『Michael/マイケル』描かれなかった「不都合」の“真実” 伝記映画の「変遷」と新時代に求められるもの

伝説的なミュージシャンの「光」を浴びたいか、「影」を知りたいか――伝記映画に求めるものを考えさせられる試金石となりそうな映画『Michael/マイケル』が6月12日、全国公開される。
4月24日に全米公開、オープニング3日間の興行収入が9700万ドル(約155億円)と最高潮の滑り出しを見せた同作。マイケル・ジャクソンの半生を描き、伝記映画史上No.1 の特大スタートを記録した。日本でも、6月5日~7日のIMAX先行上映は3日間で興収約1億382万円と熱量は高い。
一方で、本国でも日本でも、取り沙汰されるのは世界を揺るがせた少年への性虐待疑惑が“完全スルー”という点だ。批評家を主とした“闇が描かれていない”という指摘は、新たな伝記映画への興味を刺激する。
批評家が「低評価」をつけるワケ
米レビューサイト「ロッテントマト」では、批評家スコアが39%、観客スコアは97%(6月10日時点)。この数字は作品をポジティブに評価した人の割合を示すため、批評家の6割が「支持しない」と表明したことになる。
もっとも、同サイトで批評家と観客の評が割れることは珍しくない。批評家は物語の重層性や多面的な人物像、社会問題への踏み込みを評価する生き物だが、観客は“楽しめたらいい”人も多いためだ。『ザ・スーパーマリオギャラクシー・ムービー』(4月24日日本公開)は、原作ゲームのオマージュを詰め込んだ結果、観客スコア88%に対し批評家スコアは42%と沈んだ。辛口の理由はストーリーやテーマ性の薄さだった。
さらに『マイケル』の場合は、複雑な事情が絡み合う。NY在住の映画ライターで、映画情報サイト「Cinema Daily US」を運営する細木信宏氏が、「伝記映画」のあり方の変遷とマイケルを取り巻く環境を俯瞰する。
伝記映画の潮目を変えた『ボヘミアン・ラプソディ』

実在の人物の生涯を題材とする「伝記映画」。最近では、原子爆弾の開発を指揮したJ・ロバート・オッペンハイマーを取り上げた『オッペンハイマー』(2024)、19世紀に活躍した興行師P.T.バーナムの生涯を追う『グレイテスト・ショーマン』(2018)、天才物理学者スティーブン・ホーキングの半生を描く『博士と彼女のセオリー』(2015)などがある。
そんな伝記映画の評価は、「見る人が『何を求めているか』で分かれる」と細木氏は指摘する。歴史上の重要な人物の生涯を思慮深く写実した物語か、創造的な才能に対する心理的な考察か。あるいは、単に創造された作品の数々に浸る機会か。
映画界で商業主義が加速するなか、ジャンルのあり方を変える潮目となったのが『ボヘミアン・ラプソディ』(2018)だ。ロックバンド「クイーン」のリードシンガー、フレディ・マーキュリーの伝記映画で、全世界の興収は約9億1100万ドル。ミュージシャンの伝記映画でそんなに稼げるのかと業界の内外で驚きを呼んだ。ちなみに現時点で伝記映画史上最高興収は『オッペンハイマー』の約9億5200万ドルで、5月末時点で『マイケル』の全世界興収は8億を超えたというから、記録を塗り替えるのは必至だろう。
「長らく伝記映画はアーカイブ的な作品が主流で、歴史的背景を辿ったり、人間性を掘り下げたりするのが王道でした。それが『ボヘミアン─』の成功により、興行面でも結果を出したい欲が出てきた。そうなると、構成自体に変化が生まれます」(細木氏、以下同)
(以下、『ボヘミアン・ラプソディ』本編の重要なネタバレを含みます)
『ボヘミアン─』は、史実が大幅に改変された。フレディは1980年代半ばにHIVに感染し、1991年に45歳で逝去。作中でフレディは、終盤でクイーンが出演するフェス前になって初めて、メンバーにHIV感染を告白する。しかしメンバーであるブライアン・メイとロジャー・テイラーが明かしている話によれば、実際には「フェス後」だったという。
その他、フレディのトレードマークである口ひげを蓄えた時期やメンバーの加入タイミングなど、随所にアレンジが加えられた。ライブの盛り上がりを最高潮に見据えた改変で、メイやテイラーは了承したが、熱心なファンや批評家からは否定的な意見が上がったものだ。一方で、フレディやバンドの背景に知識が乏しい人にとって「改変」の是非に意味はない。単純にエンタメとして楽しめる内容は、むしろ大いに受け入れられた。
「伝記映画でも、描き方によって新しいファンを取り込めることが示された。これにより、伝記映画はアーティストの楽曲を宣伝しつつ、そのレガシーを確固たるものにする手段に変容してきました。亡くなって長年経った人だけでなく、現役でもキャリアの終盤に差し掛かるミュージシャンが、新たな息吹と継続的な関心を吹き込み続けるべく、自身の伝記映画の制作を有名監督に持ちかけるケースも増えています」
実際『ボヘミアン─』以降、『ロケットマン』(2019)エルトン・ジョン、『エルヴィス』(2022)エルヴィス・プレスリー、『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』(2024)ボブ・ディラン等、世界的に名を馳せたミュージシャンの人生が片っ端から映画化されている。『マイケル』も、そうした時流の中で制作された。
『マイケル』で、“影”が「完全スルー」された事情

