細木数子、CNN、愛子天皇論争…週刊誌が暴く時代の裏側――元木昌彦のスクープ週刊誌

<今週の注目記事>
1「『愛子天皇』大論争の核心」(「週刊新潮」5月21日号)
2「高市首相“ネガキャン動画大作戦”に大臣補佐官が参加していた」(「週刊文春」5月21日号)
3「細木数子の『ヤクザ』『金』『男』」(「週刊文春」5月21日号)
4「高校生死亡バス事故 トンデモ運転手を起用した疑惑の遠征ビジネス 年10回」(「週刊文春」5月21日号)
5「報道と世界を変えたCNNの風雲児が逝く」(「ニューズウィーク日本版」5月19日号)
6「秋篠宮家次女佳子さま“笑顔で激務”のウラに『二つの変化』」(「FRIDAY」5月29日号)
7「高市早苗夫妻のヒミツ」(「週刊文春」5月21日号)
8「性的暴行で無罪主張『元大阪地検検事正』の姑息な戦術」(「週刊新潮」5月21日号)
9「インタビュー漫画家鳥飼茜 3度の結婚で見えた、『今世紀最大の理不尽』」(「サンデー毎日」5月24日号)
10「ザッケローニ元日本代表監督『私なら、間違いなく長友佑都を選ぶ』」(「FLASH」5月26日号)
先日、映画『プラダを着た悪魔2』を観た。面白かった。
たしかに20年前の第一作に比べると、メリル・ストリープは老けてあの頃の勢いはないし、アン・ハサウェイは口を開くと下品な顔になるが、出版界の現状をよく表していて、興味深く観た。
全盛だったファッション誌も部数は落ち込み、ネットへの移行が始まって、編集費は削減される。かつては断るほど入っていた広告も激減して、ちょっとしたミスでも編集長は謝りに行かなくてはいけない。
プライドをズタズタにされたストリープだが、着るものは相変わらず素敵だし、70代半ばとは思えないスタイルの良さ。
ストーリーは平凡だが、アメリカでの雑誌の凋落の現状と、それを切り抜けるアイデアはあるのか? ということを考えながら観ていたら、あっという間に時間が経った。
このモデルになった編集長は、「ヴォーグ」のアナ・ウィンターだといわれる。あの頃のファッション雑誌は単なるフアッショだけではなく、社会や政治に対しても発言していたと記憶している。
「ヴォーグ」ではないが、デミ・ムーアのマタニティ・ヌード(1991年)を表紙に掲載したのは「ヴァニティ・フェア」誌だった。
あの時は雑誌を探して、ようやく1冊手に入れ、見た時のショックは今でも忘れられない。
デミ・ムーアといえば、映画『ゴースト/ニューヨークの幻』などで有名なハリウッド一の美女だった。そんな彼女が妊娠した姿を撮らせるなんて……。
雑誌はスキャンダラスなもの。
「雑誌には毒がなければいけない」。それを失ったら消えていくしかない。それを骨身にしみたのが、その頃のファッション誌だった。
ファッションは読者を惹きつけるための道具。それで集まってきた読者に、本当に読んでほしいもの、本当に訴えたいことを伝える。
私が週刊現代編集長の時、「ヘア・ヌード」という言葉を生み出し、多くの読者に手に取ってもらえるようになった時、私は、当時剛腕といわれ、政界に君臨していた「小沢一郎」連続追及をやった。
それが、私が読者に読んでもらいたい記事だった。その試みはかなり反響を呼んだ。批判もあった。「時の大政治家を叩きすぎる」「政治的な意図があるのではないか」などなど。
だがその時私は、小沢という政治家はこの国にとって「危険」なのではないかと、考えていたのだ。それが的を射ていたかどうかはわからない。だが、小沢一郎という政治家が天下を取ることを「阻止」できたことに、わずかだが力を貸すことができたとは思っている。
「完璧すぎるものは退屈。少しのバッドセンス(悪趣味/毒)が必要なの。それは良質なスパイスのようなものよ」
そういったのは「ヴォーグ」の編集長ダイアナ・ヴリーランドだったか。
たかが週刊誌、されど週刊誌である。毒がなければ雑誌ではない。映画を観ながらそんなことを考えていた。
さて、今朝、すごいニュースが入ってきた。上田綺世が欧州主要リーグで得点王に輝いたというのだ。
「この一戦を上田は欠場したものの、今季のリーグ戦31試合に出場して25ゴールをマーク。見事にエールディビジ(オランダのプロサッカーリーグにおける最高峰のリーグのこと=筆者注)の得点王に輝いたのだ。
