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医療ミステリー『廃用身』主演俳優インタビュー

染谷将太の“さわやかな笑顔”が怖すぎる!
『廃用身』が突きつける介護と善意の恐怖

染谷将太の“さわやかな笑顔”が怖すぎる!
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染谷将太(写真:淵上裕太)

 現役の医師によるリアルな医療サスペンスか、それともタブーに踏み込んだ禁断の介護ホラーか? 染谷将太が主演したヒューマンミステリー『廃用身』が5月15日より劇場公開され、話題を呼んでいる。「廃用身」とは、脳梗塞などによる麻痺で動かなくなり、回復の見込みのない手足を指す医学用語。劇中、染谷演じるデイケアの院長・漆原は不自由な体に苦しむ高齢者とその介護者たちの負担を軽減するために、麻痺した手足を切断することを思いつく。

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 本人たちが納得した上での手術は予想以上の効果を上げる。「Aケア」と名付けられたこの手術は、これからの超高齢化社会の福音になるはずだった。だが、思いがけないところから「Aケア」は波紋が広がっていくー。

 若くして日本映画界に欠かせない存在となっている染谷将太が、本作に主演したことで感じた介護問題、善意の暴走、さらには映画業界の現状について語った。

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高齢者介護の問題に斬り込んだ染谷将太主演映画『廃用身』

役に向き合うことの恐ろしさを感じた脚本

――現役の医師でもある作家・久坂部羊氏の「映画化不可能」と称されたデビュー小説の映画化。『家族X』(2011年)などで知られる吉田光希監督から脚本を渡されての感想は?

染谷将太(以下、染谷) 吉田監督の作品は以前から観ていましたし、面識もあったので「いつか吉田さんの作品に参加できたら、うれしいな」と思っていたんです。そんな吉田監督から製本された形の、まだキャストの名前が誰も入っていない準備稿を渡されたんです。うれしかったですね。製本された準備稿も今どき珍しいですし、吉田監督の熱量が伝わってきました。ホンを読んで、初めて「廃用身」という言葉を知りました。衝撃的でした。吉田監督は、すごい作品に挑むんだなぁと思いましたし、漆原を演じることの不安やこの役に向き合うことの恐ろしさも感じました。でも、吉田監督なら面白い映画になることはわかっていたので、安心して身を委ねることができたんです。

――原作ものの場合は、原作も読みますか?

染谷 まずは脚本からどう実写にするのか読み解きます。原作を読むかは監督の指示にもよりますが、今回の吉田監督は文庫本がボロボロになるまで徹底的に原作を読み込み、原作のテーマとブレることなく抽出した脚本にしていたんです。なので、吉田監督の書いたホンを大切に扱うことは、原作を大切にすることにもなっていました。久坂部さんが書かれた原作も読みましたが、現場で向き合うのはやっぱり脚本で、吉田監督の演出なんです。

――染谷さんは『寄生獣』(2014年)や『バクマン。』(2015年)などコミック原作ものにも出演しています。

染谷 漫画原作の場合だと、役との向き合い方は違ってきます。漫画の実写化だとビジュアルが重視されますね。でも、いちばん大事なのは、やはり監督の意向です。いちばん説得力のある形で実写化することがベストだと思うんです。今回、原作の漆原のほうが僕の実年齢より、少し上です。吉田監督は僕に合わせた脚本にしてくれたんです。

――原作のラストも衝撃的で、ある意味では小説で完成された世界でもある。そうした世界に挑むのは大変では?

染谷 確かにそうですね。でも、映画には映画としてこの物語に対する答えがあると思うんです。なので、そこに向かっていけば大丈夫じゃないかという気持ちで演じていました。吉田監督への信頼もありましたし、あとは吉田監督が映画のために用意してくれた世界観に自分がちゃんと立つことができるかどうかだけでした。

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記者の矢倉(北村有起哉)に勧められ、漆原は「Aケア」の成果を書籍化する

閉鎖的な環境で起きる「同調圧力」

――染谷さんは『怪物の木こり』(2023年)や『劇場版 ドクターX FINAL』(2024年)など医者役がけっこう続いていますが、今回の漆原役はアプローチの仕方が違ったのでは?

