なぜかみんなやりたくなる「タイタニックポーズ」、後世に残る名シーンとなったワケとミーム化する条件

『金曜ロードショー』(日本テレビ系)にて2週連続放送の『タイタニック』(1997)が、9月11日に後編を迎える。
地上波ゴールデンタイムでは、金ローを含め今回で7回目と定期的に放送される本作。ジェームズ・キャメロン監督が、1912年に起きたタイタニック号沈没事故を題材に身分の異なる男女の悲恋を描いた物語で、史上初めて世界興行収入10億ドルを突破、日本でも歴代首位の興収記録を樹立した名作だ(262億円、再上映を合わせると277.7億円)。
そんな名作を代表するシーンといえば、いわゆる「タイタニックポーズ」のアレである。両腕を大きく左右に広げ、船首に立つローズ(ケイト・ウィンスレット)の背後から、ジャック(レオナルド・ディカプリオ)が優しく腰に手を添えて──セリーヌ・ディオンが歌う主題歌『My Heart Will Go On』の旋律が重なる、作中屈指の名シーン。ラーラーララーラララー♪と歌いながら「タイタニックごっこ」をした覚えがある人のみならず、仮に本編を見ていなくても「タイタニックポーズ」なら知っているという人は、世代を問わず多いのではないだろうか。
こうした「タイタニックポーズ」は、なぜここまで“共通言語”として広まったのか。その謎を、映画評論家・前田有一氏とともに“大真面目”に考える。
映画の1シーンが「ミーム化」するための3条件
タイタニックポーズが登場するのは、全編3時間14分のうち1時間21分あたりだ。終盤を飾るクライマックスでもなければ、観客を引き込む冒頭の“つかみ”でもない。ジャックとローズの関係性が大きく動く重要なシーンではあるものの、「タイタニック号沈没」という“本題”に突入する前の一場面にすぎない。
にもかかわらず、作品の代名詞として「ミーム化」した理由について、前田氏は「映画自体が世界的な大ヒット作であること」を大前提としたうえで、3つの条件を挙げる。「①静止画の強さ」、「②日常での真似しやすさ」、「③パロディのしやすさ」だ。
「まず、静止画1枚でパッと意味がわかる、単純かつ強烈な構図であることです。前後の文脈やセリフを何も知らない人が見ても、脳裏に焼きつくようなインパクトがある。沈みゆく夕日、豪華客船の船首から見える果てしない大海原……という壮大なシチュエーションが人々の記憶に残った。
“真似のしやすさ”もポイントです。いつでもどこでも、誰でもできる高い再現性がある。いくら優れた画でも、やりづらかったり、やったところでわかりづらかったりするものは流行りませんよね。そして、さらなる拡散に大きく寄与するのが、“パロディのしやすさ”。元ネタとは全く関係なくテンプレ化できて、『やって面白い』ことが大事です。たとえば、このポーズはペットの猫を相手にやっても成立しますよね。この3条件が揃うと、内輪ウケが広がり、いわゆる“ミーム”が生まれます」(前田氏、以下同)
「印象的な名シーン」が2000年代以前に集中しているワケ
タイタニックポーズほど圧倒的でなくとも、長い映画史において語り継がれる名場面は他にもある。前田氏に例を挙げてもらうと、洋画では『ロッキー』(1976)の階段を駆け上がったロッキーが両腕を突き上げる場面や、『マトリックス』(1999)の上半身を逸らして銃弾を回避する場面、邦画では『犬神家の一族』(1976)で湖から突き出た両足や、『リング』(1998)でテレビから出てくる貞子等々が、さまざまな作品・シチュエーションで“パロられ(オマージュされ)”ているという。
ただし、そのほとんどは2000年以前の作品だ。それ以降で、「このポーズはあの映画!」という印象的な1カットがなかなか見られなくなったのには、何か理由があるのか。前田氏はその一つとして、「エンタメ作りの特徴が変化した」と指摘する。
「2000年代以降は、シーンではなく“キャラ”や“セリフ”で記憶に残るものが増えてきました。たとえば、最近の邦画では『鬼滅の刃』が大ヒットしましたが、名シーンといわれてもピンと来ない。ただ『全集中の呼吸』といった技名や、『生殺与奪の権を他人に握らせるな』というセリフなど、印象的な“言葉”は多いですよね。昨年大ヒットした『国宝』だって、静止画1枚で映画を見てない人にも伝わるシーンはパッと浮かびません」
無論、『水戸黄門』の「この紋所が目に入らぬか!」のように、作品を象徴するような文言は昔から存在するが、「言葉」に強いフックがある昨今のエンタメと、昔の『タイタニック』『犬神家の一族』などでは、明確に違う点がある。「印象的な画作りをする監督の存在」(前田氏)だ。
「昔は、言葉を使わず映像でどう伝えるかにこだわった監督さんの存在感が強かったように思いますね。たとえば『犬神家の一族』の市川崑監督は、“画”から始める監督として有名な方。原作では凍った湖につきささった死体だが、市川監督は普通の水面から出す形にしたんですよ。『リング』(中田秀夫監督)のテレビから出てくる貞子も、実は映画オリジナルです。
