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「政治に関わらない文化などこの世に無い」――春ねむりが声を上げる理由と“自由に踊る”ことの意味

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「政治に関わらない文化などこの世に無い」――春ねむりが声を上げる理由と“自由に踊る”ことの意味の画像1
(写真:矢島泰輔)

 ポエトリーリーディングやポスト・ハードコア、電子音楽などを横断し、国内外で活動を続けるシンガーソングライター・春ねむり。

 2016年の活動開始から約10年。独自の音楽性で海外からも高い評価を得てきた一方、その作品には、社会や権力、人間の尊厳への問いが一貫して流れている。

 そんな彼女に、音楽的ルーツから、社会に対して声を上げ続ける理由、そして「自由に踊る」ことに込めた意味までを聞いた。

胡桃そらが語る“プリキュアマインド”

「何も言わない」ことに意味が生まれるなら

「誰しも社会の中で生きている以上、政治的であるのは普通のことです。昨年、高市首相の件でXに『黙るな、怒れ、抗議しろ』と投稿した時も、自分自身のアティチュードとして『私は怒ろう』と思ったんです」

 そう語るのは、シンガーソングライターの春ねむり。

 昨年11月、高市早苗首相の「台湾有事」をめぐる発言を受け、日本のアーティストによる中国での公演やイベントが相次いで延期・中止となった時、彼女はXに「ミュージシャンがノンポリぶったり、冷笑したり、無視したり、黙ったりしている間に、演奏や文化交流の場が失われていく。政治に関わらない文化などこの世に無いからだ」と投稿した。

「ここ数年、日本のアーティストが中国で公演を行う流れがあったんです。いわゆる大物ではなく、シューゲイザー系をはじめとする日本のインディーズバンドが聴かれる文化が、少しずつ根付いてきていた」

 それが、政治的な緊張によって一瞬で途絶えるかもしれない。公演がなくなれば、アーティストの生活にも直接影響する。

 だが、彼女が危惧していたのは、それだけではない。

「音楽というソフトパワーは非常に大事です。みんながこのひとつの星で一緒に生きていくためには、お互いの文化を尊重し合うことが欠かせません。だからこそ、政治によってその関係が揺らいだ時、「何も言わない」ことにも意味が生まれてしまう。これまでは、中国のお客さんも、『日本人も別に中国が嫌いなわけではないんだ』と感じてくれていたはずです。しかし、高市首相の発言でミュージシャンたちが一斉に沈黙してしまうと、『やっぱり日本の人は、中国のことを見下していたんだ』と思われるかもしれません。『それだったら』と、私は声を上げた」

クラシック音楽に裏打ちされた打ち込み

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(写真:矢島泰輔)

 春ねむりが「文化交流」という言葉を口にするのは、決して観念的な理由からではない。彼女自身、キャリアの早い段階から日本国外へライブの場を広げてきたミュージシャンだからだ。

 2018年に発表したファーストアルバム『春と修羅』は、ロックやラップ、ポエトリーリーディング、電子音楽などを自在に行き来する作品として、海外の音楽メディアからも注目された。

 アルバム発表の直前には台湾公演、そして翌年には香港、上海、北京、台湾を回るアジアツアーとヨーロッパツアーを敢行。その後も欧米やアジアを含む世界各地でライブを重ねてきた。

 そうした経験があるからこそ、国家間の対立によって音楽の往来が閉ざされていくことは、春ねむりにとって決して遠い出来事ではない。

 彼女の社会への違和感や怒りは、そのまま音楽にも流れ込む。

 昨年7月の参院選では、参政党のさや氏が東京選挙区で2位当選を果たした。その選挙演説をサンプリングして制作したのが「IGMF」だ。

 投開票日はライブだった。帰りの車の中でも選挙結果が頭から離れず、「サンプリングしちゃえ」「もう何か作ろう」と、ほとんど衝動のまま制作に入ったという。

「あれは『曲』だと思ってない。長いXのポストですね。選挙結果のショックが大きすぎたんです。『あれが66万票も』って(笑)。『もう、曲でも書かないとやってらんねーわ』という気持ちでした」

 もっとも、春ねむりの音楽は、社会への怒りをそのまま言葉にするだけではない。

 幼い頃からクラシックピアノを習い、高校時代にクリープハイプを見たことをきっかけにバンドに憧れた。しかし、周囲にはドラムやベースを演奏できる友人がいない。

 そこで目を向けたのが、打ち込みだった。

「ちょうど、その頃、サカナクションが一気に売れてきた時期で、『打ち込みという方法があるんだ』と知りました。私はシンセサイザーを持っていたし、簡易版のDAWソフトも付いていた。それで曲を作ってみたのが始まりだったと思います」

 大学に進学すると軽音楽サークルに入り、そこでフガジやマイナー・スレットなど、それまで知らなかったポストパンクやハードコアにも触れた。

 一方、ソロ活動を始めた春ねむりが最初に置かれたのは、そうしたロックの文脈とは少し異なる場所だった。

「この音が言いたいことは何なんだろう」

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(写真:矢島泰輔)

 在学中に「ラッパー・春ねむり」として活動を始め、数カ月後には『さよなら、ユースフォビア』を発表。だが、その呼ばれ方には当初から違和感があったという。

「最初に所属したレーベルがポエトリーラップと呼ばれるジャンルを扱っていたので、私も一応ラッパーという扱いだったんです。でも、自分としては『私、ラッパーなんだ?』みたいな(笑)。そこにはずっと違和感がありました。今の私はシンガーソングライターを自称しています」

