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『トイ・ストーリー5』シリーズ最速興収100億超え 『4』のトラウマから7年、「否定」派をねじ伏せた説得力

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『トイ・ストーリー5』好調&高評価、興収100億射程圏内へ 『4』のトラウマ「否定」派をねじ伏せた説得力の画像1
映画『トイ・ストーリー5

『トイ・ストーリー5』(2026)が、7月3日に日本で公開されて1か月。好調をキープしたまま8月に突入し、ピクサー史上最速で国内累計興行収入が100億円を突破した。

 本作は実写を含めた洋画オープニング史上歴代No.1というロケットスタートを切った後、公開11日間で興行収入50億円、同34日間で興収約100億9633万円を記録。100億円突破までのスピードは、ピクサー・アニメーション作品および『トイ・ストーリー』シリーズとして史上最速の快挙だという。そして、驚異的な勢いとともに渦巻く高評価の声は、数字の好調ぶりを超えて意義が大きい。なぜなら、ファンにとっては『4』が“トラウマ”だったから――。

「YouTube×映画」の可能性

 日本で1996年に第1作が公開されてから30年。大団円を迎えた『3』(2010/興収108億円)から9年越しで公開された『4』(2019/興収100億円)はアカデミー賞長編アニメーション賞に輝き、興行的にも成功した。一方で、ウッディが自分の幸せのために持ち主(子ども)やバズたちと別れる結末をめぐって、ファンの評価が大きく割れた。

『4』公開当時、ネットでは〈生き方を問う物語〉と支持する声も一部でありつつ、〈世界観をぶち壊す最悪のラスト〉〈『3』で終わるべきだった〉など、“余計な続編”だとする批判が止まなかった。そうした経緯から、『5』の公開前にも、シリーズに思い入れが強いファンほど拒否反応を示したのだ。

 ところが、ふたを開けてみれば〈これぞトイ・ストーリー〉〈大好きなシリーズが帰ってきた〉と肯定的な声が目立つ結果に。いったい『5』の何が再びファンの心を揺さぶり、シリーズを完全復活へと導いたのか。映画評論家・前田有一氏とトイ・ストーリー史を総括しながら、その理由をひも解く。

「きれいに終わったのに…」“蛇足”と呼ばれた『4』のトラウマ

 まず、『3』までのストーリーをざっと振り返ろう。『1』はウッディとバズが出会い、衝突を乗り越えながら友情を育む物語。『2』では、ウッディがいつか持ち主に遊ばれなくなる未来を知り、葛藤の末に変化と向き合う。そして『3』で、ウッディたちは成長した持ち主との別れを受け入れる。

 前田氏は、「『3』で、ウッディとアンディとの物語はこれ以上ない形で完結した」と語る。当時リアルタイムで見ていたファンも、あまりに綺麗な終わり方に寂しさを覚えつつ、シリーズの“結末”を受け入れた。子どもは成長とともに自身の世界を広げるものだから、仕方ない……と理解、なんとか納得したものだ。

 ところが、わずか4年後の2014年に『4』の制作が発表。前田氏は、当時ファンの間で「蛇足では」と、戸惑いの空気が流れていたのは事実だと指摘する。『4』で長編監督デビューを飾ったジョシュ・クーリー監督も、制作を打診された時を述懐するインタビューで

〈「え!? どうして?」と思いました(笑)。3作目がフィナーレだと思っていましたし、私も『トイ・ストーリー3』の結末が大好きでした。あれ以上のものができるとは思っていなかったんです〉(『リアルサウンド』、2019年7月12日)

と語っていた。ただ監督は、シリーズ全作の原案者であるアンドリュー・スタントンが『3』の頃から続編のアイデアをあたためていたことを知り、新たな環境でウッディの物語を進められると確信、制作を決意。だが、いざ公開されるとファンからは「そんなの見たくなかった」と言わんばかりに、バッシングが紛糾した(当然、想定内だっただろうが)。

