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「サナエノミクス」の危うさ、上皇ご夫妻“終活”に込めた思い、坂口健太郎の極秘婚――元木昌彦が読む週刊誌

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 ところで、上皇は年末に93歳になる。上皇后の美智子さんは10月に92歳になるという。

 新潮と文春で、上皇ご夫妻の「終活」を特集している。

 そのきっかけは、9月2日、上皇の葬儀について、宮内庁が大幅に縮小する方向で検討していることが報じられたことである。

「昭和天皇崩御の際は、新宿御苑を一時閉鎖して皇室行事である『葬場殿の儀』や、国の行事である『大喪の礼』が行われ、海外の首脳ら約一万人が参列しました。上皇の葬儀では、儀式の場所を皇居・宮殿に変更。参列者数を四分の一、二千五百人程度に抑える予定です」(宮内庁担当記者)

 上皇は在位中から、葬儀や御陵のあり方について度々そのご意思を表明してきた。

「宮内庁は二〇一三年十一月、『今後の御陵及び御喪儀のあり方についての天皇皇后両陛下のお気持ち』と題した文書を公表。葬儀の簡素化を掲げ、江戸時代以来の土葬を取りやめ、四百年ぶりとなる火葬を望んでおられることが明らかになりました。上皇は合葬を要望されていたものの、美智子さまが『畏れ多い』と固辞。最終的に、大正・昭和天皇の御陵とは異なり、天皇陵と少し小さめの皇后陵が、不離一体となるよう上円下方墳を並べて整備される見込みです。天皇陵と皇后陵の間の樹林地が不要になることなどから、用地面積で見れば昭和天皇陵の半分ほどになります」(同前)

 これまでのような土葬ではなく火葬か。これは大きな変革というべきだろう。

 美智子さんは、上皇が合葬を望んでいるのに、固辞して、小さめの皇后陵に入るというのか。美智子上皇后らしいが……。

 天皇時代、天皇のあり方を身を呈して実践され、日本国憲法にそった新しい天皇像をつくってこられた上皇の功績は、これから天皇制が続く限り語り継がれるであろう。

 上皇にもしものことがあれば、相続問題も生じるそうだ。

《皇室解説者の山下晋司氏が解説する。

「昭和天皇が崩御された際、現金や有価証券などの私有財産が約十八億七千万円ありました。上皇陛下と香淳皇后がそれぞれ約九億円ずつを相続。上皇陛下は約四億二千八百万円の相続税を納め、残りが私有財産となった。常陸宮殿下ら他のお子さまは相続放棄されたようです」

 三種の神器や皇后のティアラ、祭祀で使う刀や書物など皇位とともに伝わる「由緒物」については、相続税法の規定で課税対象にならない。一方、外国の元首からのプレゼントや献上品などは一般国民と同様に相続税の課税対象になるという。

「上皇陛下と香淳皇后は課税対象になる美術品や工芸品の多くを国に寄贈され、宮内庁が一九九三年に建設した三の丸尚蔵館に収蔵されました。その後、所管が国立文化財機構に移り、展示面積は従来の約八倍に拡張。今年十一月にはグランドオープンを迎える予定で、将来的には上皇上皇后両陛下の私有財産も加わると見られます」(同前)》

