日野日出志のおぞましき世界がAI映画に 『怪奇!死肉の男』が開く新時代の扉

まさか、こんな日が訪れるとは。グロテスクな世界を叙情豊かに描く伝説の漫画家・日野日出志氏の恐怖漫画が、「生成AI」という最新テクノロジーによってスクリーンに甦った。7月24日より池袋シネマ・ロサで上映が始まった『怪奇!死肉の男』がそれだ。日野日出志原作の同名コミックを映像化した本作は、国内初となる原作つき長編AI映画として注目されている。
原作漫画は、今はなき「ひばり書房」から1986年に出版されたもの。主人公になるのは、生きながら死体となった男。海で溺れたらしく、身体はブヨブヨに腐敗し、目からはウジ虫が湧き出ている。煉獄のような場所を抜け出した男は、浜辺の集落に迷い込む。
男は何者なのか? 心臓は動いていないのに、なぜ男は生きているのか? 警察や科学者たちに追われながら、死体の男は次第に過去の記憶を取り戻すことになる。
興収31億円超えの大ヒットとなったホラーコメディ映画『カメラを止めるな!』(2017年)の撮影監督を務めた曽根剛監督が起用され、脚本はChatGPTを使って作成。人気ホラー漫画家の伊藤潤二氏、『エコエコアザラク』(テレビ東京系)などのホラー作品でお馴染みの女優・佐伯日菜子らが「AI音声」として参加している。
昭和の特撮ドラマを思わせる、どこか懐かしさを感じる映像世界となっており、日野日出志本人がモデルとなったキャラクターも登場。日野作品らしいグロテスクな描写もあるが、AI映像ならではの適度な距離感があってさほど嫌悪感は感じさせない。
原作にはないAIによるサプライズ映像がエンディングには用意されており、最後まで飽きさせない68分のAI映画となっている。

わずか3か月で制作された『怪奇!死肉の男』
どのようにしてAI映画『怪奇!死肉の男』は制作されたのだろうか。7月25日にシネマ・ロサで行われた舞台あいさつでのコメントから、制作過程を追ってみよう。
原作者の日野氏は2025年に膵臓がんであることを公表しており、舞台あいさつには曽根監督、小学生時代から日野作品のファンだという伊藤潤二氏が登壇。やはり、日野ファンを自認する「人間椅子」のナカジマノブがMCを務めた。
「かなり昔なんですが、日野先生から『怪奇!死肉の男』を実写映画にしたいと言われたんです。日野先生が監督を、僕は撮影という企画でした。ところがコロナ禍などでうまく進まず、日野先生も体力的に難しくなってしまった。でも、どうしても映画化したいという先生の強い想いがあり、ここ2~3年でAIがかなり進化してきたことから、『AIでやれるのでは?』と僕から提案しました。実写では難しいシーンもありましたし」(曽根監督)
曽根監督は生成AIを全編にわたって使用したオムニバス映画『ジェネレイドスコープ』(2025年)の一編『AZUMI』を監督するなど、AI映画の制作を経験済みだった。曽根監督がAI映画化を提案したのは2026年に入ってから。企画から完成までわずか5か月、実際の制作期間は3か月程度だったという。
全編、台詞は英語で、日本語字幕がつく形となっている。
「AIは日々アップデートしているんですが、AI音声に関しては英語のほうが日本語よりまだ流暢なんです。日本語の音声だと少し訛りがあります。それに日野先生は海外にファンが多いので、海外での公開も考えて、英語での台詞にしました。海外の映画祭ではすでに上映されており、会場で泣いている方もいるそうです」(曽根監督)
来場することができなかった日野氏のコメントを、ナカジマノブが代読した内容は以下のようなものだ。
「曽根監督、私の漫画家人生晩年にこんな素晴らしい作品を実現していただいて感謝しております(中略)。僕はこの映画を通して、永遠になれた気がします」(日野氏)
AI映画『怪奇!死肉の男』の仕上がりに日野氏は大いに満足しており、かつて自身が監督としてビデオ映画化した『マンホールの中の人魚』(1988年)もAI映画にすることを望んでいるという。

AI映画とホラージャンルとの相性のよさ
AI音声として参加した伊藤潤二氏によると「仕事場近くのレンタルルームにプロデューサーの寺井広樹さんが来られ、若い医師役の台詞を1時間くらいにわたって吹き込んだんです」とのこと。伊藤氏が吹き込んだ声を、AIに学習させ、新たなAIボイスにした上で英語の台詞に変換している。
また、ナカジマノブから「自分の作品がAI映画化されるとしたら?」と問われた伊藤氏は、次のように答えている。
「AIでこんなことができるんだという感激が『怪奇!死肉の男』にはありました。僕の作品なら、スケールの大きな作品、例えば『首吊り気球』か『地獄星レミナ』みたいな、スペクタクル性のある漫画は確かにいいかもしれませんね」(伊藤潤二)
生成AIで生み出したキャラクターにはAI特有の「不気味の谷」現象があるが、その違和感はホラー映画なら恐怖心をより増幅する要素にもなるだろう。ホラー漫画はAI映画に適した題材だと言える。とりわけ、日野日出志作品や伊藤潤二作品は怖さの中にポップさもあるので、AI映画との相性はいいのではないか。
本作のプロデューサーを務めた寺井広樹氏は「日野プロダクション」の共同創設者であり、日野日出志氏がキャラクターデザインを手がけたことで話題となったコーンスナック菓子「まずい棒」の企画・プロデューサーとしても知られている。
舞台あいさつ後に寺井氏にコメントを求めると「関西方面での劇場公開も予定しています。将来的には配信も考えています」と語った。

ホラーは新しい時代に敏感なジャンル
カメラ、マイク、照明などの撮影機材は、AI映画では必要がなくなる。日野日出志作品のように面白いストーリーと生成AIによる映像制作に慣れたスタッフがいれば、少人数での映画化も可能なようだ。有名キャストも必須ではないだろう。従来の実写映画や劇場アニメーションに比べ、かなりの低予算でAI映画は制作することができる。
もちろん課題はある。今回でいえば、シーンごとにウジ虫の大きさが変わるなどの違和感がある。また、映画的なクライマックスシーンがあってもよかったと思う。とはいえ、この水準の映像クオリティなら、ファンの多くは納得するに違いない。
日野作品といえば、やはり代表作である『蔵六の奇病』や『地獄変』の映像化作品も観てみたいと思ってしまう。伊藤潤二作品なら、『うずまき』完全版を期待するファンもいるのではないだろうか。他にも「映像化不可能」とされてきた人気ホラー漫画家の名前が脳裏に浮かんでくる。
もちろん著作権保有者の許諾に加え、原作のイメージを壊さない映像作品としてのクオリティの高さが求められることになる。だが、ホラー漫画やホラー映画は、新しい時代の流れや社会の変化を敏感に察知し、先取りしてきた先鋭的なジャンルでもある。映画制作や映画ビジネスの常識がここから大きく変わっていく可能性もあるように思う。
AI映画『怪奇!死肉の男』は、映画界にどのような影響を与えるのか。今後の広がりに注目したい。『死肉の男』が開いたものは、果たして新時代への扉か、それとも「パンドラの箱」だろうか。
(取材・文=長野辰次)

映画『怪奇!死肉の男』
原作/日野日出志 監督/曽根剛 脚本/ChatGPT プロデューサー/寺井広樹
声の出演/田村寛、斉木しげる、佐伯日菜子、佐野史郎、利重剛、伊藤潤二
7月24日より池袋シネマ・ロサにて上映中
https://shiniku-movie.com/