「ネガティブに捉えている人は、『こんなウッディは見たくなかった』という忌避感に尽きるでしょうね。ウッディは子どもの元でずっと暮らすのではないのか、その哲学はどこにやったんだと。ただ、SNSではそういう意見が強いように見えますが、実際はアメリカの大手映画レビューサイト『ロッテン・トマト』では批評家、観客ともに90%以上の人が好意的な反応を示していて、データ上ではきちんと高く評価されているんです」(前田氏、以下同)

 そんな『4』について前田氏も、制作発表時は「今さらなぜ?」と驚いた一人。しかし公開されると、自身が運営する『超映画批評』で90点(100点満点)をつけ、〈よくぞあの完璧な「3」にこれほどの続編を作り上げた〉と絶賛した。

ウッディの人生は、『3』の“先”にも続いていく

 同シリーズが30年の間もなお世界的な人気をキープしているのは、子ども向けのおもちゃ映画であると同時に「社会的なテーマをメタファーとして持たせているから」だと前田氏は言う。たしかに『トイ・ストーリー』の世界ではおもちゃが動いたり喋ったりするが、いつしか自分たちは“役割”を終えるというシビアな現実から逃げてはいない。そうした現実に子どもの頃は気が付かなくても、大人になって見返すと新たな気づきや感動があるのが『トイ・ストーリー』なのだ。

「たとえば『3』。プロットが発表された2009年当時のアメリカはリーマン・ショックの後で、失業した人、職場を追われた人が社会問題になるぐらい多かった。そんな時代に発表された『3』は、良き雇用主だったアンディが大学生になり、ウッディが職場を追われることになるという物語でした。

 僕の解釈では『トイ・ストーリー』は、労働者のたとえになっている映画です。『3』でウッディは、アンディからボニーという新しい雇用主に紹介される。世界中の先進国で終身雇用が崩壊するなか、自分の意図に反して予期しない運命が訪れるということ、でもその先にも希望はあるというメッセージが隠されている」

 世間から「蛇足」だと言われてもなお『4』が作られたのは、アンディの関係が終わってもウッディの人生は続いていくからだ。『4』で描かれたのは、『3』の世界の“先”だった。

「第二の人生をどう生きるか、という悩みへの希望に繋げるものとして誕生したのが『4』でした。でもウッディにとって、ボニーという新たな職場はあまりよくなかった。愛されなくなり、むしろ邪険にされた。職場環境がアンディ家より確実に悪くなったんだけど、ウッディは腐らず、子どもを喜ばせるというプロ魂をまっとうしようと努力する。

 最後には、ウッディが自分の最大の武器であり、生命線である『ボイスボックス=声』を手放し、ボニーの元を去る決断をします。つまり、『4』は仕事を“引退”する男の話。一人の人生を描くものとして、『4』でウッディの物語が完全に終わったんですよね。つまりこのシリーズの“一旦完結”は『3』ではなく、『4』だということです」

『5』が正面から向き合った「おもちゃ」と「デジタル」

 前田氏は「『トイ・ストーリー』の新作には、必ずその時代に発表される意味がある」と語る。まさに、『5』では現代特有のテーマが取り上げられた。

「デジタルデバイスによって変わりつつある子育ての形や、子ども同士の関わり方を示したのが『5』ですよね。デジタルデバイスは、『3』の時にはまだ現実世界に浸透していなかったもの。オンラインコミュニケーションが爆発的に広まったのも、『4』以降、コロナ禍がきっかけです。

 タブレットを手にした途端、中毒になる。画面の向こうにいる友達との人間関係に心をすり減らす。チャットで仲間外れにされて悩む──『5』における子どもの姿は、子育てをしている・いないに関わらず、大人なら『今の子はこうだろうな』と想像がつくものです。子どもでも、中高生ぐらいなら『わかるわかる』と思うはず。その意味で、『4』よりも『5』の方が万人に共感されたのでしょう」

 ウッディの物語は『4』で完結すると同時に、おもちゃが子どもにとって“唯一の相棒”である時代の終焉も示し切った。だからこそ、『4』に続く世界線を見せんとする『5』では、新たな主人公が必要になる。そこで白羽の矢が立ったのが、ウッディの妹分でボイスボックスを持つカウガール人形・ジェシーだ。