『タイタニック』のジェームズ・キャメロンも典型的な映像派の監督で、アイコニックなショットを生み出す力が並外れている。『ターミネーター2』(1991)で液体金属のターミネーターが鉄格子をすり抜けるシーンとか、溶鉱炉に沈みながら親指を立てるシーンとか、セリフよりも映像で浮かぶものばかりです」
「テレビ」という共有体験装置のパワー
くわえて、「このポーズはあの映画のアレ」と思えるものがなくなっているように感じる理由として、「映画そのものの共有体験が弱くなったこと」も要因だと前田氏は分析する。
「『タイタニック』が世に出た1990年代ごろ、特に大作はテレビで繰り返し紹介されていて、その際の映像には作品の魅力が瞬時に伝わる『名場面』が切り抜かれます。そうした場面をバラエティ番組がパロディにしたり、コマーシャルがオマージュしたりすることもよくありました。当時はテレビ一強でしたから、そこで流れているものが全国民の共通認識となり得ます。つまり、自分の趣味嗜好とある意味無関係なところで、いつの間にか『タイタニックポーズ』を目にし、『あれはタイタニックという映画にある1シーンである』ということが刷り込まれる。
一方で今は、拡散ルートが断絶されています。YouTubeやTikTok、X、Instagramなど、プラットフォームはいくつもありますが、メディアごとに流行が異なります。そのうえで、何らかのキャッチーなアイコンがあったとして、その瞬間だけの拡散・爆発力があっても持続力がありません」
『タイタニック』が仕掛けた大規模な宣伝
映像派のキャメロン監督によって作られ、かつテレビが元気な頃に公開された『タイタニック』。その魅力が多くの人に届いた背景には、俳優人気と宣伝方法の工夫もあった。
「キャメロン監督は、本当に興味があったのは沈没船そのものであることを隠し、制作会社である20世紀フォックスへは『豪華客船上の“ロミオとジュリエット”』だと言って売り込みに成功したことを、2010年2月開催の『TED』講演で明かしています。
そうして制作された『タイタニック』。公開当時は、前年に公開されたディカプリオ主演の『ロミオ+ジュリエット』(1996)のヒットで若い女性の間で彼の人気が高まっていたこともあり、パニック&サバイバル的な側面よりも、ジャックとローズの大恋愛を前面に出して宣伝されました。その中の『タイタニックポーズ』は、女性の憧れが詰まったシチュエーションだったというわけです」
宣伝費も桁違いだった。前田氏によれば、日本でプロモーションに費やした総額は「10億円規模」。経済産業省が2025年に公表した映画市場に関する資料によると、邦画の宣伝・配給経費など間接費の平均は約3億円なので、同作は20年以上前にこの3倍以上の額を使っていたことになる。かつ総務省「平成11年版 通信白書」によれば、1997年のインターネット利用人口は1155万人で、世帯普及率は約6.4%。ネットがまだまだ普及していない時代、主な宣伝媒体はテレビを含めたマスメディアに限られる。前田氏は、「テレビや新聞、雑誌の広告スペースを『タイタニック』が占拠していた」と述懐する。前項で触れた「共有体験」と繋がる話だ。
名シーン誕生に大きく貢献した「奇跡」
外的要因も含めさまざまな理由を考察してきたが、何より大きいのは、結局シーンそのものに人の心を打つ力があったことに尽きる。前田氏によれば、キャメロン監督自身もインタビューで同作のいちばん好きな場面を訊かれた際、タイタニックポーズのシーンを挙げていたという。
「あの場面は、本当に夕日が沈む瞬間なんですよね。ただでさえ天候に左右されるなか、夕日はあっという間に沈んでしまう。撮影中、あのシーンにこれ以上ないという夕刻の光のなかで、『今だ!』と判断した監督が、リハーサルもなく急いで撮ったらしいです。その際2テイク撮れたうち1テイクはピンボケで使えなかった。結果的に、残りのもう1テイクが劇中で使われることになったそうです。
世界屈指の映像派の監督が、3時間の映画でいちばんの場面だというぐらい、会心の出来だった。監督はもちろん宣伝マンも観客も、全員が『この画はすごい』と感じた。今時の映画制作ではどうしてもマーケティングが先行してしまい、名台詞や名シーンを『計算』して『配置』しようとしがちですが、やっぱり、それだけではあれほどの印象的なシーンは生まれませんよね」
テレビが強力な共通体験をもたらしていた時代に、俳優の力、監督の“画作り”における才能や自然の一瞬を捉える力、歌の力、宣伝の力などが見事にハマった「タイタニックポーズ」。アイコニックな画として記憶されるシーンには、計算だけでは成し得ないさまざまな要素の合致があったのだ。
(取材・文=町田シブヤ)