日本人が得点王になったのは、欧州主要リーグでは2022-23シーズンにセルティックで27ゴールを記録した古橋亨梧以来2人目。エールディビジでは初となる快挙である」(サッカーダイジェスト5/18(月) 5:01配信)
ところで、サッカーW杯のメンバーが発表された。中でも注目されているのが5度目になる長友佑都(FC東京のDF・39)である。
年のわりには元気な長友だが、サッカーで39歳、しかも世界大会。長友は17日、記者会見を開き、こう語ったという。
「自分の4大会の経験は必ず生きる。ピッチにでても自分は勝負できるし、ピッチ外でこの長い1カ月以上の時間の中で日々いろんなことがある。4大会でみなさんが知らないこととか、日々いろんなことがある中で自分はW杯の嗅覚を持っている。独特のにおいがあって、それを嗅ぎ分けて…空気清浄機のように。悪い、汚れたなと思ったらきれいな空気に浄化できる。そういったところも含めて空気清浄機みたいな役割を果たせると思う。自分のいることの意味、存在価値はみなさんにお見せできると確信しています。今、賛否両論あるみたいですが、みなさんW杯が終わる頃には称賛しかないでしょうね。それくらい自信、魂もって日本だけではなく、世界を巻き込んで戦います。見ていてください」
サッカーのW杯北中米3カ国大会に選出された長友佑都(39)が17日、都内で会見を行った。5度目の大舞台への決意を語るとともに、選出を巡り、自身への賛否についても言及した」(デイリースポーツネット版5/17(日) 16:49)
自らを空気清浄機にたとえたところなど長友らしいが、彼の力が絶対必要だと、元日本代表監督のザッケローニもFLASHで語っている。
このインタビューは代表発表前だが、
「重要なのは個人ではなく組織だ。チームとしてどんな雰囲気で、どんなモチベーションで臨むかがポイントになる。(長友について)私なら、間違いなくメンバーに入れる。日本はすでにW杯を戦う力を持っている。あとは、その力を本番でいかに発揮できるかだ。
そのためにピッチ内だけでなく、ピッチ外でも存在感を発揮できる長友は不可欠といえる。チームのために常に闘志をもって全力で戦う、それが長友なんだ」
エースストライカーの上田綺世がいる。チームの要でムードメーカーの長友がいる。絶対守護神のGK鈴木彩艶がいる。
日本中がお祭り騒ぎになるW杯は現地時間6月12日から始まる。
ところで、私は、「選択的夫婦別姓」というのがよくわからない。
AIに聞くと、こう答えた。
《ここで重要なのは、「全員が別々の名字にしなければならない」という意味ではないという点です。あくまで「選択肢を増やす」という提案です。
同姓を選びたい夫婦: 今まで通り、2人で同じ名字を名乗ることができます。
別姓を選びたい夫婦: 結婚後も、それぞれが生まれてからの名字を名乗ることができます。
なぜ導入が議論されているの?(主なメリット)
導入を希望する人々からは、以下のような理由やメリットが挙げられています。
キャリアや実績の継続: 仕事で名前が変わると、これまでの実績(論文、資格、営業の顧客など)の証明が難しくなったり、手続きに大きな手間がかかったりするのを防げる。
アイデンティティの維持: 生まれたときからの名前に愛着や誇りがあり、変えたくないという個人の意思を尊重できる。
改姓手続きの負担軽減: 銀行口座、免許証、パスポート、クレジットカードなど、結婚時の膨大な名義変更の手続き(その多くを現状は女性が担っている)が不要になる。
一人っ子同士の結婚: どちらの家系の名字も絶やしたくない場合、お互いの名字を残したまま結婚できる。》
これに反対している人たちは、「家族の一体感の低下」「子供への影響」「伝統的な家族観の重視」という理由を挙げているという。
私は「別姓」いいんじゃないと思うが、高市首相などはこれに強く反対し、「旧姓(婚姻前の名字)の通称使用の法制化」を主張している。