「ジェシーは『2』で、持ち主に捨てられたトラウマを抱えたキャラクターとして登場。作中でウッディとの関わりを通じて、アンディ家のおもちゃになることを選びました。『5』冒頭時点では、その悲しい過去を引きずったままです。

 ウッディは『1』でバズ・ライトイヤーという、自分を脅かす存在との葛藤を経験し、『4』で職場を追われているので、関係性には必ず終わりがあることを知っていた。でもジェシーは、タブレットによっておもちゃの時代が終わるとか、女の子の興味がおもちゃからコスメや美容に移るということがなかなか受け入れられない。そんな“諦められない”キャラを主人公に据えるというのは良いアイデアでした」

変化の激しい時代に、『トイ・ストーリー』が示す勇気と冒険

『5』は、これまでよりもさらに深刻な現実を炙り出す構成でもあった。「我々はどんなに抗っても、不可逆な時代の真っ只中にいるという事実」(前田氏)だ。

 もちろん時間の流れが不可逆であるのは周知の事実だが、驚異的な加速度をもってデジタル技術が発達し、昨今ではあれよあれよという間にAIが生活に馴染み始めている現代。どんなに「このままでいいのか」「これでいいのか」と疑問に思うことがあったとしても、大きな力が渦巻くなかでは、それに飲み込まれざるを得ないのが現実だ。いくらアナログを愛していても、日常に入り込むデジタルを便利に使うようになると、もうそれなしの生活に戻れないように。

 これまでは、子どもの「成長」がおもちゃのライバルだった。が、デジタルガジェットの登場は、子どもの成長を待たずして子どもを奪う。『5』は、そのリアルと切ない未来を隠さない。

「リリーパッドというデジタルガジェットが登場し、アナログおもちゃと当初は対立しますが、『子どもたちを思う』心は同じだということが丁寧に紡がれていく。誰かを悪く言っても問題は解決しない、共存することが大切なのだと暗喩され、最終的にボニーはアナログのおもちゃが好きな女の子(ブレイズ)と出会ってお人形遊びをする。ガジェット好きの隣に住む双子も加わります。綺麗なハッピーエンドですが、結局、遠からぬ将来、子どもたちがおもちゃを卒業することは避けられません」

 ジェシーも、ボニーといずれ離れるだろう。その日は想像以上に早く訪れるかもしれない。それでも、離ればなれになることはすべての終わりではないと、ジェシーは少しずつ気づきと勇気を得ながら“成長”する。その過程に、けして「諦め」はない。

「結局ボニーたちもタブレットやPCを触らざるを得ない生活が中心になるでしょう。一時的にチャットを止めようが、電源をオフにしようが、デジタルに子どもたちが奪われるという問題は根本的に解決しないし、できない。対処療法しかありません。二度と必要とされなくなるのは、切ないことです。ラストシーンでボニーたちが一緒に遊んでくれたことは、終わりの延長にすぎないかもしれない。

 でも、本編ではジェシーのトラウマを解消する展開が用意されています。たとえ持ち主に離れられても、一緒にいた時間が消えることはなく、人間の記憶に『残る』だろうと。悲劇にはせずに、あたたかな幸福感で包んで、前を向かせてくれる。その構成が、すばらしいバランスだなと思います」

 未来なんて誰にもわからないし、抗えないこともたくさん降りかかってくるに違いない。でも、一歩踏み出す勇気と、踏み出したことで見える世界があることを、今この瞬間だけでも感じさせてくれる。その説得力の高さが『トイ・ストーリー』らしさであり、シリーズを重ねながらヒットし続ける秘訣だろう。

“動物目線”映画が続々…

(取材・文=町田シブヤ)

町田シブヤ

1994年9月26日生まれ。お笑い芸人のYouTubeチャンネルを回遊するのが日課。現在部屋に本棚がないため、本に埋もれて生活している。家系ラーメンの好みは味ふつう・カタメ・アブラ多め。東京都町田市に住んでいた。

X:@machida_US

最終更新:2026/08/07 22:00