映画『アンパンマン』、好評3年目の大人向け「ナイト上映」 臨床心理士が解説する“大人に刺さる”理由

夏休みを前に、映画『アンパンマン』の季節がやってきた。1989年の初劇場作品(『それいけ!アンパンマン キラキラ星の涙』)以来、毎年この季節に公開される同シリーズは、今年で37作目。時代を超えて子どもたちの心を掴み続けるなか、近年は大人にもその支持を広げている。
大人だって「アンパンマン」を見たい!
6月26日に全国公開された最新作『それいけ!アンパンマン パンタンと約束の星』は、冒険家のレッサーパンダ・パンタンとアンパンマンの仲間たちによる宝探しの大冒険で、心温まる友情と約束を諦めない気持ちの大切さが描かれる。パンタン役を女優・土屋太鳳(31)、ばいきんまんの仲間、アマモグラとキュティーバードロボ役をお笑いコンビ・EXITの2人が務めることでも話題だ。
幼児向けアニメの代表格ともいえる『アンパンマン』は、TVから映画館へと場所を移しても、保護者が安心して子どもに見せられるように最大限の配慮が凝らされる。内容はもちろん、暗闇や大きな音が苦手な子どもたちのため、劇場との連携により照明は暗くしすぎず、音量も抑えめ。上映時間も日中の比較的早い時間に設定されている。
そんな『アンパンマン』には、かねてより“大人の心に響く”作品だとして密かな支持者はいた。ただ劇場は小さな子どもばかりだし、親子連れに混じるのは気が引ける。社会人が日中に映画鑑賞をするのもハードルが高い。そこで大人のためのイベントとして企画されたのが、2024年からの「アンパンマンナイト」だ。上映時間は仕事帰りに見やすい夜帯で、場内暗転&規定音量と、子ども向けへの工夫を解除した。
「アンパンマンナイト」大反響で3年目
企画の発端は、同年公開の『それいけ!アンパンマン ばいきんまんとえほんのルルン』だった。絵本の中に広がる異世界の危機を救うべく、ばいきんまんが「愛と勇気の戦士」として立ちあがる物語で、シリーズ歴代最高の大ヒットスタート。アンパンマンと宿敵・ばいきんまんが力を合わせる展開には、子どもはもちろん胸が熱くなる大人が続出した。
反響とともに、大人だけでも気兼ねなく物語に浸りたいという需要に応える形で、「シネ・リーブル池袋」(東京)が前述「アンパンマンナイト」を企画したところ、7月19日(金)の初回と2回目となる同26日(金)のチケットがいずれも完売。大きな反響と多数のリクエストを受け、2週間足らずで全国70館以上への拡大が決定した。
同作は最終的に興行収入7.3億円を超え、初週の勢いそのままにシリーズ歴代1位をマーク。従来の客層にくわえて、「アンパンマンナイト」に足を運んだ大人たちが成績に貢献したのは間違いない。こうして大人からの支持が“限定的”ではないことが証明されると、翌年の『それいけ!アンパンマン チャポンのヒーロー!』(2025)では初日から全国で開催。今年も公開日前から、全国での展開がアナウンスされていた。
いまや「大人」がアンパンマン人気を後押ししているともいえるが、いったい何が成年層を惹きつけるのか。アンパンマンが子どもに愛される“秘密”を分析するnoteを記した臨床心理士・市川諭さん(@ichika_psy)に、今度は大人に刺さる理由を紐解いてもらった。
臨床心理士が解説、「アンパンマンが子どもから愛される」秘密
市川さんによれば、まずアンパンマンが子どもたちに愛される秘密は「食べ物をモチーフにした、愛されやすいキャラ造形」「パターン化されたストーリー」「死なない、(頭を交換すれば)復活するという暗黙のルール」という3点。ただし大人と子どもで、「面白い」と感じるポイントは異なるという。
「子どもの場合、アンパンマンを好む大きい要因は『安心感』です。まず食べ物が擬人化したようなキャラクターで、やわらかい色使い、丸っこいフォルムなど、視覚的に入り込みやすい。
ストーリー展開も安心です。子どもって、『いないいないばあ』が好きですよね。あれは『いないいない』の後、必ず『ばあ』と知った顔が出てくる安心感に喜ぶわけです。アンパンマンも同じで、毎回同じ型でストーリーが展開する。最初は穏やかに始まって、途中でばいきんまんが出てきてピンチになるけど、“わるもの”はちゃんとやられて、最後はめでたしめでたし。それがパターン化されていることが、子どもにとっては楽しいんですね。感動よりも、安心感や親しみやすさが勝ります」(市川さん、以下同)
アンパンマンが「大人になればなるほど刺さる」心理学