 上皇は、国民の理解を得られていない男系男子の養子案が法制化され、名古屋大学大学院の河西秀哉教授によれば、

「これまでご自身が築いてこられたものが否定されたかのようにお感じになっていると思います」

 という。

 そのため河西教授は、

「89年と同じく大規模な葬儀を執り行おうとしているであろう政権に今回“大幅縮小”という強い反対のご意思を突き付けられたのではないでしょうか」

 私には、天皇、秋篠宮に続いて上皇も、高市政権の皇室典範改正に「NO!」を突き付けたように思える。

 ところで、私は競馬歴は60年以上だし、パチンコ、競艇、競輪、ドッグレースもやったが、麻雀だけは学生時代に少しやっただけで、ほとんどやったことがないといっていい。

 やらない理由は、人間関係が煩わしいからだ。知っている人間と勝ったり負けたりする「人間関係」が嫌なのだ。

 中央競馬会は、私がいくら勝とうが、負けようが、何もいわない。そこがいい。

 だが、私が入った雑誌編集部は、タバコスパスパ、夕方から酒を飲み、徹マンは当たり前の世界だった。

 私は、タバコは吸わない。酒は仕事中はほとんど飲まない。麻雀はできない。

 入ってすぐに、長老の副編集長から「麻雀やろう」と誘われたが、「できないので」と断った。

 だが彼は、「早稲田にいて麻雀やらなかったはずはない」と、強引に会社の近くの雀荘へ連れて行かれた。

 ほかの2人も先輩。だが、やってすぐに「お前、本当にできないんだな」といわれた。

 だが、「半荘終わるまで続けろ」といわれ、仕方なく……。

 その当時の月給が3万円だったか。その半分ぐらいを巻き上げられ、解放された。以来、誰も誘わなくなった。

 麻雀の神様といわれた阿佐田哲也(色川武大)とも仕事をした。競馬の話はしたが、麻雀の話は向こうもしなかった。

 だから、女雀士といわれても、私にはピンとこないが、プロ雀士兼タレントの岡田紗佳(32)というのは人気者らしい。

 7月中旬、都内にある焼き肉店に岡田がいたという。この日はABEMAの対局番組『Mトーナメント 2026』の3回戦A卓で、1位通過を決めたそうだ。

「2017年に日本プロ麻雀連盟に所属し、女流プロ雀士になった岡田さんは、2019年からMリーグの『KADOKAWAサクラナイツ』の選手でもあります。過去には、放送対局で発生率約0.026%の役満・国士無双十三面待ちを上がり、大きな話題になりました。自らを “役満ボディ” と称する自慢のGカップと、身長170cmのスタイルのよさで、男性人気は計り知れず。対局中の鬼気迫る表情やロジカルな打牌選択など、同じプロからの評価も高いです」(麻雀関係者)

 そんな彼女の束の間のオフが、冒頭の焼き肉店だという。グラス片手に麻雀談義にふける岡田の横で耳を傾けていたのは、キャラクターTシャツを着たボサボサ髪の男性だ。

「そのTシャツかわいい。何着ても似合うね」とべた褒めされた男性が、スマホのゲーム画面を見せると、岡田はキャラの声まねをして笑わせたという。

 小一時間で店を後にすると、岡田から男性の肩に手を回して “役満ボディ” を密着させる。よく見ると、薬指には指輪がキラリと光っていたというのである。

 この男性は誰だ?

「人気ゲーム配信者のライバロリこと原田直希さん(32)です。YouTubeのチャンネル登録者は100万人を超えており、『ポケットモンスター』のランクマッチでは、世界ランク1位になったこともある実力派です。対戦での読みの鋭さやゲームIQの高さから、多くのポケモンファンを虜にしてきました。

 原田さんは、岡田さんの元チームメイトである内川幸太郎さんと仲がよく、数年前からプライベートで麻雀を打ったり、ポーカーをしたりする関係です。そんな縁で、岡田さんとも親交を深めてきました。とくにこの数年で、さらに2人の距離は縮まったようです」(動画配信関係者)

 別の日にもFLASHは、お揃いのクロックスを履いた2人を発見した。靴をよく見ると、ポケモンのバッジがつけられている。この日も、岡田は原田にぴったりと体を寄せつつ、スーパーで野菜などを購入すると、2人は岡田の自宅マンションへと帰っていったという。

 FLASHが岡田の所属事務所に、交際の事実、着用していたのは婚約指輪かと問い合わせると、「数年前より親しい友人の1人であることは事実ですが、交際については事実ではありません」と否定したという。

 いいじゃないの、幸せならば~。

 お次もFRIDAYの熱愛スクープ。

 女優の倉科カナ(38)と人気歌手のØMI(登坂広臣・39)というビッグカップルといわれても、私にはピンとこないが、まあいいか。

 それにしても最近の歌手は、ØMIなんて名前にするのかね。Øって、どうやってWordで探すのか? 教えてくれない?

 そんな2人が、東京・品川に昨年できたばかりの新しいランドマークの一角で、腕利きバイヤーが厳選した生鮮品や多彩なワインなどが並び、地元のセレブたちから愛されているスーパーマーケットに姿を現したというのだ。

 買い物かごいっぱいに食材を詰め込み、レジで会計を済ませる。まるで長年連れ添った夫婦であるかのような自然な姿だったそうだ。

 そこでØMI とは? ØMIは「オミ」と読むんだそうだ。

 2010年、『三代目 J SOUL BROTHERS』(現在は『三代目 J SOUL BROTHERS from EXILE TRIBE』に改称)のオーディションに合格し、同年にグループのボーカルとしてデビューを果たしたという。

「デビュー間もなく、三代目はヒット曲を連発。’14年にリリースした『R.Y.U.S.E.I.』はYouTubeのMV再生数が1億回を突破し、『第56回日本レコード大賞』大賞も受賞しています。ØMIは同年、映画『ホットロード』で俳優としてもデビュー。21年にソロ活動の名義である『ØMI』という名称を使い始めました。現在は『登坂広臣』ではなく、すべての活動で『ØMI』という名義を使用しています。今年3月には、所属事務所のグループ会社CDL entertainmentのCEOに就任。同社はØMI自身のソロアーティストのサポートや、ファンコミュニティの運営などを担っています。ØMIは現在、ソロ活動やアパレルのプロデュースに力を入れています」(スポーツ紙芸能記者)

 一方の倉科はØMIより早く、2005年に「SMAティーンズオーディション2005」でグランプリを獲得して芸能界入りしていたそうである。

「倉科は応募者1775人のオーディションを勝ち抜いて、ヒロインを演じたNHK連続テレビ小説『ウェルかめ』(09年)で実力派女優としての地位を確かなものとしました。その後もドラマ『Mother』(日本テレビ系)や『名前をなくした女神』(フジテレビ系)など、数々の話題作に出演。今年1月からは『ぐるぐるナインティナイン』(日テレ系)にレギュラー出演するなど、ドラマや映画、バラエティと幅広い分野で活躍しています」(同前)

 知り合ったきっかけは?

