「小学生の課題」「災害レベル」酷すぎて逆に大フィーバーの中国CGアニメ『牛来』、興収8万円→12億円 背景にある“中国ノリ”

玉石混交の映画界。古今東西、「クソ映画」は話のネタとなってきたが、2026年の急先鋒となっているのが中国産のアニメ映画『牛来(ニウライ)』である。
母と息子の二人三脚で作った地味な映画は、何の宣伝もないまま8月5日、中国の一部映画館で限定公開され、初日の興行収入はわずか約3400元(約8万円)。“大爆死”にもほどがあるとしか言いようのないスタートを切った。見た人曰く、何もかもが驚くほど低レベル。9日間の累計興収(前売りを含む総合興収)は約7169元(約17万円)、観客数はたった236人だったという。14億人の人口を擁する大国で、である。
ところが8月14日、こうした評価と数字が中国版X「微博(Weibo)」に投稿されると、「そんなに酷いなら見てやろう」と大フィーバーが起きた。
中国の映画プラットフォーム「猫眼(Maoyan)」によれば、8月15日に28万元(約660万円)、8月16日には250万元(約5900万円)と、1日ごとに一桁増という爆発ぶり。公開初期、全国での上映館数は約30館にとどまっていたが、SNSやネット上での話題沸騰に伴い追加上映館が続出した結果、ピーク時には全国1000館以上(8月15日には1140館に到達)にまで膨れ上がった。
さすがにそんな急展開を予期していなかった配給側では、映画館に貼ってもらうポスターの用意が全然間に合わない。ならばと各地のスタッフが手描きのポスターを掲出、せっせと集客に務めると、17日に1470万元(約3億5000万円)まで跳ね上がり、もうメチャクチャ。23日には興収4280万元と、ついに10億円を突破した。26日現在、伸びは落ち着いているものの興収5086万元(約12億円)に達している。
SNSやレビューサイトには、〈PPT(PowerPoint)アニメ〉〈災害レベルの画質〉〈セリフは支離滅裂だし、ストーリーは信じられないほど退屈で、本当にイライラした〉など、“いかに呆れたか”をつづる言葉が容赦なくズラリ。一方、〈これこそが黄昏の時代の真の吟遊詩人である〉〈中国アニメーションの新たな金字塔〉〈実に痛快な復讐劇だ〉等々、面白がって(皮肉も込めて)高評価をつける声もあり、中国最大級の参加型映画レビューサイト「豆瓣(Douban)」では★5と★1がきれいに真っ二つとなっている。
水墨画調のポスターと本編CGとのギャップもツッコミどころで、話題が話題を呼び続ける中、監督の出自を含めた噂話や二次創作も拡散中。一体、中国で何が起こっているのか。
なぜ、これが上映できたのか… 現地事情を取材

上映時間86分、製作期間は5年間。SNSのミラクルから壮大な一大ムーブメントとなっている本作を手がけたのは、内装工事やBIM(ビルディングインフォメーションモデリング)を本業とし、2021年から映像業界に参入した信雨萌(シン・ユーモン)さんと母親の孫麗芳(スン・リーファン)さん。監督を務めた信さんはモデリングからアニメーション、編集といった制作工程全般、母・孫さんは脚本、音響、女性キャラの声、エンディング曲の歌唱などを担当した。
ストーリーは、母牛に守られて過ごす臆病な子牛「牛来」が、夢の中でヒバリとともにさまざまな試練を乗り越えながら成長するという内容……ではあるのだが、その構成は崩壊、キャラデザのセンスの無さやCG映像の粗さ、動きの硬さも相まって、〈小学生の課題?〉〈2026年のアニメとは思えない〉など、その制作環境に首をかしげるような声も多い。
なお、大手エンタメサイト「フェニックス・エンターテインメント」は、監督が公開前夜に出演したラジオ番組でのインタビュー内容を紹介している。「起業家の声」をコンセプトにした番組で、監督は母親から金銭的な支援を受けたことや、使用機材のほとんどは家庭用パソコンで済ませたこと、モデリングは建設業界で使われているソフトを活用したことなどを明かしたという。タイトルの『牛来』は、映画の準備を開始した2021年が丑年で、また父親が丑年生まれであることから、幸運を祈って名付けたそうだ(中国では、「牛」=最強、幸運といった意味のスラングとして使われる)。

残念ながら、今のところ日本で本作を上映する映画館はないが、噂が噂を呼び、海を渡って密かな話題になる中では、そもそもなぜ上映できたのかという疑問の声も少なくない。現地ならではの“事情”やムーブメントを、中国の社会情勢や文化について発信している「上海在住のえいちゃん」氏に詳しく聞いた。
では、気になるところから。中国ではどんな映画でも「上映」できてしまうのか。
「中国の国産映画については、年間上映本数に上限は設けられていません。ただし制作チームの規模にかかわらず、法的要件と市場的要件という2つのハードルをクリアする必要があります。
まずは映画審査に通り、国家電影局から公映許可証(通称「ドラゴンマーク」)をもらい、技術審査をパスすること。チェックポイントは“法的”にセーフなのか、また技術面では音や字幕など上映にあたって問題がないかを確認するだけで、作品の質に関しては評価対象ではありません。そしてもう一つのハードルは、映画館に、その映画で“稼げる”と判断してもらうことです」(「上海在住のえいちゃん」氏、以下同)
『牛来』について、配給会社は公開中止を説得しようとしたものの、監督の強い熱意により劇場探しが行われたとの報道もある。“ものは試し”と思った酔狂な映画館が結果的に大儲けとなっているのだから、作品の運命はわからないものだ。
背景に「テンプレ」に飽きた中国若者の映画離れ