染谷 漆原は「Aケア」を本当に患者とその家族のためになると信じて、善意で進めているんです。崩壊の危機にある介護業界に革新をもたらす第一歩になると考え、お金儲けをしようとはしていない。自分も善意を持って、親身に患者さんたちに接しようという気持ちで演じていました。

――冷静な役を演じることの多い染谷さんが、さわやかな笑顔を振りまいているのが印象的。逆に怖さを感じました。

染谷 漆原は患者と家族に安心してもらいたい一心で、優しい表情で「Aケア」の説明をするんです。でも、「Aケア」は手足を切断するというショッキングな手術です。その結果、映画として僕の表情が「怖く」見えるのは面白いだろうなとは思っていましたね。

――ハリウッドの名優ロバート・デ・ニーロが笑う表情も不気味ですが、染谷さんの笑顔も怖い。

染谷 ハハハ。

――「善意」は断りにくいという恐ろしさも描かれていますね。

染谷 そうなんです。人を貶めるために漆原は「Aケア」をしているわけではないんです。しかも、「異人坂クリニック」という閉鎖的な環境で起きる「同調圧力」も働く。人間のそうした偏った思い込みや思想が、ある角度から見れば人を救うことにもなるけれど、別の角度から見れば倫理的に許されない状況にも映るんです。映画の題材としては、すごく魅力的だなと思いましたね。

――ジャンル分けすれば「ヒューマン医療ミステリー」になるかと思いますが、見方によれば「介護ホラー」にも思えます。

染谷 僕はどんなふうに観てもらってもいいと思っています。介護問題を扱った社会派ドラマだと観てもらってもいいし、「これはホラーだ」と感じる人もいると思います。いろんな楽しみ方ができる映画になったと思うんです。この映画をご覧になった方たちから、カラフルな感想が飛び交うといいなぁと思っているんです。

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介護放棄された状態の岩上(六平直政)を心配する漆原だったが……

漆原を演じながら、ゾッとした瞬間

ー「Aケア」を受け、左手と両足を切断される第1号患者の六平直政さんは大熱演しています。共演者の熱気は影響を受けるものですか。

染谷 六平さん、本当に大熱演でした。現場でも六平さんのシーンはスタッフみんなが「すごい! すごい!」と言っていました。六平さんの新しい代表作になったんじゃないかと現場で話していたんです。一緒にお芝居すると、もちろん刺激を受けます。でも、僕が演じた漆原は患者の感情にはあまり興味がなく、症状や今後の医療のことしかおそらく頭にないんです。そう思った瞬間は、演じていた自分もゾッとするものがありましたね。

――「Aケア」を勧めていた際にはあんなに親身な表情を漆原は見せていたわけですが……。

染谷 漆原は自分の目的、目標が明確にあるので、感情的なことでは揺るがないんです。患者の感情に左右されていては「Aケア」を進めることができなくなってしまいますから。ある意味では、漆原はプロフェッショナルでもあるんですが、そのことを考えると自分でも心の中でざわつくものがありました。

――カメラの前で漆原院長になりきっていた染谷さん。介護問題について考えることもあった?

染谷 撮影現場では控え室にみんなで集まると、自然と介護についての話題になりましたね。自分だったら「Aケア」をするのか? もし、家族が「Aケア」をしたいと言い出したらどうするか? そんな話をしました。その場で答えが出る会話ではないんですが、現場でそういうやりとりができたことはすごく有意義な時間だったと思います。自分はまだ30代だけど、やがてはやってくる問題ですし、自分の周りでも起きうることです。もちろん、これまでも意識はしていましたが、今回の作品に参加したことでより具体的に介護問題に目が向くようになりましたね。

――映画を観ていると本当に「Aケア」は効果があるのでは? と思えてきます。

染谷 現場に来られていた医療監修の方や手術シーンに立ち会っていただいた医師の方にも話を聞きました。「一理ある」そうです。もちろん、現実世界では手足を切断するなんて法律的にできませんが、動かなくなった腕や脚を「切ってほしい」と言ってくる人は実際にいるそうです。あながち、まったくのファンタジーではないと医師の方たちからは聞いています。

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善意から始めた「Aケア」は、予想外の結果をもたらすことに

「黄金期」を迎えた日本映画界の現状

――最近の染谷さんは、岩崎裕介監督のホラー映画『チルド』(7月17日公開予定)や甫木元空監督の『BAUS 映画から船出した映画館』(2024年)など同世代の監督たちとの仕事が増えています。

染谷 自分は子役からやっていたので、最近やっと同世代の監督たちと一緒に仕事ができるような年齢になったんだなぁと思うと感慨深いですね。僕は年齢を気にしない人間ですけど、それでもやっぱりうれしいものがあります。自分たちの年代だから感じる空気感みたいなものもありますから。今回の『廃用身』は吉田監督をはじめ、スタッフは昔から知っている人が多いですし、映画の現場って基本的にみんな映画好きな人たちなんです。だから、同じ価値観を持った人たちが多い。そんな職場で仕事ができることは本当に幸せだなぁと思いますね。

――四半世紀近く、映画の現場を体験してきたわけですよね。近年の日本映画界は「黄金時代が再来した」という声もありますが、現場で実感することはある?

