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『金ロー』を独自視点からチェックする!【97】

よくできた“縮小”された宮崎駿ワールド 米林監督『借りぐらしのアリエッティ』

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映画『借りぐらしのアリエッティ』(スタジオジブリ公式HPより)

 今年の夏もまた「ジブリまつり」がやってきました。『金曜ロードショー』(日本テレビ系)では、3週連続でスタジオジブリの人気アニメを放送します。

恐竜より怖い研究者

 第1週となる8月7日(金)は、米林宏昌監督のデビュー作となった『借りぐらしのアリエッティ』(2010年)です。興収92.6億円を記録しています。

 ジブリの次世代エースとして期待されていた米林監督ですが、2015年に「スタジオポノック」を立ち上げて独立しています。結局のところ、ジブリは後継者不在のままです。

 なぜ、ジブリは後継者選びに失敗したのか? 『借りぐらしのアリエッティ』の見どころと併せて、探ってみましょう。

すったもんだしたジブリの後継者選び

 スタジオジブリといえば、高畑勲監督と宮崎駿監督という日本アニメ界の二大巨匠のために、1985年に設立されたアニメーションスタジオです。宮崎駿監督の『千と千尋の神隠し』(2001年)はアカデミー賞長編アニメ賞を受賞、高畑監督の『火垂るの墓』(1988年)は戦争アニメの金字塔として今なお話題を集め続けています。

 日本が世界的なアニメ大国となったのは、ジブリの存在が大きかったことは間違いありません。しかし、『千と千尋の神隠し』が国内興収300億円超えという新記録(当時)を打ち立てて以降は、ジブリは次第に下り坂をたどることになります。

 後継者探しを焦った鈴木敏夫プロデューサーは、宮崎駿監督の息子で「三鷹の森ジブリ美術館」の館長を務めていた宮崎吾朗に白羽の矢を当てます。アニメ制作未経験の吾朗監督が起用された『ゲド戦記』(2006年)は、原作者のアーシュラ・K・ル=グウィンを怒らせる騒ぎになりました。

 すったもんだあったジブリが、社員アニメーターの中から新たに後継者に選んだのが、1973年生まれの米林監督でした。宮崎駿監督の『崖の上のポニョ』(2008年)では、人魚のポニョが大波を駆けてやってくる場面を任されていたことからも分かるように、アニメーターとしての腕前は一流です。

 監督になりたいという強い意欲はなかった米林監督でしたが、夏休み興行を担う大作アニメ『借りぐらしのアリエッティ』の監督に抜擢されます。

人間の足元で暮らす小人たちの物語

 米林監督の監督デビュー作となった『借りぐらしのアリエッティ』は、英国の児童文学『床下の小人たち』(岩波書店)が原作です。企画・脚本には宮崎駿の名前がクレジットされています。日本を舞台に脚色された物語は、こんな感じです。

 人間の屋敷の床下で暮らす小人のアリエッティ(CV:志田未来)は14歳の誕生日を迎えました。父親のポッド(CV:三浦友和)に引率され、「狩り」へと向かいます。人間の生活エリアから角砂糖とティッシュペーパーを少しだけ失敬するというものです。アリエッティたち一族は、人間に気づかれないよう「借りぐらし」生活を代々送ってきたのです。

 人間に見つからないようにこっそりと「狩り」をしていたのですが、屋敷で暮らし始めて間もない人間の少年・翔(CV:神木隆之介)にアリエッティは姿を見られてしまいます。人間に存在を知られては、借りぐらしを続けることはできません。

 母親のホミリー(CV:大竹しのぶ)とポッドは話し合い、住み慣れた屋敷の床下を出て、新しい借りぐらし先を探すことになります。アリエッティが翔に「私たちに干渉しないで」と頼みに行ったことから、ふたりの間で束の間の交流が始まるのでした。

アトラクション感覚で楽しめる宮崎駿ワールド

 見どころとなるのは、やはり映画前半にあるポッドとアリエッティが「狩り」に向かうシーンでしょう。経験豊かなポッドは両手にガムテープを貼り付け、スパイダーマンのようにペタペタと机の脚を登っていきます。

 見慣れたはずの家の中が、アリエッティたち小人の目線からは宝物に満ちた冒険の世界に映るわけです。こうした日常と幻想が溶け合ったファンタジー世界は、ジブリのお家芸です。

 また、小人視点で描かれた『借りぐらしのアリエッティ』は、ミニチュア化された宮崎駿ワールドでもあります。アリエッティがダンゴムシと遊ぶシーンは、来週放送の『風の谷のナウシカ』(1984年)の王蟲の幼虫を思わせます。屋敷で飼われている猫のニーヤは、アリエッティから見ると『もののけ姫』(1997年)の巨大な山犬のようです。