本作公開10日目以降の激震は前述したとおり。バズる前までの興収17万円からあっという間に5億円、10億円という急伸は中国市場のパワーを感じざるを得ないが、それにしてもビッグウェーブ過ぎないか。
「中国人はお金の匂いに敏感なので、“これは儲かる”と嗅ぎつけると、そのスピード感は驚異です。儲けたい映画館がウチもウチもと上映を始め、そこに人が詰めかけて、またバズる。それが超短期間の間に繰り返され、数字に表れているということですね。
SNSで話題→大儲けの流れとしては、今年4月30日に公開された『おばあちゃんへのラブレター』という映画も同様です。約1400万元(約3.3億円)という低予算のインディーズ系映画ながら、作品の質がいいと評判になり、8月1日時点で累計興収20億元(約473億円)超という大逆転ヒットとなっています」
……質の良さで大逆転はまだわかるが、「質の低さ」で大逆転とはこれいかに。「上海在住のえいちゃん」氏は、「テンプレに飽きた」という心理の裏返しではないかと話す。
「近年よくいわれているのは、若者の国産映画離れです。大きな理由として、中国映画のイメージともいえる“大作”に飽き飽きしていることが指摘されている。愛国色の強い定番作品、現実感のないストーリー、説教臭い内容、美男美女だけを並べた演出などで、お手軽な続編にもうんざりというわけです。
そんな若者の間ではAIショート動画が台頭してきたものの、結局はこちらも端正なルックスの美男美女、お決まりの復讐劇や成功のストーリー、スカッとする演出といったテンプレまみれなのが実情。新しいものに飢えていたという深層心理はあると思います」
「参加型イベント」としての急速な消費

豪華俳優陣、巨額の製作費、刺激的な映像美を誘い文句にする作品は“お腹いっぱい”だった層が、まるで30年前のような低レベルCGアニメに食いついた。並行して、本作のタイトル『牛来』は前述「牛」=最強、幸運というスラングのもと、「強気相場が到来する」とも解釈できることから、“見る縁起物”として株式市場でミーム化。個人投資家たちの耳目を集めるところとなった。
ちなみに中国の映画鑑賞料金は劇場によって異なり、近年は“安くして観客を呼ぼう”という戦略がトレンドだ。中国経済新聞によれば、今年の夏休みの平均価格は前年比-2.4%の平均36.5元(約840円)で、そうした手軽さも手伝ったのか、好奇心から「確認」しに行く野次馬層が殺到するお祭り騒ぎに発展した。
「手作り感がもはや新鮮なんでしょうね。劇場でも酷い酷いとツッコみ、騒ぎながら見る。ネットではいかにダメだったかで盛り上がる。観客も劇場側も共通するのは“話題に乗った”感で、映画館で一体感を得られるイベントとして消費されています」
低クオリティ過ぎて、市場に出てくること自体に疑いの目を向ける人からは“補助金詐欺じゃないか”というデマが投下されたり、験を担いだ個人投資家が座席を「牛」「来」の人文字風になるように買い占めたり。お世辞にも上手とは言い難い映画館スタッフの手描きポスターがある一方で、原作を超えるハイクオリティ(?)な二次創作やファンサイト、ネタアカウントの乱立と、『牛来』界隈の熱量は伝播し続けている。
駄作界の歴史に名を残しそうな勢いだが、そういえば人は「ダメ過ぎるもの」を前にすると、そのダメさを愛する者同士で思いを共有したくなる生き物でもあった。
——かつて評論家から〈究極のクソ〉と酷評されても掲示板では「史上最悪の映画」と盛り上がり、カルト的な人気に発展した『The Room』(2003)というアメリカ映画がある(日本初上映は2020年)。トミー・ウィゾー監督が私財を投じ、製作費600万ドルをかけたそれは、とっちらかった脚本やナンセンスな演出、演技の拙さなどすべてが意味不明で、公開後は多くの映画館から2週間ほどで姿を消したという。
しかし酷さをイジる見方を覚えた観客が再上映を熱望し、まさかのロングランに繋がった。本編ではしばしば無意味にスプーンの写真が置かれているのだが、観客たちはそれを見つけるやいなや、「スプーン!」と叫びながら持参のプラスチックスプーンを投げるという楽しみ方が大流行。ある種の応援上映という意味で、『牛来』を楽しんでいる層もこのスタンスに近いのかもしれない。
さて『牛来』は、シンガポールでの上映も決まったとのこと。今後どこまで興収を伸ばせるのか、あるいはカルト映画と呼ばれる作品になるのか。「上海在住のえいちゃん」氏は、中国人が“熱しやすく冷めやすい”ことを挙げつつ、「話題は1か月も持たないのでは(笑)」というが、その行く先を見守りたい。
(取材・文=町田シブヤ)