「登坂と倉科は知人を介して知り合ったそうです。二人は同い年。仕事への向き合い方や悩みなど共通の話題が多く、すぐに意気投合して交際に発展したと聞いています」(登坂の知人)

 だが、2人の所属事務所はFRIDAYデジタルの取材にそれぞれこう回答したそうだ。

「プライベートに関しては本人に任せております」

 そりゃあそうだ。不惑間近の2人なんだから、自己責任。おめでとう!

 今週最後のスクープは、文春の俳優・坂口健太郎(35)の妻のお話。彼女、なかなか腹の据わった女性のようだ。

 9月6日夜、坂口健太郎が自身の有料ファンクラブサイトで結婚を発表したという。

《私事ではありますが、この度、お付き合いさせていただいている一般女性の方と結婚いたしました》

 相手は、昨年9月に文春が交際、同棲をスクープしていた一般女性だそうだ。

 交際が公になってから1年もの間、周囲の反対を押し切って、愛を育んでいたようだが、文春によれば、2人がここまでたどり着くには、大きな山坂があったという。

 坂口は、19歳で『メンズノンノ』のモデルとして芸能活動を始めた。2014年に俳優デビューをしてからは、朝ドラや大河を始め、数々の作品に出演している。

 坂口が結婚を決めたお相手は、文春が報じていたヘアメイクアーティストのA子。2人の馴れ初めについてA子の友人がこう話している。

「A子は、坂口さんよりも3歳年上で、様々な芸能人のヘアメイクを担当しています。19年に坂口さんが主演を務めたドラマ『イノセンス 冤罪弁護士』(日テレ)でA子が坂口さんのヘアメイクを担当。それ以降仲を深めて、交際期間は5年以上になります」

 その間に、坂口には女優の永野芽郁との「ドロ沼三角関係」の過去もあったというのだ。

「元々共演歴が多い坂口と永野でしたが、二十二年半ば、二人がアンバサダーを務めていた『PRADA』主催の食事会で距離がグッと縮まった。ですが、その時には既に坂口はA子さんと同棲中だった。にもかかわらず永野とも交際するという二股状態に。一方の永野は『(坂口と)結婚する』と周囲に話していたほど熱を上げていた」(芸能関係者)

 坂口のほうも永野と結婚しようと、A子に2人の関係を打ち明けたというのだ。

「坂口本人は、A子さんとの関係を終わらせ永野と一緒になりたい気持ちが強かった。だからこそA子さんに打ち明けたのです」(同前)

 だが、年上で女優でもない彼女は、黙って引き下がりはしなかった。

 坂口の“二股告白”を聞いたA子は怒り心頭。

 そこからが彼女は凄い!

 A子は坂口の携帯から永野に直接電話をかけて、「私の彼に近づかないで!」 と一喝したというのだ。

 最後に「愛は勝つ!」だな。

「坂口が優柔不断でA子さんに押し切られる形で関係がそのまま続くことになりました」(前出・芸能関係者)

 大丈夫かな? こんなヤワな男と結婚して。

 人気女優相手にも臆さない“肝っ玉彼女”ぶりを発揮して、坂口の永野への浮気心を撃退したA子は、その後、交際は順調に進んでいったという。

 この件を境に「結婚」の2文字が2人の周辺から聞こえるようになったそうだ。

 しかし、一難去ってまた一難。

「昨年春頃から健太郎が、『彼女と結婚する』と既婚の先輩俳優や友人などに相談するようになっていました。事務所にも結婚について報告していた。着々と結婚の準備を進めていましたが、ちょうど、その時期に韓国で健太郎の人気が爆発したんです。この人気に陰りが出る可能性を考慮して、『もうちょっと時期を見合わせよう』ということで当初の入籍予定を延期することにしたのです」(坂口の知人)

 永すぎた春になるところだった。

 そんな頃に文春が2人の同棲をキャッチし、報じたことで、

「文春さんからこの件について取材があることを知って別れを決断したんです。未来を見据えて、役者としての道を選んで別れなければいけないと。今は、彼女が次に住む場所が決まるまで一緒に住んでいたマンションを健太郎が出ていく形で、別々に暮らしています」(坂口の事務所の社長)

 だが、文春の記事が出た後も「交際はしっかりと続いていた」と明かすのはA子の知人。

 やがて2人は、再び同じ屋根の下で暮らし始めたという。そして、2人はついにゴールインしたのだ。

「昨年末までに2人は入籍しました。限られた人にしか伝えない“極秘婚”でした。健太郎は元々プライベートを大っぴらにしない性格もあり、しばらく公表する気はなかったそうです」(別の坂口の知人)

 何度かの危機を乗り越えて、A子が愛を貫き、成就させたということだ。目出度い!
(文中一部敬称略)
(文=元木昌彦)

元木昌彦

編集者。「週刊現代」「FRIDAY」の編集長を歴任した"伝説の編集者"。

元木昌彦
最終更新:2026/09/15 11:00