が集結

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小松崎茂の弟子・上田信が制作した「等身大のイルカ星人」の撮影用スポット(写真:荒熊流星)

 今回の展覧会では、石原豪人の画業だけでなく、同時代に活躍した画家たちの作品にも光が当てられている。

 第二部「Around the 1970s 妄想画の画家たち」では、小松崎茂や梶田達二らによる、現実にはありえない世界をリアルに描き出した作品が紹介されている。

 なかでも目を引くのが、小松崎茂による「イルカがせめてきたぞっ」だ。本誌5月号でも紹介したが、1971年の『なぜなに学習図鑑 9 なぜなにからだのふしぎ』(小学館)に掲載された作品で、武装したイルカたちが人間に襲いかかる(!?)という、なんとも奇想天外な光景が描かれている。

 当時の児童書や雑誌では、宇宙人や超能力、未知の文明といった題材が、子どもたちの好奇心を刺激する読み物として紹介されていた。

 梶田達二の「地底のアトランティス大神殿」も、そうした作品のひとつだ。地底には未知の文明が存在し、私たちの知らない世界が広がっている。そんな荒唐無稽な光景が、緻密なイラストによって、まるで実在するかのように描かれている。

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70年代の児童書や漫画雑誌に掲載された奇妙な図解(写真:荒熊流星)

 興味深いのは、1970年前後のイラストには、明るい未来を描いたものと、恐ろしい怪現象を描いたものが混在していることだ。

 例えば、岡崎甫雄による「みらいの月のき地」は、1970年の『なぜなに学習図鑑 4 月と宇宙のふしぎ』(小学館)に掲載された作品で、月面で人間が活動する未来の姿が描かれている。

 また、前出の梶田による「超高速のあけぼの」は1970年の『少年マガジン』に掲載された作品で、1964年に開業した東海道新幹線に続き、さらに高速な鉄道の開発が進められていることを紹介している。

 一方、山本耀也の「ひきがえるの雨」は、空から大量のヒキガエルが降り注ぐという、奇怪な光景を描いた作品だ。

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「ひきがえるの雨」山本耀也/画 「週刊少年マガジン」1971年4月28日号(講談社)掲載 原画(写真:荒熊流星)

 科学技術の進歩がもたらす未来への期待と、常識では説明できない怪現象への恐怖。一見対照的な題材が、同じ時代の子ども向け雑誌や児童書で取り上げられていたのだ。

「日本は1945年の敗戦から非常に速いスピードで復興し、1968年には国民総生産(GNP)で資本主義諸国の第2位になりました。技術革新によって暮らしが豊かになり、それまで想像もできなかった未来が現実に近づいていく。一方で、社会が急速に変化していくことに、恐怖を感じる人もいたのではないでしょうか。実際に、公害をはじめとするさまざまな問題が起きたことで、『やはり地球は滅亡するのではないか』という不安も広がっていったのだと思います」

 新しい技術への期待と、社会が大きく変わることへの恐怖。その二つが入り交じる感覚は、AIなどの技術革新が進む現代にも通じるものがある。

 ありえない世界を、ありえるかのように描く。石原豪人をはじめとする画家たちが残した「妄想画」には、昭和という時代の空気とともに、未知の世界を想像する楽しさと恐ろしさが詰まっている。

春ねむりが声を上げる理由

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弥生美術館(写真:荒熊流星)

(取材・文=千駄木雄大)

「虚構世界をリアルに描いた 石原豪人展 ~around the 1970s 妄想画、大集合~」
会場:弥生美術館(東京都文京区弥生2-4-3)
会期:2026年10月3日(土)~12月20日(日)
開館時間:10時~17時(入館は16時30分まで)
休館日:月曜日(11月23日は開館、翌24日は休館)
入館料:一般1200円、大学・高校生1000円、小中学生500円
https://www.yayoi-yumeji-museum.jp/

千駄木雄大

1993年、福岡県生まれ。出版社に勤務する傍ら、「東洋経済オンライン」にて「奨学金借りたら人生こうなった」、「ARBAN」にて「ジャムセッション講座」を連載中。著書に『奨学金、借りたら人生こうなった』(扶桑社新書)、原作を担当したマンガ『奨学金借りたら人生こうなる!?~なぜか奨学生が集まるミナミ荘~』(祥伝社)がある。

X:@yudai_sendagi

千駄木雄大
最終更新:2026/10/30 22:00