ただ制作陣を悩ませたのは、マイケルの性的虐待疑惑があまりにも複雑な問題だったことだ。
マイケルには1993年、2005年に騒動となった2度の児童性的虐待疑惑がある。これらはすでにドキュメンタリー映画『ネバーランドにさよならを』(2019)で言及されたほか、6月3日から配信開始したNetflix『マイケル・ジャクソン:ザ・バーディクト』でも2005年の裁判が取り上げられている。
そして映画『マイケル』は、マイケルの兄弟グループ『ジャクソン5』から始まり、1988年の『Bad』ツアーで幕を閉じる。最初の告発前までという作りは、都合の悪い闇にフタをしたように見えるが、実はこれには「事情」がある。
「当初の脚本は、マイケルが1993年、13歳のジョーダン・チャンドラーへの性的虐待で告発された後、警察が彼の邸宅『ネバーランド』(※1988年完成。ここで性的虐待が行われたといわれている)へ踏み込む場面から始まるものだったといいます。そこから遡る形で、マイケルのキャリアと私生活における浮き沈みの描写を経て、チャンドラー家による訴訟へと再び繋げる構成になっていたとのこと。
当然そうした内容は事前に家族へ伝えているはずで、児童性的虐待疑惑が含まれることは、家族側も受け入れていたと思われます。ところが撮影終了後、ジャクソン・エステート(遺産管理団体)側の弁護士が、1993年、マイケルを告発した一人との和解合意書に“いかなる映画においても彼について言及しない”との条項が含まれていることを発見したため、事態が変わったようです」
告発があった当時、マイケルは疑惑を否定しつつもチャンドラー家に和解金2000万ドル~2500万ドルを支払ったと報じられた。だからといって、世間は“なかったこと”にはしていない。マイケルを語るうえで、これらの事件は避けて通れない話であることは明白だ。
「製作サイドがマイケル側の視点に立つあまりに告発者の観点から捉えられておらず、(確認が)後手に回った気はします。ただ条項を守るべく告発者の名前を伏せるとなると、撮影済みの映像でも使えない箇所が出てくる。そこで元々3時間以上にわたる長編でしたが、性的虐待疑惑部分はすべてカット。結局家族側が1500万ドル超を払うことで再撮影が行われ、当初の公開予定日(2025年4月18日)から2度の延期を経て、最終的に127分の映画となりました」
なお複数の米映画メディアによれば、製作陣は今回日の目を見なかった映像の一部を活かしながら、新たに続編を制作する可能性を示唆しているという。ともあれそうした背景により、焦点はマイケルの輝かしい“光”に絞られた。
「幼少期からスターダムに駆け上がるまでをあっさり描き、いわゆるマイケルの音楽ファンに合わせた構成にしたことで、ファンを喜ばす光沢がありながらも、重厚な内容を好む批評家からは“無機質な作品”と評価されているようです。
もちろん、遺族や関係者が納得しなければ音楽やイメージの権利を差し戻されかねず、有名な楽曲を全く使えない伝記映画ほど悲惨なものはない。とはいえ、マイケルの美しいイメージを損なう可能性がある、ありとあらゆる“騒音”を遮断したことで、苦悩に満ちた人間性への踏み込みに物足りなさを感じる声はあります」
実の甥、ジャファー・ジャクソンの圧巻ステージは必見

それでもマイケル役を演じた実の甥・ジャファー・ジャクソン(29)には、批評家らも手放しの賞賛を寄せる。
「ジャファーはマイケルの兄ジャーメイン・ジャクソンの息子。ルックスや声はもとより、2年間過酷なレッスンを積んだダンスは、ハリウッドが作り得る限り最高の説得力を持っているとして、物語性には疑問を呈する批評家も高く評価しています。作中、数々の名曲で魅せるジャファーのパフォーマンスは圧巻で、マイケルのスタイルや颯爽とした立ち居振る舞いのイメージを存分に堪能させてくれます。“キング・オブ・ポップ”のファンなら心を突き動かされる演出の数々もあり、楽しんで見られるでしょう」
細木氏が、3つの見所ポイントを挙げる。
「1つめは『ジャクソン5』時代の兄弟との関係性。2つめは『ジャクソン5』から独り立ちする上での父親との関係性と葛藤。3つめは、やっぱりステージでの圧倒的なパフォーマンスですね」
兄弟や父親との確執を導入に、作中に登場する楽曲は27曲。『ジャクソン5』時代のマイケルを演じたジュリアーノ・クルー・ヴァルディとジャファーが、奇跡のような再現性と新たな光で「マイケル・ジャクソン」というポップスターの、ポップスターたる魅力を堪能させてくれるのは確かだ。今に生きる彼らを通してステージに生きたマイケルの呼吸を感じる時、また新たな「伝記映画」の1ページが刻まれようとしている。

『Michael/マイケル』
監督:アントワーン・フークア
脚本:ジョン・ローガン
製作:グレアム・キング、ジョン・ブランカ、ジョン・マクレイン
出演:ジャファー・ジャクソン、ジュリアーノ・ヴァルディ、コールマン・ドミンゴ、ニア・ロング、ケンドリック・サンプソン、マイルズ・テラー、ローラ・ハリアー他
6月12日(金)より全国公開
配給:キノフィルムズ
https://www.michael-movie.jp
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(取材・文=町田シブヤ)