 ジブリアニメを観て育った世代が、まるで宮崎駿ワールドで遊んでいるような感覚になります。ジブリファンなら安心して楽しめる作品です。新人監督として十分に及第点をもらえる仕事ぶりを、米林監督は見せています。

 と、褒めるのはここまで。以降はジブリの後継者育成が実らなかった要因についてです。

自身の「借りぐらし」を認めた米林監督

 これは『借りぐらしのアリエッティ』を完成させた後の米林監督が認めていることですが、米林監督自身が劇中の小人たちのようにジブリの中で借りぐらししている状態でした。

 米林監督がオファーを受けた時点で、すでに宮崎駿監督の手による脚本とイメージボードが用意されていたそうです。宮崎駿というアニメ界の大巨人の手のひらの上で、米林監督はデビュー作に向き合っていたことになります。

 新人監督としては及第点に達していた米林監督ですが、やはり宮崎駿、高畑勲レベルの演出には及びません。アリエッティの母親のホミリーは大騒ぎするだけのキャラとなっており、屋敷に住み込みで働く家政婦のハル(CV:樹木希林)は単純な悪役にとどまっています。アリエッティと翔以外は、物語を動かすための存在で終わっています。サブキャラの演出までは手が回らなかったのでしょう。

 米林監督も、これでは本当の監督デビューとはいえないという気持ちがあったのだと思います。自分から企画を提案し、監督第2作『思い出のマーニー』(2014年)を撮っています。宮崎駿監督は『思い出のマーニー』にはノータッチでした。

宮崎駿の「親心」は逆効果だった?

 近藤喜文監督の監督デビュー作『耳をすませば』(1995年)も、宮崎駿監督が脚本と絵コンテを用意した上で、近藤監督に演出を委ねた形となっていました。

 宮崎駿監督は自分がこれまでのキャリアで培ってきたものを、次の監督にも受け継いでほしいという「親心」から脚本やイメージボードなどを用意し、口も挟んでいたのでしょうが、そうした厚意は宮崎駿作品のミニチュア版しか生み出すことができなかったように思うのです。

 近藤監督はオリジナル色のある監督第2作を考えていたものの、1998年に47歳で亡くなっています。

 宮崎駿監督が「アニメは理想の世界を描くべき」と苦言を呈したことで有名なTVアニメ『海がきこえる』(1993年)のように、若いスタッフがもっと自由に挑戦できる機会を与え続けていれば、ジブリの未来は変わっていたかもしれません。

 後継者を育て切ることができないまま、ジブリは2014年に制作部を解体。米林監督らは「スタジオポノック」を作って、新しい冒険へと向かうことになります。

「借りぐらし」に込められたテーマ性

 その後の米林監督は「ポノック」で『メアリと魔女の花』(2017年)を撮っていますが、やはりジブリっぽい冒険ファンタジーとなっていました。ジブリ育ちなのだから、当然といえば当然でしょう。『この世界の片隅に』(2016年)の片渕須直監督は、若い頃に宮崎駿監督と高畑勲監督のもとで働いており、いちばんジブリの伝統を引き継いでいる職人的監督だと思います。

 細田守監督は宮崎駿監督の『ルパン三世 カリオストロの城』(1979年)に感激して、アニメーターを目指すようになったことが知られています。庵野秀明監督が『シン・風の谷のナウシカ』を撮るのかどうか、気になっている人も多いのではないでしょうか。

 宮崎駿監督がたびたび描いてきた「世界の滅亡」というモチーフは、新海誠監督が自己流に解釈して受け継いでいると言ってもいいかもしれません。

 ジブリ作品の影響を受けていないアニメーターは、まずいないと思います。言ってみれば、みんな「借りぐらし」しながら生きているんだと思うんですよ。宮崎駿監督も大塚康生さんの描くキャラクターを、ちゃっかり自分のものにしたわけですし。

 もっと言えば、アニメーターに限らず、この地上で生きている人間はみんな、地球という生態系の中で「借りぐらし」している生き物です。

 宮崎駿監督がこの企画を引っ張り出してきたのは、そんな想いがあったからじゃないですかね。「借りぐらし」していることを自覚して、慎ましく生きていければ、今の時代はそれだけで御の字ですよ。

『モアナと伝説の海』に見る宮崎アニメの影

(文=映画ゾンビ・バブ/映画ウォッチャー)

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映画ゾンビ・バブ(映画ウォッチャー)。映画館やレンタルビデオ店の処分DVDコーナーを徘徊する映画依存症のアンデッド。

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最終更新:2026/08/07 12:00