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『愚か者の身分』日本アカデミーでは“完全スルー”だったのに日本映画批評家大賞で『国宝』超えの4冠の理由

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映画『愚か者の身分

 2025年公開作を対象にした「第35回日本映画批評家大賞」が4月15日に発表され、『愚か者の身分』(2025年10月24日公開)が作品賞、監督賞(永田琴)、主演男優賞(北村匠海)、新人男優賞(林裕太)という4冠で最多受賞に輝いた(授賞式は6月1日)。

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 2025年の激賞といえば「第49回日本アカデミー賞」で最多10部門を受賞した『国宝』があるが、「日本映画批評家大賞」では主演男優賞(吉沢亮)、助演男優賞(横浜流星)、往年の功績を讃えるゴールデン・グローリー賞(田中泯)の3部門受賞だった。劇場公開時は初週からランク圏外で、「日本アカデミー賞」には完全スルーされた『愚か者―』が、なぜ“下剋上”を成し得たのか。

『鬼滅』『チェンソーマン』『秒速』…劇場では大苦戦

 原作は、西尾潤氏による同名小説。巨額の借金や家庭環境などの事情から闇ビジネスに足を踏み入れた男たちが1億円強奪事件に巻き込まれ、裏社会から抜け出すために奮闘するというあらすじで、監督はテレビドラマやMV、CMなどで幅広く映像作家として活躍する永田琴。俳優陣には北村匠海・林裕太・綾野剛という、それぞれの世代を背負って立つ面々が揃えられた。

 韓国最大規模の映画祭「第30回釜山国際映画祭」では、北村、林、綾野が最優秀俳優賞を受賞し、重厚な物語にエネルギーを吹き込んだ3人の熱演が評価されたものの、日本での公開は上映287館と、まあまあな規模の展開(※300館以上なら大規模とされる)だったにもかかわらず、初週興収は推定6000万円前後とイマイチ。

『劇場版 チェンソーマン レゼ篇』(9月19日公開)や『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』(7月18日公開)などのアニメ映画や、『秒速5センチメートル』(10月10日公開)といった話題作に埋もれ、劇場によっては3週目で上映が打ち切られるほどで、苦戦を強いられた。

 しかし、自分が生きる世界線と隣り合わせにある裏社会において、日々さまざまな事件が報じられるなかで、映画だとはいえ「ありそう」だと思わせるのには十分な真実味があった。

 興収はともかく、見た人からは、家庭環境や貧困から闇へと若者たちが飲み込まれる生々しさや、ヘビーな役に体当たりで挑んだ俳優陣の演技、また兄貴分・弟分の絆など、絶賛する声がSNS上で多くあがった。さらに今年1月24日にNetflixで独占配信されると、〈暗くて重いがちゃんとエンタメしていて、最後はボロ泣き〉〈2度と見たくない大傑作。胸が苦しい〉などと評判が評判を呼び、同サービスの国内映画ランキングにおいて3週連続で首位を記録した。

「日本映画批評家大賞」と「日本アカデミー賞」の違い

 そんな本作が4部門を受賞した「日本映画批評家大賞」とは、どういった賞なのか。

 設立は1991年。映画批評の第一線にいた水野晴郎氏や淀川長治氏、小森和子氏らが発起人となり、日本では他に類を見ない「映画批評家による、批評家の目で厳選する映画賞」として誕生した。映画評論家・前田有一氏によれば、「日本アカデミー賞」が“商業面での貢献度を表彰する賞”であるのに対し、「日本映画批評家大賞」は“作品性を評価する賞”だという。

「『日本アカデミー賞』は、映画業界の発展を目的に、業界人が業界人に与える賞なんですよね。投票権を持っているのは基本的に映画監督や俳優、脚本家など、実際に映画を作っている“現場”の人たち。加えて、映画会社や配給会社の社員が結構含まれているので、受賞作品はどうしてもその映画に関わる業界人の『数』に比例しがちです。今年はあの人が頑張ったよねとか、この人今まで賞取ってないからそろそろあげたら? みたいな、『業界』が納得する作品なり人物が選ばれる仕組みというわけです。

 そのため、『大手の映画会社の作品が、持ち回りで賞を獲っているじゃねぇか』という批判、疑惑もいまだ根強いぐらいです。

 一方で、『日本映画批評家大賞』は、文字通り映画批評家が中心となって決める賞。ただ、その決め方はかなり特殊です。数名の限られた映画批評家たちが毎年70本くらいのノミネート作品を全て見たうえで、投票ではなく議論で受賞作を決める。だから、ある意味“偏り”が出ます。商業主義的な要素が入ってこないので、全くお客が入っていない映画が選ばれることも珍しくない。だからこそ“ガチ”。イメージ的には文学賞に近いです」(前田氏、以下同)

 たとえば、2024年の作品賞受賞は『ぼくが生きてる、ふたつの世界』。対する日本アカデミーの最優秀作品賞は、口コミによって最終興収10億円を突破した『侍タイムスリッパー』。2023年は『ほかげ』、2022年は『メタモルフォーゼの縁側』で、それぞれ日本アカデミーは『ゴジラ-1.0』『ある男』だった。日本批評家大賞受賞の作品名を、聞いたこともないという人は案外多いのではないだろうか。