これは「法的な名字は一つに統一するが、社会生活では旧姓をそのまま『本名と同じように』使える法的効力を持たせる」ということのようだが、「1人2名」になることによる国際的な不正リスクや、アイデンティティ(精神的苦痛)の未解決により、日本弁護士連合会は、「どれだけ制度を工夫しても、通称は公式な氏名(本名)ではない。自分の生まれた名前を正々堂々と名乗れない苦痛や、選択の自由がないという根本的な問題は解消されない」と主張しているようだ。
サンデー毎日は、「先生の白い嘘」などで知られる漫画家、鳥飼茜にインタビューしている。彼女は3度の結婚で見えた夫婦同姓制度は「今世紀最大の理不尽」だと話す。
鳥飼 私には(鳥飼茜)というペンネームがあり、日常では戸籍名で呼ばれることはほとんどありません。それでも、愛犬のワクチン接種の時、ちょっといいレストランで食事する時のカード決済などは、2度目の夫の姓になります。そして、もし、何か突発的な事故に遭って死んだら、その名前で人生を終える。
そう考えたら、心臓の裏側に湿疹が広がるような壮絶な違和感にさいなまれ、家庭裁判所に「氏変更」の審判を申し立てたのです。生まれてからの戸籍謄本をすべて取り寄せ、書類に記載し、ようやく「審判確定証明書」を手にしたときの達成感ときたら。
その後、3度目の結婚をするが、選択的夫婦別姓制度が施行されるまでは「事実婚」で行こうと話し合っていたそうだ。
鳥飼 そのころには、苗字を相手の姓にする法律婚は考えれば考えるほど、自分が自分らしくあることの妨げになる可能性を孕んでいると感じていたのです。
高市首相の旧姓併記については、
鳥飼 戸籍では改姓を求めつつ旧姓を併記させるとは、ちょっとややこしすぎます。何のための策なのか、もはやわからないというのが正直な感想です。
私はカミさんのことを名前で呼んでいるから、旧姓でも構わない。好きなほうを結婚する時に決めておけば、いいのではないか。
子どもは生まれたときから両親の姓が違っているから、さしたる混乱はない。子どもは大人より順応性が高いから。
私も、高市首相のいい分は理解できない。
お次は、部下だった女性検事に性的暴行を加えた罪に問われている元大阪地検検事正・北川健太郎被告(66)のお話。
北川は事件後、被害者に宛て1万字に及ぶ謝罪文を書いている。その中に、
〈私のやったことの愚劣さが身にしみています。事後の対応も最悪です。(中略)本当にごめんなさい〉
とある。
だが、一転、裁判では「無罪」を主張している。
一方、被害者であるひかり(仮名)はPTSDに苦しむだけではなく、北川に近い女性副検事が「被害は嘘だ!」と誹謗中傷を繰り返す、唯一の支援者だった先輩検事を大阪地検から異動させられてしまうなど、職場の悪環境に耐えきれず、ついに、辞表を検察に提出してしまった。
「検事の仕事が大好きだった」彼女を辞職に追い込んだ大阪地検という組織は腐りきっているようだ。
新潮によれば、彼女が辞表を出しに行った時、上司もかつての仲間も誰一人姿を現さず、慰労も見送りもなかったという。
ひかりの代理人を務める田中嘉寿子弁護士も大阪検事OBだが、彼女のところにもある検察OBから、「北川が逮捕されたのでカンパをしてくれ」という電話があったという。
もちろん彼女は断った。
事情に詳しい検察関係者によれば、「検事正まで務めた北川が、そこまで悪いことをするわけがない」といい続ければ、世論も多少なびき、傷ついた検察のブランド力を回復できるのではないかと考えるアホがいるそうだ。
それにしても検察という組織は如何ともし難いようだ。
今、再審法制の整備を進めようという動きが進んでいる。焦点は、裁判所の再審開始決定に対する検察の不服申し立て(抗告)を禁止しようというものだ。
政府は当初、現状維持だったが、自民党の稲田朋美議員は、再審法制における「検察官の不服申し立て(抗告)の禁止」に賛成・主導して、法務省の対応に対して激しく抗議を行っている。
そのためもあってか、政府は渋々、本則に「抗告の原則禁止」と明記するよう修正したが、これでは、検察側の抗告を全面禁止することにはならない。
検察側の証拠の全面開示を含めて、徒に再審を長引かし、無罪になった時は老人では、正義を行ったとは到底いえない。
検察の威信は地に落ちた。回復したいと思うのなら、人質司法の問題を含めて、組織内からの改革がなければならない。
ハレンチ罪に問われている仲間の男のことなど、裁判所に任せろ!
