映画『8番出口』が北米でもヒット&絶賛の“カラクリ” 薄められた二宮和也の存在感

日本で大きな興味と話題を集めた映画『8番出口』(2025)が、海外でも評判を呼んでいる。
KOTAKE CREATE氏が個人で制作し、2023年11月にPCゲーム配信プラットフォーム「Steam」等で公開されたインディーズゲームを原作とした同映画は、日本で昨年8月29日に公開。一人称視点で、地下鉄の通路を移動しながら「異変=間違い」を探す原作ゲームを踏襲した世界観と、映画オリジナル要素である人間ドラマの化学反応が評判を呼び、興行収入51.7億円、同年の邦画ランキングで7位を記録するヒット作となった。
さらに昨年中に韓国や台湾、ロシア、フランスなどで公開され、各国でたしかな評を獲得。いよいよ今年4月10日、北米へ上陸すると、オープニング3日間で興収140万ドル(約2億2300万円=4月28日時点)のロケットスタートを切り、週末興収ランキング(4月10日〜12日)では7位とトップ10に食い込んだ。
米映画評論サイト「ロッテン・トマト」の反応も好調で、批評家スコアは93%、観客スコアは86%と高水準をマーク(4月28日時点)。このスコアは「作品をポジティブに評価した人の割合」を算出する“支持率方式”なので、批評家・観客ともに9割前後の人が本作に満足したということになる。
邦画も“海外マネー”を意識せざるを得ない時代。海外ウケといえば、制作費を大規模に投入したとか、スペクタクルな映像美をうたう作品が強いかと早合点してしまいそうになるところ、少数精鋭の“地味”な映画がちゃんとウケている現象は快挙だろう。背景には何があるのか。NY在住の映画ライターで、映画情報サイト「Cinema Daily US」を運営する細木信宏氏に話を聞いた。
新進気鋭の映画スタジオ「NEON」配給という信頼感
本作の配給を担うのは、アメリカ発で新進気鋭の独立系映画スタジオ「NEON」だ。設立は2017年とまだ10年にも満たないながら、その存在感を細木氏が語る。
「NEONが配給する作品は次々に映画祭で強烈な印象を残していて、その審美眼に定評を得ています。近年では『パラサイト 半地下の家族』(2019)、『TITANE/チタン』(2021)、『逆転のトライアングル』(2022)、『落下の解剖学』(2023)、『ANORA アノーラ』(2024)が、すべて『カンヌ国際映画祭』のパルムドールを受賞。2020年はコロナ禍で映画祭自体が延期になっているため、実質5年連続という快挙です。なお『パラサイト』と『ANORA』は、米アカデミー賞で作品賞にも輝いています」(細木氏)
『ANORA』のショーン・ベイカー監督は、全編iPhone 5sで撮影した映画『タンジェリン』(2015)で「第25回ゴッサム・インディペンデント映画賞」を受賞、低予算映画の可能性を広げたと名高い注目作家でもある。「NEONは、実験的な映画を撮っていた監督の作品をピックアップすることにも長けている」(細木氏)のだ。
「そんなNEONが送り出す作品という時点で、“良質な作品”だというお墨付きを得ているようなもの。そういう配給元への信頼感から『8番出口』も広く認知され、話題性に繋がった部分は大きいと思います」(前同)
海外の観客にも「没入感」を呼び込んだ理由
物語の序盤は、主人公・迷う男(二宮和也)の視点を通じて、ゲーム体験さながらの臨場感を味わえる作りだ。しかし、「いつまで地下通路を行ったり来たりしているのか」と観客がしびれを切らし始める頃、ゲームとは別種類の“不穏”が顔を出し始める。四方八方から響く子供の泣き声や、おどろおどろしい造形のクリーチャーなど、さまざまな不気味さがあの手この手で襲うなか、観客は怯え、底知れぬ不安に追い詰められてゆく。
日本人だけでなく、海外の観客にも没入感を呼び込んだ理由はいくつもある。
「まず、地下鉄が世界共通の“日常的な風景”であることです。身近な場所が邪悪な空間に変貌する、というあり得そうな恐怖がある。人間の感覚のなかでも“恐怖”は言語の壁を超えた共通の普遍性があり、自分ごととして入り込みやすい設計だと思います」(同)
現地の媒体でも、その秀逸な設計は高い評価を得た。映画批評を行うCaralynn Matassa氏は、ポップカルチャー系メディア「CBR」で、〈頻繁にスマホ画面を覗きながら、人混みを縫うように地下鉄の通路を駆け抜ける典型的なニューヨーカーの私にとって、この映画はあまりにも他人事に感じられなかった。上映後の帰り道で、何の迷いもなく地下鉄に乗れたといえば嘘になるだろう〉と、鑑賞後も消えないその侵食性の高さを興奮気味につづっている。
また細木氏は、アメリカ人にとって馴染みのあるモチーフが作中で扱われていたことも“入り込みやすさ”につながったことを指摘する。
「劇伴として使われているモーリス・ラヴェルの『ボレロ』は、2種類の旋律が繰り返される構成のバレエ曲で、本作のコンセプトにピッタリな“反復”を表現した音楽。さらに、スタンリー・キューブリック監督の『シャイニング』やヒッチコックを思わせる恐怖要素、ダンテの『神曲』からインスピレーションを受けたテーマ性など、世界的、歴史的に知られるものを彷彿とさせる要素が、機知に富むかたちで散りばめられていたこともヒットを後押しするベースとなったのではないかと思います。アメリカ人は、そういうウィットが好きなので」(細木氏)
人の数だけ、選択の数だけ、物語がある
奥深い解釈を可能にする、映画オリジナルのドラマも高評価だ。
「迷える男」の物語は、地下鉄で移動中、元カノから妊娠の知らせを受けるところから始まる。“どうする?”という問いに、即レスができないまま彼は地下鉄を降りるも、通路の「先」は見えない。右往左往する中で、迷子の少年と出会ったり、ロッカーの中から赤ちゃんの泣き声を耳にしたり。その都度「進むか、引き返すか」の2択を迫られるさまは、人生における“選択”を暗喩しているかのようだ。たとえば赤ちゃんの声が聞こえるロッカーの扉を開けるのか、閉めるのか。その選択によって変わる未来……。
本作でメガホンを取った川村元気監督は、細木氏が運営するメディア「Cinema Daily US」でのインタビューで、「YouTubeで多数のゲームプレイ動画を視聴して、プレイヤーの数だけ物語があると気付いた」と語っている。人の数だけ、選択の数だけ、物語がある。登場人物は多くないものの、「いのち」と「人生」が交錯するなかで訴えかけられるメッセージは、国境を越えて人々の胸に響く。あるいは、突き刺さる。細木氏は、「映画を見終わった時にそれぞれの感想が共有しやすかったのも、海外で話題となった要素の一つだと思います」と話す。
“アメリカ流”の贅沢なプロモーションもSNSを席巻

