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36歳・菅野智之が体現する老獪さ──ベテランが見せる熟練のピッチング術

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6月15日のアスレチックス戦で8失点を喫しながらも、今季7勝目を挙げた菅野智之。(写真:Getty Imagesより)

 菅野智之はいま、球速で打者を黙らせる投手ではない。2026年6月15日時点で14試合73.1回を投げ、防御率4.79、WHIP1.35、41奪三振。数字だけを見れば圧倒的なエースとは言い難い。

 だが、36歳にして、しかも打者有利の環境にあるコロラド・ロッキーズでローテーションを守り続けている事実そのものが、別の価値を示している。

 いまの菅野は“衰えた投手”ではない。より正確に言えば、“勝ち方を変えた投手”である。

 しかも2025年にはボルチモア・オリオールズで30試合に先発し、157回を投げて防御率4.64を記録した。数字だけを見れば、全盛期のような“圧倒的支配者”ではない。だが、ここで見誤ってはいけない。菅野は落ちたのではなく、勝ち方を作り替えたのである。

 現代MLBの先発投手としては球速で威圧するタイプではない。それにもかかわらず、ローテーションを維持している。つまり現在地は“球威が落ちた投手”ではなく、“球威が落ちた後のスタイルを確立した投手”と見るべきだ。

【編注:本記事のデータは日本時間2026年6月15日時点】

 変わりゆく遊撃手像

「支配型」だった全盛期から「熟練型」へ移行

 かつての菅野は今よりもずっと支配型だった。2018年には投手三冠を達成し、200奪三振を記録している。2024年の巨人最終年も15勝3敗、防御率1.67、156回2/3で111奪三振、わずか16四球。晩年に差しかかってなお抜群の制球力を誇っていたが、それでもこの頃までは“自分の球でねじ伏せる菅野”というイメージが強かった。

 ところが、MLB挑戦後の菅野は少しずつ軸足を移している。象徴的なのが2025年4月23日のワシントン・ナショナルズ戦だ。菅野は94球で7回を投げ、6球種を使い分けた。この試合で42スイングに対する空振りはわずか4つ。それでもハードヒットは7本に抑え、ベルの本塁打を許した後は最後の21人中18人を打ち取った。

 空振りで制圧するのではなく、タイミングをずらし、芯を外し、打たせる場所をコントロールする。いまの菅野は、明らかにこちら側へ軸足を移している。

 老獪さの本質は、球種そのものではなく「順序」にある。その象徴が球種の使い方だ。カウントを整える球、見せ球、勝負球を明確に使い分けている。これは単なるベテランの経験値ではない。打者の「待ち」を一球前から壊しにいく設計であり、そこに老獪さの正体がある。

 だから今の菅野は、若い投手のように一球の強さで勝負していない。初球で何を見せるか。追い込むまでに何を捨てさせるか。最後にどの球を“本命”だと思わせるか……。

 菅野がやっているのは球種の羅列ではなく、打者の思考の誘導である。マウンド上でチェスをしていると言いたくなるのは、そのためだろう。

 このスタイルは数字にも表れている。ワシントン・ナショナルズ戦では空振りこそ少なかったが、強い打球を抑え込みながら7回まで投げ切った。

 全盛期のように三振を量産できなくても、弱い打球を増やし、イニングを消化する。これは妥協ではなく、老獪さの成果である。

課題も明確──体力面と「制圧できない日」の脆さ

 一方で、日本時間6月15日のアスレチックス戦は、そのスタイルの限界も示した。97球を要して5回8失点。初回から打球が抜け、5回には2ランも浴びた。

 球威で押し切れる投手なら、多少コマンドが乱れても力で立て直せる。しかし今の菅野はそこが難しい。読み合いが外れ、狙い球を絞られ、打球が強くなったとき、一気に試合を支配するところまでは持っていきにくい。

 課題は明確だ。打者を圧倒して局面を切り抜けるタイプではないだけに、いかに長打を防ぐかである。

 今季は被本塁打13本、被安打77本、被二塁打25本。昨季も33本塁打を浴びている。メジャー2年目の今も、「一発」と「長打」の管理は大きなテーマだ。

 アスレチックス戦は、その課題を象徴する登板だった。打線の大量援護によって今季7勝目を手にしたものの、内容は5回9安打8失点、2四球2奪三振。初回に4点を失うなど立ち上がりで主導権を握れず、結果として渡米後ワーストの失点となった。

 奪三振の少なさも見逃せない。73回1/3で41奪三振。走者を背負った場面で空振り三振によってピンチを断ち切る選択肢が限られるため、制球のわずかなズレや甘く入った球がそのまま失点につながりやすい。

 投球術とゾーン内で勝負する姿勢を生かすには、カウント球の精度だけでなく、決め球で打者の芯を外す再現性がより求められる。

 今後のポイントは修正力だ。ベテランらしい修正能力は依然として武器である。しかしロッキーズの先発陣を支える存在であり続けるためには、序盤からテンポ良くストライクを先行させ、長打を許す前に打者の狙いをずらす設計が必要になる。

 実際、個人成績ページによれば直近7登板は36.1回でERA6.19、WHIP1.57まで悪化している。

 さらにMLB公式が提供する最先端のトラッキングデータ「Statcast」を基に、選手の打撃・投球・守備・走塁を詳細に分析・可視化できる無料のデータ解析サイト「Baseball Savant」でも、Hard Hit%46.5、Barrel%15.5、xwOBA .411、xERA 7.55と、被打球の質そのものはかなり厳しい。

 つまり、老獪さは万能ではない。体力面も含めてシーズンを通じて設計精度を維持できるか。そして打ち込まれた日に相手を黙らせる“最後の一押し”をどこまで残せるか。それが今後の大きな課題になる。

老獪さとは衰えを受け入れた先にある「知性」

 菅野智之の老獪さとは、衰えを隠す技術ではない。衰えを前提にしながら、それでも打者を打ち取るために投球そのものを再設計した才能である。

 ロッキーズが見たのも、まさにその価値だった。球速低下は避けられない。だが、配球、緩急、コース設計、順序の組み立てによって、菅野はなおアウトを積み重ねられる。

 日本時間6月15日の8失点は、その物語の否定ではない。むしろ、今の菅野がどこで勝ち、どこで苦しくなるのかを鮮明に示した登板だった。

 球速で勝てなくなった投手が、思考と技術でなお勝ち続けようとする。その姿にこそ、晩年の菅野智之の最大の価値がある。

 老獪さとは、古びた巧さではない。盤面を読み替えながら、まだ勝負を終わらせないための知性なのである。

「高卒スター」減少の理由

(文=ゴジキ)

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ゴジキ

野球著作家・評論家。これまでに『巨人軍解体新書』(光文社新書)や『戦略で読む高校野球』(集英社新書)、『甲子園強豪校の監督術』(小学館クリエイティブ)などを出版。「ゴジキの巨人軍解体新書」や「データで読む高校野球 2022」、「ゴジキの新・野球論」を過去に連載。週刊プレイボーイやスポーツ報知、女性セブン、日刊SPA!、プレジデントオンラインなどメディアの寄稿・取材も多数。Yahoo!ニュース公式コメンテーターにも選出。

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ゴジキ
最終更新:2026/06/18 22:00