お次は、高市首相の亭主の山本拓元衆院議員のお話。
日本初のファーストジェントルマンだが、病のため表舞台に出ることはほとんどない。
そんな山本が文藝春秋6月号でインタビューされ、話題になっている。
山本は、高市が少しでも眠れるよう、できることは自分でやって彼女の睡眠時間を多くしてやりたい、落選後、妻に残りの人生をかける決断をしたそうだなどと“美談”仕立ての話が目につく。
文春によれば、
「公邸の掃除は週一、二回。料理人は常駐していない。
『晩御飯は政策秘書を務める高市氏の弟が買い集めた冷凍食品や、官邸からデリバリーする弁当のほか、調理師免許を持つ山本氏が数品作ることもあります。さらに山本氏は最近、月刊「文藝春秋」六月号のインタビューに応じ、高市氏が公邸の防音室でドラムを叩いていることや、今でも「早苗ちゃん」「拓ちゃん」と呼び合っていることなどを明かしていました』(高市氏周辺)」
だが文春は、美談の裏にある山本の「過去」をほじくり出す。
2人が最初に結婚したのは、2004年9月のことだったという。高市は42歳になっていた。
高市のブログによれば、実弟が山本の事務所に雇用されたことで急接近し、翌04年6月に山本から、「真剣に結婚相手を探しておられるんでしたら、僕もバツ1ですので立候補しますよ」と求婚され、1週間で結婚を決めたという。高市自身もYouTubeなどで「交際ゼロ日婚」と認めているそうである。
だが文春によれば、山本と結婚していた元妻A子の知人によると、「バツ1といっても、彼は直前まで別の女性と婚姻関係にあった。しかも、一方的に捨てたようなものです」と訴えているというのである。
文春によれば、「今からさかのぼること四十年以上前の一九八三年四月、山本氏は福井県議選で初当選を果たした。彼の傍らにいたのが、お見合いを経て結婚したA子さんだ。
『彼女は福井県の建設会社の令嬢で、小柄で上品な雰囲気。結婚の際は、トラック七台くらいで嫁入り道具を運んでいた。お父さんは「大変なところに嫁ぐんだ」と張り切っていました。八四年には、現在、福井県議を務める長男・建氏が誕生しています』(同前)
山本氏は九十年二月、初めて国政選挙に挑戦。陣営では、栄養ドリンクのCMから『24時間戦えますか』をスローガンとして唱和していた。支援者の一人が当時の光景を瞼に浮かべる。
『当選が決まった夜、陣営の溜まり場だったスナックにメンバーが集まり、盛大にお祝いした。その中で感極まった表情を浮かべていたのが、ずっと陰で夫を応援してきたA子さんでした』
山本氏の選挙は、多くの従業員を抱えるA子さんの実家の建設会社にも支えられてきた。
『彼女のお母さんが「うちの娘の旦那だから票を入れてやってくれ」と近隣に頼み込むなど、選挙のたびに援助していた。ところが夫の国政転身から約四カ月後の九十年六月、実家の会社は約二億円の負債を抱えて、破産してしまったのです」(A子さんの知人)』
さらに山本も96年の衆院選で落選してしまう。繊維業や飲食業などを手掛けていた家業も解散し、99年に福井県知事選に出馬したが落選。
だが国政を諦めない山本からA子に「離縁状」が届いたのは2001年の秋だったという。
A子の親族が完全匿名を条件にこう話している。
「A子のことがもう邪魔になったのか、ある日、離婚したい理由などが書かれた手紙が届けられたんです。A子が建くんを含めた三人の子どもたちに『別れることになったから私に付いてくる?』と聞くと、『付いていく』と。家を出たのは、建くんが大学受験を控えた一番大切な時期。結局、高校には転居先の家から通うことになった。『手紙の内容は一方的で、とても子どもに伝えられるものではなかった』と彼女は話していました」