さらにアメリカとの親和性の高さは、登場キャラクターの一人で、主役が直面する異変の象徴的存在を担う「歩く男(河内大和)」を起用したプロモーションにも表れた。
日本でも昨年8月、都内各所に「歩く男」が登場し、限定グリーティングを行う企画を行っていたが、前出「NEON」はよりオープンな形で展開。現地時間4月8日、9時15分~15時10分の間にニューヨークの地下鉄内7つの駅を巡る「歩く男」を見つけ、「TURN BACK(引き返せ)」と伝えると、誰でも景品をもらえるというリアルキャンペーンを実施した。
「歩く男」を取り囲み、アメリカ人たちが賑わう様子はSNSで広く確認でき、日本では〈アメリカのプロモーションすごすぎ〉〈なんて贅沢な企画〉などと羨む声があがったものだ。そうした“リアルイベントをワイワイ楽しむ”雰囲気は、いかにもアメリカ“っぽい”ように思えるが、実際は?
「まさにNEONが得意とする、リアルとSNSを大々的に組み合わせた宣伝方法ですよね。(アメリカは)イベントやパーティーが好きな国民性なので、スタッフの間で『これは面白い!』となる企画は比較的通りやすい。日本ならセキュリティなどリスク面の懸念からハードルが高そうな内容でも、アメリカではGO。インパクトのある宣伝がしやすいという強みはあると思います。
アメリカでは『フィーチャレット』(製作舞台裏やキャストが語る特典映像)といって、『スパイダーマン』なんかでも実際の撮影中、それに遭遇したファンが反応している様子を特典映像として本編の最後に流したりする。さらに(特典映像を)公式サイトにも載せ、SNSでの反応を起こすなど、何重にも宣伝効果を生み出すのが得意です」(細木氏)
日米のポスターに違い、意図的に薄められた「二宮和也の存在感」

アメリカ版ポスターのデザインも、計算された狙いがある。日本版は、数字の「8」の中に主演・二宮の横顔写真が大きくデザインされていた。一方、アメリカ版はM.C.エッシャーの「メビウスの帯II(赤蟻)」をモチーフとしたものだ。あくまでも“抜けられない地下鉄通路”のミステリー感を漂わせ、“二宮み”は薄い。
「二宮さんは、日本では誰もが知る国民的俳優ですが、今回の作品PRにおいては、エッシャーの方がアメリカ人の脳裏に引っかかるという判断だったのでは。事実として、アメリカでは二宮さんの演技に言及する声は目立ちません。ただ、それは裏を返せば、作品への没入感の高さを意味しますよね。二宮さんをはじめとした俳優陣が、作品性を邪魔しない“名演”ぞろいだったと言えると思います」(前同)
1本のインディーズゲームから、実写映画化、そしてハリウッドへ。「あんなシンプルなゲームが、どういう映画になるのか」という期待を抱かせながら、まったく新しい体験をもたらした『8番出口』が、切り拓いた世界は広い。
(取材・構成=吉河未布、文=町田シブヤ)