染谷 四半世紀(笑)。どうでしょう、現場は変わらないかな。でも、映画の製作本数は増えていますね。スタッフのみなさんが「助手が捕まらない」と嘆いているのをよく耳にします。人材不足なんです。

――染谷さんも出演されたNetflixシリーズ『サンクチュアリ -聖域-』や『地面師たち』など配信作品が増え、スタッフが流れているそうですね。

染谷 そうなんです。映画自体も本数が増えていて、スタッフが足りない状況なんです。映画に興味を持ってくれる若い人が増えてほしいですね。やはり人材が多い方が、より優れた才能が出てきますから。でも、僕の周りでは映画界に興味を示す人があまりいない。映画界は大変というイメージがあるからでしょうね。実際、本当に大変です(苦笑)。

――2023年に映適(日本映画制作適正化機構)が始まって、現場は変わりましたか?

染谷 それは変わりました。以前は徹夜で撮影を続ける現場がありましたけど、確実に減りました。やっぱり寝てないと判断能力も下がってしまいます。どの現場もまだ手探り状態だし、今年の4月からまたガイドラインが変わったんです。予算の少ないインディーズ映画は「映適」に申請できない場合もありますけど、みんなで働きやすい現場にしていこうと取り組んでいることはすごく大切だと感じています。なので、役者でも、スタッフでも映画界を目指そうという人が少しでも増えてくれたら、いいなぁと思っています。と言っても、僕にできることは自分の仕事をがんばることしかできませんけど。

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染谷将太(撮影:淵上裕太)

染谷将太がスタッフに勧める「伝説の映画」とは?

――子役時代といえば、染谷さんが出演した実写版『デビルマン』(2004年)は忘れられない作品です。たまに見返すんですが、染谷さんが演じたススムとミーコ(渋谷飛鳥)が世界滅亡のさなかを懸命にサバイバルするシーンに胸を打たれるんです。

染谷 『デビルマン』の話は、僕も現場でよくするんです(笑)。まだ観てないというスタッフがいたら「絶対、観たほうがいいよ」って勧めています。那須博之監督は亡くなられましたが、本当に鬼才だったと思います。みんなの想像をブチ抜いていくイマジネーションがすごい。ある種、伝説の映画ですよね。

――きっと、那須監督は「映画界の未来を託したぞ」という気持ちで、染谷さんのシーンを撮っていたんじゃないでしょうか。他のシーンと明らかにテンションが違います。

染谷 どうでしょう(笑)。でも、那須監督にはかわいがってもらい、熱心に演技指導してもらいました。「最後、地球が滅亡するから痩せてくれるか?」「でも、飯はちゃんと食べてくれよ」と言われたことを覚えています。どう答えていいか分からず、とりあえず「はい」と答えました。

――染谷さんがこれからも数々の伝説の映画に出演されることを願っています。

染谷 ご期待に応えられるよう、がんばります(笑)。


映画『廃用身
原作/久坂部羊 監督・脚本/吉田光希 音楽/世武裕子 
出演/染谷将太、北村有起哉、瀧内公美、廣末哲万、中村映里子、中井友望、吉岡睦雄、六平直政
配給/アークエンタテインメント TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開中
(C)2025 N.R.E.
https://haiyoshin.com/


●染谷将太(そめたに・しょうた)
1992年東京都生まれ。9歳のときに『STACY』(2001年)で映画デビュー。『ヒミズ』(2012年)でヴェネチア国際映画祭マルチェロ・マストロヤンニ賞(新人賞)を受賞。以降も『悪の教典』(2012年)、『ソレダケ/that’s it』(2015年)、『空海 KU-KAI 美しき王妃の謎』(2018年)、『きみの鳥はうたえる』(2018年)、『爆弾』(2025年)など多彩な作品に出演。ベルリン国際映画祭で国際批評家連盟賞を受賞したホラー映画『チルド』(7月17日公開予定)、清水崇監督の『だぁれかさんとアソぼ?』(7月24日公開)、伊藤英明とW主演した井筒和幸監督の『国境』などの公開待機作がある。岡田将生と共演している金曜ドラマ『田鎖ブラザーズ』(TBS系)が現在放送中。

年間8万人が失踪する現代日本のミステリー 

(取材・文=長野辰次)

長野辰次

映画ライター。『キネマ旬報』『映画秘宝』などで執筆。著書に『バックステージヒーローズ』『パンドラ映画館 美女と楽園』など。共著に『世界のカルト監督列伝』『仰天カルト・ムービー100 PART2』ほか。

長野辰次
最終更新:2026/05/20 12:00