 確かに、彼女のその後の活動を、ひとつのジャンルで説明するのは難しい。2022年に発表したセカンドアルバム『春火燎原』では、より激しく重層的なサウンドへと接近。作詞、作曲、編曲からトラックメイクまでを自ら担い、その時々で必要な音楽の形を選び取ってきた。

 ジャンルから出発するのではなく、作りたい音から作品を組み立てていく。その姿勢は現在も変わらない。

「メロディよりもオケ(伴奏)先が多いですね。まずオケを作って、『この音が言いたいことは何なんだろう』『このサウンドが持つべきテーマは何なんだろう』と考えることが多いです」

 そうして音と向き合い続け、ひとつの曲が形になるまでに何年もの時間を費やすこともある。

 2025年に発表した3枚目のフルアルバム『ekkolaptómenos(エコラプトメノス)』は、そんな春ねむりの制作方法が色濃く表れた作品だ。

 教会音楽を思わせる荘厳さと電子音、激しいビートが交錯する。その根底にあるのが、「神聖さとは何か」という問いだった。

「今の社会では、神聖さが法や秩序、権力に利用され、その構造の中に取り込まれてしまっています。しかし、本来それは、人間の尊厳そのものに宿るもののはずです。だとすれば、それを取り戻すためには、まず『社会の構造がどう機能しているのかを描かなければいけないんではないか』と考えました」

 収録曲「terrain vague」の原型となったワンループは、実に4年ほど前から存在していた。

「ずっとこの音を聴きながら、『これは何が言いたいんだろう』と考えていました。そのうち、答えが見つからないのは、『自分の世界の解像度が足りないからではないのか?』と思ったんです。そこで、書籍やインターネットで公開されている論文、エッセイを読み漁りました」

 そのなかで出会ったのが、都市の中で本来の役割を失い、取り残された曖昧な空間を指す「テラン・ヴァーグ」という概念だった。

「『あ、これだ』と直感しました。そこで、『構造に取り込まれ、その中で打ち捨てられていくものを描こう』と思ったんです。それは私たち自身のことでもあるし、人間という存在そのものでもあるからです」

「自由に踊る」ことも社会への抵抗

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(写真:矢島泰輔)

 政治への怒りを発信することも、都市や権力の構造について何年も考え続けることも、春ねむりの中では別々の行為ではない。目の前で起きていることを見過ごさず、それがなぜ起きているのかを考える。その先に音楽がある。

 アルバム終盤の「Symposium」では、その思考が「身体」へと向かう。

 ビートの強い曲がそろったアルバムを聴き返し、「これは結構踊れるアルバムだ」と気づいたことから、春ねむりは「そもそもダンスとは何か」を考え始めた。

「K-POPも好きですが、コレオグラフィー(音楽に合わせて動きや隊列を組み立てる振り付け)が前面に出すぎていると感じることがあるんですよね。みんなが決められた振り付けに合わせて動くという意味では、ある種、軍隊式にも見える。でも、そうではないダンスだって、もちろんダンスなんです」

 決められた振り付けを正確に再現するのではなく、それぞれが思い思いに体を動かす。彼女がその象徴として思い浮かべたのが、「レイヴ」だった。

「何にも縛られずに自由に踊ること、自由に体を動かすことを象徴するものというのは、私にとってはレイヴだったんですよね。だけど、『自由に動け!』と言われたからといって、人は簡単に自由に動けるわけではない。なんとか動こうとすると、自分の体というのは結構キモい動きをしてしまう(笑)。でも、そのキモさというのが『普段使っていない部分なのではないか? 通勤電車の中でいつも押し込めている部分なのではないか?』と思ったんです」

 社会の中で知らず知らずのうちに押し込めているものを、もう一度、自分の身体に取り戻す……。自由に踊ることもまた、彼女にとって、与えられた型や構造からはみ出すための表現なのだ。

 今年に入ってからも、野外フェスやサーキットイベントの出演、大森靖子やポップしなないでとのツーマンライブなど、精力的な活動を続けている。

 さらに現在、パレスチナ自治区ガザについて書いた楽曲も制作中だという。なぜ、春ねむりは社会で起きていることに声を上げ、それを音楽にし続けるのか?

 その根底には、自分たちが今、当たり前のように享受している自由や権利も、過去に誰かが声を上げ獲得してきたものだという感覚がある。

「発言してきた人たちがいたからこそ、少なくとも今、自分たちは参政権とかを得て暮らしているわけじゃないですか。自分は、過去の人たちが獲得してきたあらゆる権利のフリーライダーなんですよ」

 だから、自分が享受しているものを、そのまま享受するだけで終わらせたくはない。

「そのフリーライドできている特権を何に使うのか? それは、『これから先の人たちが、もっと良い権利にフリーライドできるようにすることしかないよね』と思うんです」

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春ねむり(はる・ねむり)
アナキストでフェミニストのミュージシャン。全楽曲の作詞・作曲・編曲を自ら手がけ、世界各地で100公演超の海外ツアーを敢行。『春と修羅』『春火燎原』を経て、2025年にはDIYかつアナーキーな表現の追求を掲げて自主レーベルを設立。最新作『ekkolaptómenos』を発表。
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Instagram〈@haru_nemuri

千駄木雄大

1993年、福岡県生まれ。出版社に勤務する傍ら、「東洋経済オンライン」にて「奨学金借りたら人生こうなった」、「ARBAN」にて「ジャムセッション講座」を連載中。著書に『奨学金、借りたら人生こうなった』(扶桑社新書)、原作を担当したマンガ『奨学金借りたら人生こうなる!?~なぜか奨学生が集まるミナミ荘~』(祥伝社)がある。

X:@yudai_sendagi

千駄木雄大
最終更新:2026/09/02 12:00