先輩映画批評家たちは、なぜ「権威」たり得たのか

 繰り返しになるが、賞の創設当時は、「テレビの映画番組で批評家が活躍していた時代」だった。前田氏が振り返る。

「あの頃(80年代~90年代)は、テレビでの映画放送も元気でした。そういうときに、『この映画はこういう映画ですよ』と解説をしてくれるおじちゃん、おばちゃんたちは、一般の人に映画の見方を教えてくれる数少ない存在だったんですよね」

 たとえば創設者のひとりである淀川氏は、『日曜洋画劇場』(1966〜2017、テレビ朝日系)で解説者を務め、その独特な節回しでお茶の間の人気だった。毎放送終わりの「それでは次週をお楽しみ下さい。サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ……」という挨拶は、今でも語り継がれる名調子だ。前田氏が、先輩映画批評家たちが名を馳せた「強さ」を語る。

「今はネットがあり、情報を得る手段が無数にある。コアな情報を発信する映画通もたくさんいます。一方で、当時の批評家は自分の手と足で得た知識や、自らの頭で導き出した解釈を積み上げ、『自分の視点』を確立してきた人たち。だからこそ批評家は“権威”でしたし、視聴者は『この人たちが選ぶショーであれば、いいものに違いない』という全幅の信頼を寄せることができたわけです。

 とはいえ、地上波で放送されていた映画は、視聴率がとれるものが優先されたでしょうから、必ずしも彼らが“いい”と思って選んでいた作品ばかりではなかったでしょう。もしかしたら、批評家大賞の設立背景には、そういう視聴率主義へのフラストレーションがあったのかもしれませんよね」

『愚か者の身分』が、批評家に評価されたワケ

 さて、『愚か者の身分』は何が批評家に評価されたのか。前田氏は作品の「現代的で社会的なテーマを、エンタメとして面白く作り上げた点」に目を向ける。

「『貧困』と『若者の転落』という社会の闇深さをテーマとして取り上げ、闇ビジネスのディテールも抜かりなく描いた。多くの人が何気なく送っている日常の裏では、こんな悲惨な境遇に追い込まれる人たちがいるという現実に真正面から向き合っていて、かつ描写に生ぬるさがないところが素晴らしかったですね。

 同時に、一般の人は知り得ない裏社会ビジネスを覗き見る面白さがありつつ、暴力や、残酷でエグいシーンも容赦がない。かといって、グロ要素を前面に押し出すわけではなく、男たちの友情や絆が交錯する逃亡劇として昇華させた。批評家は、そうした社会的なテーマをエンタメとして面白く作った点を評価したのだと思います」

◆わざわざ「日本アカデミー」を狙わないという選択肢

 日本アカデミー賞にはかすりもしなかった同作について、前田氏は「もともと狙ってもなかったのでは」と見る。本作の配給を担ったのは、コンテンツ制作会社「THE SEVEN」。同社はTBSホールディングスが出資し、Netflixと戦略的提携を締結している。製作陣の狙いは「海外展開」にあったのではないか、と前田氏は指摘する。

「乱暴にいってしまえば、はなから国内の業界票を集めるようなコンセプトではなく、配信と映画祭が“本番”だという意図があったのでは。

 実際に、『第30回釜山国際映画祭』での最優秀俳優賞受賞や、フランスで開催された日本映画祭『第19回KINOTAYO現代日本映画祭』で観客賞受賞、またNetflixも好調でした。最近の映画業界は、チャンネルによってヒット作の顔ぶれが全然違うんです。映画館でのヒットと配信でのヒット、さらには映画祭での評価に分断がある」

 評価されるプラットフォームを見据えた作品づくりは、今後増えていくのだろうか。

「映画館が、確実なヒット作を“贔屓”するビジネスを主軸におくようになっていることにより、上映枠は激戦。そうしたなかで、最初から配信を重要視して制作される作品は増えてきていると思います。ある映画監督さんから聞いた話では、映画館ではヒットしなかったけど、Netflixでの再生数が好調だったことから、次回作の制作費がたくさん出たというケースもあるようです。

 昔なら1つの作品が話題を一手に集めたものですが、今は作品数が増え、それらへのコンタクトポイント(接点)も激増、さらにSNSではさまざまな意見、評価が溢れかえるようになってきました。全然ヒットしていないように見えるのに続編ができたという場合、意外と映画館以外の場所で好評だったというパターンがあり得る時代になっているんです」

 興行成績や動員数、あるいは名のある映画賞の受賞だけではない形の“ヒット”がある。話題作以外にも目を向けることで、思わぬ傑作に出会うことができる時代に突入している。

薄められた二宮和也の存在感

(取材・構成=吉河未布 文=町田シブヤ)

町田シブヤ

1994年9月26日生まれ。お笑い芸人のYouTubeチャンネルを回遊するのが日課。現在部屋に本棚がないため、本に埋もれて生活している。家系ラーメンの好みは味ふつう・カタメ・アブラ多め。東京都町田市に住んでいた。

X:@machida_US

最終更新:2026/05/19 12:00