2人の離婚が成立したのが2003年。高市と結婚したのが翌年6月。
その頃、高市は友人にこう告げていたそうだ。
「結婚したとき彼の預金通帳を見て、私、気絶しそうになったのよ」
その理由を尋ねると、彼女は声を潜めてこういったそうだ。
「気絶するほど金がないねん」
山本も当選し、夫婦で大臣を競い合うが、高市が抜け出す。夫婦間格差は次第に広がっていった。
そんな2人が突然離婚を発表したのは2017年7月。理由は「政治的スタンスの違い」だった。
山本の中国大好きというスタンスが、高市と合わなかったようだ。
これは高市にとってショックだったようだ。
だが、初めて高市が総裁選に出馬した時は、熱心に高市を応援していたという。だが落選。自身も衆院選で落選してしまう。
その直後、山本のほうから、「俺も政治家じゃなくなったし、また一緒にならんか」といって二度目のプロポーズをしたという。離婚がショックだった高市はこれを二つ返事で受け入れ、苗字の話になり、今度はじゃんけんの結果、高市姓になったというのだ。
ただ、「体裁を気にしてか」(政治部記者)、高市氏は復縁をなかなか公にしようとしなかった。
世間に“おしどり夫婦”のように喧伝されている夫・山本には、A子という女性を蔑ろにしたという過去があった。
2人はこの記事を読んで、何を語り合ったのだろう。
ところで、衆参両院は安定的な皇位継承に関する与野党の全体会議を開いて、中道改革連合が党見解を表明して各党・会派の意見が出そろったため、森衆院議長は「今国会中に皇室典範改正案の成立にこぎつけたい」と述べた。
いよいよ皇室典範改正に向けて動き出したが、そこには「愛子天皇」も女性天皇も置き去りにされ、議論さえなされていない。
こうした動きの中で忘れ去られがちなのが、秋篠宮家の次女・佳子さんのことだ。
彼女は31歳になる。公務数では皇室でもトップクラスで、今年も130件以上の公務が予定されているという。
FRIDAYによれば、その佳子さんに最近2つの変化があるというのである。
一つは「母親・紀子さんとの親子関係」だという。少し前までは2人の間に距離があると週刊誌などで報じられたが、最近は一緒の公務が増えているというのだ。
皇室解説者の山下晋司はこういう。
「結婚がいつかはわかりませんが、一緒にいられる間は母に寄り添いたい、とお考えなのでは。佳子内親王殿下も年を重ねるにつれて、親の気持ちがわかるようになってこられたのでしょう」
今一つは、「結婚を巡る環境の変化」だという。
皇室典範が改正され、女性皇族が結婚後も皇族の身分を保持するとなれば、どうするかは本人が決めることだが、どちらにするにしても批判される恐れがある。
秋篠宮もそれを心配しているというのである。
そこで、佳子さんの「電撃結婚発表」がいつあってもおかしくないというのだ。
私もそう思っている。
秋篠宮は長女・眞子さんのような結婚を佳子さんにはしてほしくないと、以前からいっている。
佳子さんにはいい結婚相手を見つけて、皇室の外へ羽ばたいてほしいと考えていることは間違いないだろう。
そのリミットはもうすぐである。若い時から皇室内での反逆児として、しばしば大胆な発言をしてきた秋篠宮だから、年内の早いうちに「佳子さんの結婚発表」は十分にあり得る。その時を楽しみに待ちたい。
