借金270万円→支払総額504万円に…!? 憧れの東京生活で“リボ払い地獄”にハマった男性の末路

クレジットカードの毎月の返済額を一定にできる「リボルビング払い」。一見すると便利な仕組みだが、その裏では利息が膨らみ、返済に苦しむケースも少なくない。
近年では、買い物や支払いをスナック感覚でリボ払いへ変更する若者も増えている。
こうした選択をした人々を「愚かだ」と断じるのは容易だ。しかし、その背景には、避けがたい事情やカード会社の巧妙な仕組み、さらには他人につけ込まれているケースも存在する。
なぜ人はリボ払いを選んでしまうのか?
働かない父親と東京への憧れ
内装業者として働く川口俊也さん(仮名・38歳)は、10年以上、元本がほとんど減らないリボ払いを続けている。
川口さんは鹿児島県の農家出身で、三人兄弟の長男だ。実家は代々続く農家で、じゃがいもやマンゴー、さつまいもを育てていた。ただ、父親はあまり働くのが好きではなく、兄弟そろって父親の代わりに農作業を手伝わされていたという。
「子どもの頃からずっと芋掘りをさせられていました。最初は結構楽しかったのですが、年を取るにつれて、『あれ? 親父、働いてなくない?』と思うようになりました。働いていたのは、じいちゃん、ばあちゃん、お母さん、それに僕ら兄弟です。父親は家で寝ているか、しょっちゅう出かけていました。何をしていたのかは分かりません」
地元の中学、高校へ進学。勉強は苦手ではなく、成績も悪くなかったが、高校卒業後の進路には悩んだ。
「父親が働いていなかったので、お母さんたちからは『俊也は好きなことをしていいよ』という空気がありました。結局、一番下の弟が農家を継いだんですが、家族としても『継ぐ人がいなければ辞めてもいい』くらいに思っていたみたいです」
そんな中、川口さんは東京への憧れを強く抱いていた。
「東京の学校に行きたい気持ちはあったのですが、わざわざ受験のために東京まで行く感覚がピンとこなかったんです。というのも、大学受験は何校も受けるじゃないですか。そのたびに旅費や宿泊費を親に出してもらうのも、なんだか気が引けてしまって……」
同級生の多くは地元で進学か就職を選んだ。県外に出るとしても福岡や大阪で、東京の大学へ進むのは学校でもかなり成績の良い生徒だけだった。
「僕自身、勉強は嫌いじゃなかったのですが、受験勉強をしていたわけではありません。それに、指定校推薦も地元の大学ばかりでした。だから、『大学へ行く』という選択肢は自然となくなっていったんです。それでも、“東京へ行く理由”は欲しかった。そこで、一番興味がありそうだったジャーナリスト系の専門学校を選びました」
リボ払いのためにクレジットカードを9枚所持!
こうして上京した川口さん。専門学校で文章について学ぶうち、「自分にはそこそこ文才があるのではないか」と感じるようになった。そこで、好きだったスポーツについてブログを書き、アフィリエイトで広告収入を得ようと考えた。
「卒業後に就職活動もしたのですが、出版社は全然受かりませんでした。というのも、卒業した専門学校は認可校ではなかったので、学歴上は高卒扱いなんです。出版社は大卒しか応募できないところも多かったですし、出版不況もあって、なかなか就職先がありませんでした。それなら、自分でブログを立ち上げて稼ごうと思ったんです。当時は、今でいうYouTuberみたいに、ブロガーから有名になる人が多かった時代でした」
しかし、その目論見は外れてしまい、ブログだけで生活できるほど甘くはなかった。結局、アルバイト生活に入る。働き始めたのは、さまざまなイベントが開かれるライブハウスだった。
時給は750円。それでも「楽しそうな仕事をする」と決めていたため、苦しい生活の中でも働き続けた。だが、日々の生活費を稼ぐだけで精一杯だった。
「最初はギリギリ生活できていたのですが、長くバイトを続けるうちに後輩も増えてきました。もともと見栄っ張りな性格なので、酔うと気前よく奢ってしまうんです。毎日、安い居酒屋で浴びるように酒を飲み、会計は1万5000円。支払いはクレジットカードです。割り勘のときも、みんなから現金を集めて、自分のカードで払っていました。そうすると、手元に現金が増えるから、なんとなく得した気分になるんですよね」
多重債務者でないとよくわからないかもしれないが、例えば3人で1万5000円の会計なら、他の2人から計1万円を現金でもらい、自分がカードで1万5000円を払う。その場では財布の中の現金が増えるため、「お金が増えた」ような錯覚を覚えるのだ。
ただ実際には、後からカード会社への支払いが発生するため、得をしているわけではない。しかし、目の前に現金があることで感覚が麻痺していった。
そして、川口さんは翌月の支払いを少しでも抑えるため、リボ払いを使い始めた。毎月、利息によって借金は雪だるま式に膨らみ、5000円の返済では元本がほとんど減らない状態になっていった。
「カードの限度額に達したら別のカードを作って、またリボ払いをするんです。飲み代だけじゃなく、ゲームを買ったり、ライブやプロレスを見に行ったり、とにかく散財していました。でも、どれだけ使っても月々の支払いは定額です。そうすると感覚が麻痺してくる。僕の収入なら、月3万円くらいまでは払えると思っていたのですが、人間は欲深いんですよね。どんどんカードを増やしてしまい、最終的には、限度額30万円のクレジットカードを9枚持ち、各カード5000円ずつ、合計4万5000円を毎月支払う状態になっていました」
「最後の手段」の自己破産は選択せず
借金総額は270万円。毎月4万5000円を返済しても、元本は1万円程度しか減らない。さらに総支払額は504万円に膨れ上がり、完済まで9年4カ月かかる計算だった。つまり、借金の半分近くは利息である。
アルバイト生活の川口さんにとって、到底返し切れる額ではない。それでも、「最後の手段」である自己破産は考えなかった。
「やっぱり、借りたものは返さないとダメでしょう。だから、一旦借金を立て直そうと思って、時給の安いライブハウスのバイトを辞め、実家の農家に戻りました」
妙なところで真面目な川口さん。しかし、その年は不作だった。
「借金返済に回せるほど稼げませんでした。仕方なく地元で現場作業員もやったのですが、給料は安いし、何より娯楽がない。それに一度、東京の生活を知ってしまうと、田舎には戻れないんです。結局、『このまま地元で暮らすくらいなら、死んだほうがマシだ』と思い、また東京へ戻りました」
こうして借金はほとんど減らないまま、約1年で再び上京した。
東京に戻った後は、比較的収入の高い内装業者の仕事に就いた。おかげで現在は、毎月4万5000円を返済しても生活に余裕があるという。
上京への憧れ、好きなことをして生きたいという気持ち、そして見栄や遊びの積み重ね……。そうして膨らんだ504万円の借金は、川口さんの人生を長く苦しめてきた。
それでも、安定した収入を得ながら返済を続けたことで、ようやく完済の目処も立ち始めている。
「正直、今が一番充実しています。好きなライブに行って、プロレスを見て、仲間と酒を飲める。借金もあと4年くらいで返し終わる予定なので、ようやく先が見えてきました。リボ払いは、結果的に借りた額の2倍近く返すことになりましたが、これも勉強代ですね。最近は、リボ払い以外のカードも作って、うまく使っています。もうリボ払いは使いません」
リボ払いによって膨らんだ借金は、川口さんにとって、お金との向き合い方だけでなく、“自分の身の丈”を知るきっかけにもなったようだ。
(取材・文=山崎尚哉)