では、大人の場合はどうか。市川さんは、アンパンマンのテーマ『愛と勇気』が、発達課題と向き合う大人にストレートに刺さる要素だと指摘する。「アイデンティティ(自己同一性)」の提唱者としても知られる精神分析家・心理学者、E・H・エリクソンの「ライフサイクル理論」に照らし合わせると、よく分かるという。
「『ライフサイクル理論』とは、人間は、他者との関係の中で成長し続けるものだとする概念です。生涯を8つの発達段階に分け、各時期に直面する危機と課題を乗り越えることで、時期に応じた心理的徳(=心の強み、成長)を獲得できるという考え方です。
たとえば、22〜40歳の成人初期には『親密性』と『孤独』という相反する課題が設定され、それを乗り越えることで『愛(Love)』を得ることができる。その後の成人中期(40〜60歳)で得られる心理的徳は『世話・関心(Care)』。下の世代を世話し、育てていく力です。
翻って、アンパンマンのテーマは『愛と勇気』であり、なかでもアンパンマンの勇気は、弱いものを助ける=世話をする時に使うニュアンスが非常に強い。さらには主題歌でも、“何のために生まれて何をして生きるのか”、“何が君の幸せ/何をしてよろこぶ”といったメッセージは、老年期以降の『叡智・知恵』を獲得するための問いかけにもなっている。これは年齢を重ねて人生を振り返る時期に近づけば近づくほど、響きます。
単純なストーリーでありながらも、大人の発達課題に向き合っているところが、大人の心にストレートに刺さり、揺さぶられるのでしょう」
一度卒業したのに…疲れた大人の心を揺さぶるメッセージ
とはいえ多くの人は、成長とともに、いつの間にか一度アンパンマンを“卒業”する。市川さんはこの現象について、「思春期にさしかかると徐々にリアルな人間関係が構築され、自分の外にある世界の複雑さを知りたい、大人になりたいという思考が芽生えてくる」ためだと分析する。では、大人になってから再び『アンパンマン』にハマる人が現れるのはなぜか。
「社会に出て長く生きていると、思うようにいかないことが多くなるものです。良くも悪くも、大人の世界の複雑さ、理不尽さ、あるいは妥協を経験する。心理学において、私たちは普段、ストレスや傷つきから身を守るために『心理的防衛』を張っています。
そうした生活のなかで、子ども向けの作品に描かれる「純粋な正義」「無条件の愛」「友情」「一生懸命さ」は、大人の乾いた心に非常に強く刺さります。精神的に疲れている時や、子育て中などふとしたきっかけで、「悪意」や「複雑な裏切り」の少ないアンパンマンの世界観と再会すると、防衛線が自然と緩みます。無防備になった心に、純粋なメッセージがダイレクトに届くため、涙があふれてしまうのです」
大人が涙するのは、そのテーマやストーリーだけではない。前述した、子どもに安心をもたらすキャラ造形や全体としてカラフルな彩りも、無意識のうちに涙腺をゆるませる。
「子どもに安心感を与える世界観は、社会化された人間をより生物的・本能的な人間へと揺り戻し、『退行』を促します。この『安心感』と『退行』が先の見えない、複雑な社会の中で気を張って生活する大人の心を、深い癒しで揺さぶる側面もあるだろうと考えられます」
実は、元々“大人向け” 小太りだったアンパンマン
実は初代アンパンマンは1969年、青年向け雑誌「PHP」(PHP研究所)で作者・やなせたかしさんが連載していた大人向け童話『十二の真珠』のキャラクターとして誕生した。その点で、“大人に刺さる”メッセージを持っているのは、当たり前ともいえる。
そもそも初期のアンパンマンは、今の可愛らしいフォルムとは違って、小太りの男だった。ライバル・ばいきんまんは登場せず、腹を空かせた子どもにおじさんがアンパンを配る物語で、子どもに向けて作られた話ではなかった――原点には、やなせさんの戦争体験があったという。1941年、22歳で軍隊に招集され、24歳で中国大陸へ渡ったやなせさんは、戦場で「飢え」に苦しみ、まやかしの「正義」を叩き込まれたことを、幾度も語っている。その時の思いが、アンパンマンを生み出したのだ。
そうしたやなせさんの思いを、ことさらに喧伝することはないかもしれない。だが、やなせさんから継承される強い信念がベースにあるからこそ、アンパンマンはいつどんな時でも、どんな人にも確固たる「安心感」をもたらす。そして一日の終わりに、週末に楽しむ「アンパンマンナイト」は社会の複雑さ、理不尽さで疲弊した大人にあたたかく寄り添い、癒しの時間をくれるだろう。
(取材・文=町田シブヤ)